第37話 窓

文字数 815文字

「少しは落ち着かれましたか?」
 ベッドサイドの椅子に背筋を伸ばして座った芙紗子が、静かに話しかける。
「えぇ。あなたには、すっかり迷惑をかけてしまって、ごめんなさいね」
「そんな、水臭いことを。私は、響子さんのお世話をさせていただくために、おそばにいるのですから、どうぞ遠慮なさらないでください」
 響子は、小さい頃から見慣れた、芙紗子の優しい笑顔を見上げる。行彦を見送るまでは、なんとか気丈にふるまっていたものの、遺骨とともに洋館に戻った直後に倒れた。
 芙紗子の運転する車で病院に運ばれ、そのまま入院することになったのだ。 
 
 行彦……。最愛の息子がもういないなんて、まだ信じられない。洋館に帰って、三階の角部屋のドアを開ければ、あの子は、今も、そこにいるのではないか……。
 いや。そんなはずはない。私は確かに、行彦の変わり果てた姿を見たではないか。私と芙紗子以外に参列者のいない葬儀を終え、焼き場で骨を拾いもしたではないか。
 それよりも前に、行彦は、私の目の前で……!
「響子さん、大丈夫ですか? しっかりなさってください」
 がくがくと震えながら嗚咽する響子に、芙紗子が声をかける。
 
 
 真実を知った行彦は、心を病んでしまった。初めのうち、悪夢に怯えて泣いていた行彦は、やがて、幻覚を見るようになった。
 早い段階で、医師に診てもらい、適切な治療を受けていたならば、あんなことにはならなかったかもしれない。だが、行彦は、部屋から出ることが出来なかったし、往診してもらうことも、かたくなに拒んだ。
 もしもあのとき、無理にでも診察してもらっていたら、最悪の事態にはならなかったかもしれない。やはり、すべては私のせいだ。
 行彦は、響子のことを志保だと思い込むようになり、拒絶するようになった。なんとかわかってもらおうと、必至に話しかけるほど、行彦は怯えて泣き叫んだ。
 そしてあの日、部屋に入って行った響子から逃れようと、行彦は窓を開けて――。
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