第59話 ケーキ
文字数 1,263文字
彼が来ると言っていたので、帰りにスーパーに寄って、いつもは買わない菓子やソフトドリンク、フルーツなどを買って帰った。部屋着に着替えて、洗濯物を片付けたり、お茶の用意をしたりしていると、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、制服のままの彼が立っていて、少し照れくさそうに笑ってから入って来た。つい、今夜も泊まるつもりなのかと思い、そのことに、ときめいている自分にが恥ずかしくなる。
「……上がって」
彼は、手に持っていた箱を掲げて見せた。
「ケーキ買って来たよ」
「そんな、気を遣わなくていいのに」
彼が微笑む。
「僕が食べたかったんだよ」
それから、ケーキの箱をテーブルに置くと、伸に抱きついて来た。
「おい……」
「伸くん、会いたかったよ」
「さっき会ったばかりじゃないか」
彼が、伸の顔を見上げて言った。
「だって、さっきはママが一緒だったから」
脳裏に、妖艶な彼の母親の姿が浮かぶ。
「さっきはびっくりしたよ。まさか、いきなりお母さんを連れて来るとは思わなかった」
「ごめん。怒った?」
「怒りはしないけど……」
確実に寿命が縮まった気がした。
彼は、伸の顔を見たまま言う。
「ママは、人を見る目は確かなんだ。だから、くどくど説明するより、実際に伸くんを見てもらったほうがいいと思って。
ママなら、絶対に伸くんの良さをわかってくれると思ったんだよ」
「買いかぶり過ぎだよ……」
こんな冴えない中年男。伸は心の中で自嘲したが、彼は続ける。
「ママは言ったよ。有希の好きな人が年上の男性だって聞いたときは、さすがに少し驚いたけど、安藤さんに会って、有希が惹かれた気持ちがわかった気がするって」
思わず、真剣そうに話す彼の顔を、まじまじと見る。
「伸くんの態度やたたずまいを見て、とても誠実そうに見えたって。職場やスタッフの雰囲気を見ても、伸くんの人柄がうかがえるって。
ママは、長年ナイトクラブを経営しているから、いろんな人たちを見て来ているし、そういうことがよくわかるんだよ」
とても不思議な気分だ。こんな展開は、まったく予想していなかった。
「だけど……」
そう言って、突然、彼が目を伏せる。
あぁ、やっぱり、と思う。誠実そうに見えようが、人柄がどうだろうが、こんな関係が許されるわけがない。
だが、彼は意外なことを言った。
「伸くんは、とても寂しそうだって。ずっと孤独を抱えて生きて来た人のように見えるって……」
「あ……」
彼が、涙をたたえた目で見上げた。
「ママは、それが性的嗜好のせいだと思ったみたいだけど、そうじゃないよね。伸くんが寂しいのは、僕のせいだよね。
僕が、長い間、ずっと伸くんに辛い思いをさせていたから……」
彼は、こぼれる涙をぬぐいもせずに言う。
「もう二度と、伸くんを悲しませたりしない。ずっと一緒にいよう。伸くん、大好きだよ」
「あ……。えぇと」
名前を呼ぼうとして、言葉に詰まる。伸は、ため息をついて、髪をかき上げながら言った。
「あのさ、こんなときに悪いけど」
「……何?」
気をそがれたような顔をして、彼は涙をぬぐった。
ドアを開けると、制服のままの彼が立っていて、少し照れくさそうに笑ってから入って来た。つい、今夜も泊まるつもりなのかと思い、そのことに、ときめいている自分にが恥ずかしくなる。
「……上がって」
彼は、手に持っていた箱を掲げて見せた。
「ケーキ買って来たよ」
「そんな、気を遣わなくていいのに」
彼が微笑む。
「僕が食べたかったんだよ」
それから、ケーキの箱をテーブルに置くと、伸に抱きついて来た。
「おい……」
「伸くん、会いたかったよ」
「さっき会ったばかりじゃないか」
彼が、伸の顔を見上げて言った。
「だって、さっきはママが一緒だったから」
脳裏に、妖艶な彼の母親の姿が浮かぶ。
「さっきはびっくりしたよ。まさか、いきなりお母さんを連れて来るとは思わなかった」
「ごめん。怒った?」
「怒りはしないけど……」
確実に寿命が縮まった気がした。
彼は、伸の顔を見たまま言う。
「ママは、人を見る目は確かなんだ。だから、くどくど説明するより、実際に伸くんを見てもらったほうがいいと思って。
ママなら、絶対に伸くんの良さをわかってくれると思ったんだよ」
「買いかぶり過ぎだよ……」
こんな冴えない中年男。伸は心の中で自嘲したが、彼は続ける。
「ママは言ったよ。有希の好きな人が年上の男性だって聞いたときは、さすがに少し驚いたけど、安藤さんに会って、有希が惹かれた気持ちがわかった気がするって」
思わず、真剣そうに話す彼の顔を、まじまじと見る。
「伸くんの態度やたたずまいを見て、とても誠実そうに見えたって。職場やスタッフの雰囲気を見ても、伸くんの人柄がうかがえるって。
ママは、長年ナイトクラブを経営しているから、いろんな人たちを見て来ているし、そういうことがよくわかるんだよ」
とても不思議な気分だ。こんな展開は、まったく予想していなかった。
「だけど……」
そう言って、突然、彼が目を伏せる。
あぁ、やっぱり、と思う。誠実そうに見えようが、人柄がどうだろうが、こんな関係が許されるわけがない。
だが、彼は意外なことを言った。
「伸くんは、とても寂しそうだって。ずっと孤独を抱えて生きて来た人のように見えるって……」
「あ……」
彼が、涙をたたえた目で見上げた。
「ママは、それが性的嗜好のせいだと思ったみたいだけど、そうじゃないよね。伸くんが寂しいのは、僕のせいだよね。
僕が、長い間、ずっと伸くんに辛い思いをさせていたから……」
彼は、こぼれる涙をぬぐいもせずに言う。
「もう二度と、伸くんを悲しませたりしない。ずっと一緒にいよう。伸くん、大好きだよ」
「あ……。えぇと」
名前を呼ぼうとして、言葉に詰まる。伸は、ため息をついて、髪をかき上げながら言った。
「あのさ、こんなときに悪いけど」
「……何?」
気をそがれたような顔をして、彼は涙をぬぐった。