第2話 松園
文字数 1,508文字
小学生のときからそうしているように、高校でも、誰とも親しくするつもりはなかった。歩いて通える距離にある高校には、同じ中学から進学した者も多く、伸の家庭環境も、伸が友達を作らないことも、周知の事実だろう。
もともと、小さい頃から一人で過ごすことが多く、一人でいることに慣れていたので、それに関して特別な思いはなかった。
松園は、同じ中学から来たクラスメイト二人を、いつも子分のように引き連れて歩いている。そんなある日のことだ。
昼休み、伸は、いつものように一人で弁当を食べていた。母の手作りの弁当だ。
弁当はコンビニでも買えるし、高校には学食もある。母には、忙しいのにわざわざ作らなくてもいいと言ったのだが、店の仕込みのついでだからと、毎日欠かさず持たせてくれるのだ。
カフェは、地元の主婦などでそれなりに繁盛している。どうやら、未婚の母であることと、料理の評判は関係ないらしい。
そういう母が作ってくれる弁当なので、おいしいのはもちろんのこと、見栄えもいい。弁当を覗いた女子に、うらやましがられることもある。
四時間目が終わり、机で弁当を広げていると、松園たちが脇を通りかかった。小柄で眼鏡をかけた滋田が、机を押しのけ、その拍子に弁当箱が落ちそうになる。
伸は、弁当箱を手で押さえながら、反射的に滋田をにらみつけた。いつもならば、彼らは無言で通り過ぎ、それで終わるはずなのだが。
振り向いた松園と目が合った。松園が、弁当を見下ろしながら言う。
「こ洒落た弁当だな」
言葉とは裏腹に、どこか馬鹿にしたような表情だ。真意を測りかね、黙ったまま見上げていると、松園が、吐き捨てるように言った。
「売女が作ったようには見えない」
出来ることなら関わりたくない。だが、聞き流すわけにはいかない。
「なんだと?」
思わず立ち上がると、長身の松園は、伸を見下ろすようにしながら言った。
「母親が体を売った金で作った弁当を、よく平気な顔をして食えるな」
掴みかかろうとする伸の腕を払いのけながら、冷めた口調で言う。
「あぁ、お前も母親が体を売って出来たのか」
「てめぇ!」
だが、再び手を出す前に、スポーツ刈りでガタイのいい古川に突き飛ばされ、心ならずも、伸は椅子に尻を落とした。何も言い返せずにいるうちに、三人は教室を出て行ってしまった。
ふと周りを見ると、クラスメイト達が、じっとこちらを見ている。かまわず弁当を食べようとすると、箸を持つ手がわなわなと震えた。
その日をきっかけに、伸は、松園たちから執拗な嫌がらせを受けるようになり、やがて、人目のないところで殴られるようになった。松園は直接手を下さず、いつも古川に、服の外からはわからない体の部分を殴らせるのだ。
抵抗しようとすると、お前たち親子が、この町で暮らせないようにしてやると言われた。
そんなことが出来るはずはないと思うし、なぜそこまで目の敵にされなければならないのか、納得がいかないが、松園の父のことを考えると逆らえない。
母が、どれだけ大変な思いをしながらカフェを経営しているか、痛いほど知っているから。
ほかの中学や、ほかの町から来ている生徒も多い高校では、中学の頃ほど、松園の威光も大きくないように見えた。成績も、あまり振るわないようだ。
そんな鬱憤を晴らすためなのか、目つきが悪いとか、体育の時間に目立とうとしていたとか、くだらない理由をこじつけては、子分、主に古川に伸を殴らせる。
そのたび、売女の子供は汚らわしいとか、告げ口をしたら、母親の店を潰すなどと言われた。母に迷惑がかかると思うと、何も言い返せなくなって、ただ殴られるしかないのだった。
もともと、小さい頃から一人で過ごすことが多く、一人でいることに慣れていたので、それに関して特別な思いはなかった。
松園は、同じ中学から来たクラスメイト二人を、いつも子分のように引き連れて歩いている。そんなある日のことだ。
昼休み、伸は、いつものように一人で弁当を食べていた。母の手作りの弁当だ。
弁当はコンビニでも買えるし、高校には学食もある。母には、忙しいのにわざわざ作らなくてもいいと言ったのだが、店の仕込みのついでだからと、毎日欠かさず持たせてくれるのだ。
カフェは、地元の主婦などでそれなりに繁盛している。どうやら、未婚の母であることと、料理の評判は関係ないらしい。
そういう母が作ってくれる弁当なので、おいしいのはもちろんのこと、見栄えもいい。弁当を覗いた女子に、うらやましがられることもある。
四時間目が終わり、机で弁当を広げていると、松園たちが脇を通りかかった。小柄で眼鏡をかけた滋田が、机を押しのけ、その拍子に弁当箱が落ちそうになる。
伸は、弁当箱を手で押さえながら、反射的に滋田をにらみつけた。いつもならば、彼らは無言で通り過ぎ、それで終わるはずなのだが。
振り向いた松園と目が合った。松園が、弁当を見下ろしながら言う。
「こ洒落た弁当だな」
言葉とは裏腹に、どこか馬鹿にしたような表情だ。真意を測りかね、黙ったまま見上げていると、松園が、吐き捨てるように言った。
「売女が作ったようには見えない」
出来ることなら関わりたくない。だが、聞き流すわけにはいかない。
「なんだと?」
思わず立ち上がると、長身の松園は、伸を見下ろすようにしながら言った。
「母親が体を売った金で作った弁当を、よく平気な顔をして食えるな」
掴みかかろうとする伸の腕を払いのけながら、冷めた口調で言う。
「あぁ、お前も母親が体を売って出来たのか」
「てめぇ!」
だが、再び手を出す前に、スポーツ刈りでガタイのいい古川に突き飛ばされ、心ならずも、伸は椅子に尻を落とした。何も言い返せずにいるうちに、三人は教室を出て行ってしまった。
ふと周りを見ると、クラスメイト達が、じっとこちらを見ている。かまわず弁当を食べようとすると、箸を持つ手がわなわなと震えた。
その日をきっかけに、伸は、松園たちから執拗な嫌がらせを受けるようになり、やがて、人目のないところで殴られるようになった。松園は直接手を下さず、いつも古川に、服の外からはわからない体の部分を殴らせるのだ。
抵抗しようとすると、お前たち親子が、この町で暮らせないようにしてやると言われた。
そんなことが出来るはずはないと思うし、なぜそこまで目の敵にされなければならないのか、納得がいかないが、松園の父のことを考えると逆らえない。
母が、どれだけ大変な思いをしながらカフェを経営しているか、痛いほど知っているから。
ほかの中学や、ほかの町から来ている生徒も多い高校では、中学の頃ほど、松園の威光も大きくないように見えた。成績も、あまり振るわないようだ。
そんな鬱憤を晴らすためなのか、目つきが悪いとか、体育の時間に目立とうとしていたとか、くだらない理由をこじつけては、子分、主に古川に伸を殴らせる。
そのたび、売女の子供は汚らわしいとか、告げ口をしたら、母親の店を潰すなどと言われた。母に迷惑がかかると思うと、何も言い返せなくなって、ただ殴られるしかないのだった。