第38話 悲痛な叫び
文字数 1,319文字
「僕は、もうずっと前……」
そう言って、行彦が窓を指す。
「あそこから飛び下りて死んだんだ」
「……え? なんだって?」
言っている意味がわからず、伸は、横たわったまま行彦を見上げる。細く白い裸体の、なんとなまめかしいことか。
行彦が、窓を指していた手を、伸の肩に置いて言う。
「僕はもう、死んでいるんだよ」
「何言ってるんだよ!」
伸は、行彦の手を払いのけるようにして飛び起きた。苦しくて呼吸が乱れるが、そんなことにかまっていられない。
「行彦まで、おかしなことを言い出さないでくれよ。そんなはずがないだろ?
行彦は今、目の前にいるし、こうして触れることだってできるじゃないか」
行彦の両肩をつかんで、こちらを向かせる。確かに、滑らかな肌も、その下にある骨の感触も、手のひらに伝わって来る。
行彦が、悲しげに目を伏せる。
「僕だって驚いたよ。あの日、初めて伸くんが、この部屋に来たときに、伸くんに、僕が見えていたことに。
それまでにも、この部屋まで面白半分に上がって来たような人は何人もいた。でも、その誰もが僕に気づかず、部屋を見回した後、すぐに興味を失ったように去って行ったよ」
「そんな……。嘘だろ?」
「嘘じゃないよ」
そして行彦は、まだ事態が把握出来ずにいる伸に、自分の過去について話し始めた。
「いじめに遭って、学校に行けなくなったということは、前に話したよね。この部屋から出られなくなったことも。
でも、僕のお母さんは、一言も僕を責めなかった。学校に行かなくても出来ることはあるし、お母さんがついているから心配いらないって。
僕は、きれいで上品で、優しいお母さんが大好きだった。お父さんはいなかったけど、家政婦の芙紗子さんもいたし、寂しいと思ったことはなかった。でも……」
伸はただ、行彦の横顔を見つめ続ける。
「あるとき、あの女が尋ねてきた。みすぼらしくて卑しげな女が、お母さんに金の無心に来たんだ。
その女が、僕に向かって言った。『ボクちゃん、お母さん、会えてうれしいわ』って。
その女が、僕の生みの親だったんだよ。僕は、大好きなお母さんの本当の子じゃなかった。
言われてみれば、生白い肌の色も、貧相な体つきも、あの女にそっくりだ。僕は、とても醜い!」
行彦は、両手で顔を覆った。
「そんなことない! 行彦は、とてもきれいだよ。その顔も、透き通るような白い肌も、華奢な体も、俺は大好きだ。
俺にかけてくれる優しい言葉も、仕草も、甘い香りも、全部!」
行彦が、いやいやをするように、首を左右に振る。伸は、たまらない気持ちになって、行彦をきつく抱きしめる。
「行彦、大好きだ。愛してる」
行彦は、嗚咽する。
「あぁ、伸くん……」
伸は、行彦を押し倒した。先ほどまでの倦怠感が嘘のように、体に力がみなぎっている。
今ならば、行彦と一つになれる。伸は、勢いよく、行彦の体にかかっているブランケットを引きはがした。
「駄目だよ!」
行彦が、伸の体を押し戻そうとする。
「なんでだよ。俺は、行彦がほしいんだ」
「伸くんが、死んじゃう!」
「えっ?」
「お願いだから、もう少しだけ話を聞いて」
行彦の悲痛な叫びに気おされ、伸は、行彦を押さえつけていた手を離した。
そう言って、行彦が窓を指す。
「あそこから飛び下りて死んだんだ」
「……え? なんだって?」
言っている意味がわからず、伸は、横たわったまま行彦を見上げる。細く白い裸体の、なんとなまめかしいことか。
行彦が、窓を指していた手を、伸の肩に置いて言う。
「僕はもう、死んでいるんだよ」
「何言ってるんだよ!」
伸は、行彦の手を払いのけるようにして飛び起きた。苦しくて呼吸が乱れるが、そんなことにかまっていられない。
「行彦まで、おかしなことを言い出さないでくれよ。そんなはずがないだろ?
行彦は今、目の前にいるし、こうして触れることだってできるじゃないか」
行彦の両肩をつかんで、こちらを向かせる。確かに、滑らかな肌も、その下にある骨の感触も、手のひらに伝わって来る。
行彦が、悲しげに目を伏せる。
「僕だって驚いたよ。あの日、初めて伸くんが、この部屋に来たときに、伸くんに、僕が見えていたことに。
それまでにも、この部屋まで面白半分に上がって来たような人は何人もいた。でも、その誰もが僕に気づかず、部屋を見回した後、すぐに興味を失ったように去って行ったよ」
「そんな……。嘘だろ?」
「嘘じゃないよ」
そして行彦は、まだ事態が把握出来ずにいる伸に、自分の過去について話し始めた。
「いじめに遭って、学校に行けなくなったということは、前に話したよね。この部屋から出られなくなったことも。
でも、僕のお母さんは、一言も僕を責めなかった。学校に行かなくても出来ることはあるし、お母さんがついているから心配いらないって。
僕は、きれいで上品で、優しいお母さんが大好きだった。お父さんはいなかったけど、家政婦の芙紗子さんもいたし、寂しいと思ったことはなかった。でも……」
伸はただ、行彦の横顔を見つめ続ける。
「あるとき、あの女が尋ねてきた。みすぼらしくて卑しげな女が、お母さんに金の無心に来たんだ。
その女が、僕に向かって言った。『ボクちゃん、お母さん、会えてうれしいわ』って。
その女が、僕の生みの親だったんだよ。僕は、大好きなお母さんの本当の子じゃなかった。
言われてみれば、生白い肌の色も、貧相な体つきも、あの女にそっくりだ。僕は、とても醜い!」
行彦は、両手で顔を覆った。
「そんなことない! 行彦は、とてもきれいだよ。その顔も、透き通るような白い肌も、華奢な体も、俺は大好きだ。
俺にかけてくれる優しい言葉も、仕草も、甘い香りも、全部!」
行彦が、いやいやをするように、首を左右に振る。伸は、たまらない気持ちになって、行彦をきつく抱きしめる。
「行彦、大好きだ。愛してる」
行彦は、嗚咽する。
「あぁ、伸くん……」
伸は、行彦を押し倒した。先ほどまでの倦怠感が嘘のように、体に力がみなぎっている。
今ならば、行彦と一つになれる。伸は、勢いよく、行彦の体にかかっているブランケットを引きはがした。
「駄目だよ!」
行彦が、伸の体を押し戻そうとする。
「なんでだよ。俺は、行彦がほしいんだ」
「伸くんが、死んじゃう!」
「えっ?」
「お願いだから、もう少しだけ話を聞いて」
行彦の悲痛な叫びに気おされ、伸は、行彦を押さえつけていた手を離した。