第36話 話さなくちゃいけないこと

文字数 708文字

 久しぶりに会った行彦は、相変わらずうっとりするほど美しく、ぞくぞくするほど淫らだった。それなのに……。
 ここに来るまでに体力を使い果たしてしまったのか、どうしても体が奮い立たず、事を成し遂げることが出来なかった。行彦と一つになることが出来なかったのだ。
 呆然と横たわる伸の隣に座る行彦は、片手で口を覆って泣いている。
 
「行彦、ごめん」
 行彦は、激しく首を横に振る。
「俺のせいだよ。行彦は、すごく素敵だったのに」
「違う」
 行彦が、赤く泣き腫らした目で伸を見る。
「僕が悪いんだ」
「そんなこと……」
 何度ぬぐっても、行彦の目から新たな涙があふれ出る。
 
 しばし泣いた後、行彦は天を仰ぎ、深いため息をついてから、伸の顔を見て言った。
「この洋館のこと、どんなふうに聞いているの?」
 先ほどまで、行彦の熱い裸体のあちこちに触れながら、ホテルに立花を訪ねたことや、体調を崩して入院していたことなど、今までの経緯を簡単に話したのだった。
「それが、全然話がかみ合わなくて。俺が何を言っても、洋館には誰も住んでいないとか、その……お墓がどうとか。
 あの立花って人、ちょっとおかしいよ」
 
「あぁ……」
 苦しげにうめき、涙に濡れた頬をぬぐいながら、行彦は言う。
「そこまで聞いているんだ」
「でも……」
 起き上がろうとすると、頭がくらくらした。伸は、ぎゅっと目をつぶりながら、頭を枕に戻す。
「無理しないで」
 行彦が、伸の痩せた肩に手を置く。
「でも、全部でたらめだろ。行彦がいるのに」
 立花が言っていたことだ。
 
「伸くん……」
 なおも涙を流しながら、行彦が言う。
「伸くんに、どうしても話さなくちゃいけないことがある」
「え?」
「伸くん、僕は……」
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