第21話 志保
文字数 1,312文字
志保は、大学のサークルの後輩だった。ほっそりとして色白で、一見おとなしそうなのだけれど、甘え上手なところがあって、するりと人の懐に入って来る。
だが、甘えられると悪い気はしないし、先輩先輩と慕ってくれるとうれしい。志保のことは、ずっとかわいい後輩だと思っていた。
だから、あのときも素直に応じた。疑う気持ちなど少しもなかった。
「わぁ、素敵な人。いいなぁ。美男美女でお似合いですね。機会があったらご挨拶させてくださいよ」
それは、響子に社会人の恋人がいることを知った志保にねだられ、写真を見せたときのことだ。
「今日、これから会うことになっているけど、よかったら顔を見て行く?」
「いいんですか? うれしい!」
ちょうど近くのカフェで待ち合わせをしていたので、軽い気持ちで誘ったのだった。
だんだん照彦の態度が素っ気なくなり、気づいたときには、彼と志保は、そういう関係になっていた。志保は、響子にしたのと同じように、いとも簡単に、照彦の気持ちを掴んだのだろう。
ショックだった。いくら甘えるのがうまいからといって、照彦が、あんな子に心変わりするなんて夢にも思わなかった。
外見も中身も、自分のほうが数段上だと思い、安心し切っていたのだ。そういう自惚れが、照彦にも志保にも、無意識のうちに伝わっていたのだろうか……。
初めて照彦と彼女を会わせたカフェに、響子を呼び出した志保は、態度だけは、しおらしく、両手を膝の上に置いて、うつむきながら言った。
「私、赤ちゃんが出来たんです」
言葉を失っている響子に、さらに追い打ちをかける。志保は、微笑みながら言った。
「照彦さん、言ってくれたんです。海外出張から帰ったら、私の両親に挨拶に行くって」
まさか、そんな……。あまりの衝撃に、響子は、その後どうやって家まで帰ったのか覚えていない。
だが、人生は、誰にとっても、そんなに甘くはない。海外出張の帰りの飛行機が墜落し、照彦は死んだ。
自分を捨てた恋人が命を落とした。二重の悲しみに、響子は、一人涙した。
志保が、どうしたかは知らない。それ以来、彼女をキャンパスで見かけることはなかったから。
その頃、資産家だった両親はすでに亡く、響子は莫大な遺産を受け継いでいた。心の傷を癒すため、大学を辞めて、幼少の頃から世話をしてくれている家政婦の芙紗子とともに、遺産の一つである、**市に建てられた洋館に移り住むことに決めた。
志保から電話がかかって来たのは、ようやく洋館での暮らしに慣れて来た頃だ。
「先輩、お久しぶりです」
響子は訝しむ。あんなことがあったというのに、今頃、なんの用だというのだろう。
「どうしたの?」
つい素っ気ない言い方になってしまったが、それにかまわず、志保は続ける。
「私、赤ちゃんを産んだんです」
中絶するとばかり思っていたので、意外だった。だが、なぜ、それを私に?
志保は、いつも大学でそうしていたように、甘ったるい口調で言った。
「先輩に、お願いがあるんです」
響子は、内心呆れる。私に、ひどいことをしておいて、今さら、よくもぬけぬけとそんなことを。
だが、志保は、響子の無言にも怯むことなく話し始めた。
だが、甘えられると悪い気はしないし、先輩先輩と慕ってくれるとうれしい。志保のことは、ずっとかわいい後輩だと思っていた。
だから、あのときも素直に応じた。疑う気持ちなど少しもなかった。
「わぁ、素敵な人。いいなぁ。美男美女でお似合いですね。機会があったらご挨拶させてくださいよ」
それは、響子に社会人の恋人がいることを知った志保にねだられ、写真を見せたときのことだ。
「今日、これから会うことになっているけど、よかったら顔を見て行く?」
「いいんですか? うれしい!」
ちょうど近くのカフェで待ち合わせをしていたので、軽い気持ちで誘ったのだった。
だんだん照彦の態度が素っ気なくなり、気づいたときには、彼と志保は、そういう関係になっていた。志保は、響子にしたのと同じように、いとも簡単に、照彦の気持ちを掴んだのだろう。
ショックだった。いくら甘えるのがうまいからといって、照彦が、あんな子に心変わりするなんて夢にも思わなかった。
外見も中身も、自分のほうが数段上だと思い、安心し切っていたのだ。そういう自惚れが、照彦にも志保にも、無意識のうちに伝わっていたのだろうか……。
初めて照彦と彼女を会わせたカフェに、響子を呼び出した志保は、態度だけは、しおらしく、両手を膝の上に置いて、うつむきながら言った。
「私、赤ちゃんが出来たんです」
言葉を失っている響子に、さらに追い打ちをかける。志保は、微笑みながら言った。
「照彦さん、言ってくれたんです。海外出張から帰ったら、私の両親に挨拶に行くって」
まさか、そんな……。あまりの衝撃に、響子は、その後どうやって家まで帰ったのか覚えていない。
だが、人生は、誰にとっても、そんなに甘くはない。海外出張の帰りの飛行機が墜落し、照彦は死んだ。
自分を捨てた恋人が命を落とした。二重の悲しみに、響子は、一人涙した。
志保が、どうしたかは知らない。それ以来、彼女をキャンパスで見かけることはなかったから。
その頃、資産家だった両親はすでに亡く、響子は莫大な遺産を受け継いでいた。心の傷を癒すため、大学を辞めて、幼少の頃から世話をしてくれている家政婦の芙紗子とともに、遺産の一つである、**市に建てられた洋館に移り住むことに決めた。
志保から電話がかかって来たのは、ようやく洋館での暮らしに慣れて来た頃だ。
「先輩、お久しぶりです」
響子は訝しむ。あんなことがあったというのに、今頃、なんの用だというのだろう。
「どうしたの?」
つい素っ気ない言い方になってしまったが、それにかまわず、志保は続ける。
「私、赤ちゃんを産んだんです」
中絶するとばかり思っていたので、意外だった。だが、なぜ、それを私に?
志保は、いつも大学でそうしていたように、甘ったるい口調で言った。
「先輩に、お願いがあるんです」
響子は、内心呆れる。私に、ひどいことをしておいて、今さら、よくもぬけぬけとそんなことを。
だが、志保は、響子の無言にも怯むことなく話し始めた。