第32話 報告

文字数 1,247文字

 いつものように、ベッドであお向けになって、ぼんやりしていると、病室の入り口で声がした。
「失礼します」
 目を向けると、立花芳子が入って来た。伸は、あわてて起き上がる。
「安藤くん……」
 一瞬、気遣うような表情をした後、笑顔になって言った。
「おうちの方は?」
「昼前に帰りましたけど」
「そうなの。これ、お菓子なの。よかったら召し上がって」
 そう言って、ホテルのロゴが入った包みを、サイドテーブルの上に置いた。
「すいません。……あっ、その椅子にどうぞ」

 壁に寄せて置いてあるパイプ椅子を指すと、立花は引き寄せて、ベッドのそばに座った。
「具合はどう? って言っても、あまりよさそうには見えないけれど」
「はぁ……」
 ずいぶんはっきりと言うものだと思うが、自分でも、ひどい見た目なのはわかっている。
「あのとき、救急車を見送ったきりだったから、どうしているかと気になって」
 伸は頭を下げる。
「あのときは、ずうずうしく訪ねて行った上に、迷惑をかけてすいませんでした」
 立花は、静かに首を横に振った。
「そんなことはいいのよ。ただ、安藤くん、洋館のことをずいぶん気にしているようだったから」

 じっと見つめる伸に、立花は、ちょっと微笑んで見せてから話し始めた。
「あのね、あの洋館は、何年も前から、本当に誰も住んでいないのよ。それは今回、業者の人が中を調べて再確認済みなの。
 入り口が壊れていて、人が入ったり、ホームレスが生活していた形跡もあるけれど、それだけよ」
「でも」
 そんなはずはない。現に、行彦が暮らしているではないか。

 さえぎろうとした伸に、立花は、うんうんとうなずいてから、さらに言う。
「あの洋館は、響子さんが亡くなったときに、私が相続というか、便宜上、管理人になったのよ。でも、離れたところに住んでいて、手が行き届かないし、若者が入り込んだりして、地元の人から苦情が出ていたの。
 それで、なんとかしなくちゃいけないと思いながら、処分するにも、お金がかかるし、思いあぐねていたのよね。そんなときに、再開発の話を打診されて」
 
 立花が一呼吸置いたところで、すかさず伸は言う。
「だけど、行彦くんはどうするんですか? 立花さんと一緒に暮らすんですか?」
「そのことだけど……」
 立花は、乱れてもいない前髪を指で直してから、言いにくそうに口を開いた。
「安藤くん、やっぱり、何か勘違いしてるんじゃないかしら。それか、人違いかもしれないわね。
 響子さんの息子の行彦くんなら、本当に亡くなっているし、二人とも桐原家のお墓に入っているわ」
 そんな馬鹿な……。
 
「失礼だけど、安藤くん、精神的に疲れているんじゃ……」
「そんなことないです!」
 思わず、声が大きくなってしまった。立花が、落ち着かせようとするように、掛布団の上から、そっと伸の膝の辺りを手で押さえる。
「あのね、今日は報告があって来たのよ。今言ったような経緯があって、ようやく明日から、洋館の解体工事が始まることになったの。
 安藤くんには、是非伝えておきたいと思って」
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