第49話 高校生

文字数 1,036文字

 そんなある日のことだ。
 厨房の奥の食品庫で、食材の在庫チェックをしていると、後輩の中本に声をかけられた。
「アルバイト希望の高校生が来てるんですけど、面接お願い出来ますか?」
 伸は、在庫表に目を落としたまま答える。
「わかった。今行くよ」
「じゃあ、お願いします」

 残りはまた後で。そう思ってボールペンにキャップをしたとき、背後で声がした。
「すいません」
「あぁ、はい」
 アルバイト希望の高校生か。胸ポケットにボールペンをしまいながら、伸は振り向いた。
 あ……!
 伸の目が、高校生の顔に釘づけになる。高校生も、驚いたように伸の顔を見ている。
 
 私立高校のブレザーの制服を着た彼は、今風の洒落たヘアスタイルをしている。ほっそりとした体形に、色白の小さな顔。
 だが、その顔は、この十数年、伸が一日も忘れたことのない、行彦に瓜二つだ。
「君は……」
 いや、そんなはずはない。行彦は、もうずっと昔に……。伸は、動揺を隠して言う。
「君は、アルバイトの」

「あぁ……」
 高校生の、男にしては、やけに赤い唇から声が漏れた。大きく見開いた目は、伸の顔をとらえたまま動かない。
「君、大丈夫?」
 口ではそう言いながら、内心、自分こそ大丈夫かと思う。心臓の鼓動が早まり、どうやって息をすればいいのかわからなくなった。
 
「……思い出した」
 そうつぶやいたとたん、高校生の体が、ぐらりと傾いた。
「君!」
 あわてて体を支えようと近づいた伸に、彼は、しがみついて来た。そして言ったのだ。
「伸くん」
 えっ!? その瞬間、懐かしいあの香りに包まれた。伸も、思わず言っていた。
「……行彦?」
「伸くん!」

 そのとき、ドアが開く音がした。二人は、あわてて離れる。
 入って来た中本が、呑気な声で言った。
「どうかしました?」
「あ、いや」
「主任、団体客の予約の電話なんですけど、ちょっと出てもらっていいですか?」
「わかった。今行く」


 電話を終えて戻ると、彼の姿が消えていた。待ち構えていたらしい中本が、呆れたように言う。
「あの子、気分が悪いとか言って、そそくさと帰って行きましたよ。思ってたのと違って、バイトする気が失せたんですかね。
 まったく、今どきの若いやつは……」
 狐につままれたような気持ちになったが、在庫チェックのバインダーの間に、履歴書が挟まっているのを見つけた。
 中本が立ち去った後に見ると、住所や、西原有希という名前とともに、携帯電話の番号も書かれている。貼られている証明写真の顔は、確かに、さっきの彼のものだ。
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