第1話 孤独

文字数 1,200文字

「あ……!」
 ドアを開けた瞬間、まぶしさに目がくらみ、その次に、ぎくりとして、我知らず声が漏れた。まさか、人がいるとは思わなかったのだ。
 一瞬、少女に見えたのだが、そこにいたのは、ほっそりとした少年だった。少し長めの髪に、透き通るような白い肌。めくれ上がるように、わずかに開いた唇の色が赤い。
 彼もまた、驚いたように、こちらを見ている。
 
 
 
 物心がついたときから、伸は、母と二人暮らしだった。その頃すでに、母はアンジェールというカフェを営んでいた。
 幼稚園に通うようになって、よその家には父親という存在がいることを知った。自分の家は、よそとは違う。
 だが、母に、その理由を問いただしたことはなかった。子供ながらに、聞いてはいけないことのような気がしたのだ。
 母が、店にかかり切りで寂しい思いをしたこともあったが、母が伸を愛してくれ、伸のために一生懸命働いていることも、よくわかっていた。
 
 だが、小学生になったあるとき、数人で、ぞろぞろと歩く学校からの帰り道で、友達に言われた。
「伸ちゃんちのおばさんって、ミコンノハハなんでしょ?」
「え……」
 そのときは、言葉の意味がわからなかった。だが、反射的に言っていた。
「違うよ。そんなんじゃない」
 すると、ほかの友達が言った。
「俺もそう聞いた。うちのお母さんが言ってたよ」

 さっきの友達が、ほら見ろというように、口を尖らせて言う。
「やっぱりね」
「あの人はハッテンカだからって」
「ハッテンカって何?」
「さぁ」
 二人は、伸そっちのけで話しながら歩いて行く。ミコンノハハが未婚の母、ハッテンカが発展家だと知るのは、ずいぶん後になってからだ。
 
 
 成長するにつれ、田舎町では、自分たち母子のような存在は特異であり、侮蔑や嘲笑の対象になっていることを知った。同級生の中には、そのことを、あからさまにからかう者もいた。
 別に悪いことをしているわけではないし、女手一つで店を切り盛りし、伸を育ててくれる母を恥じる気持ちなど少しもない。だが伸は、だんだん同級生と距離を取るようになり、いつしか友達を作ることもやめた。
 
 
 中学生になると、松園孝弘と同じクラスになった。
 彼の父は、手広く事業を展開している、いわゆる地元の名士だ。この町に暮らす多くの住民が、なんらかの形で恩恵を受けていると言っても過言ではない。
 そういう理由もあってか、どことなく高慢な雰囲気のある松園も、クラスメイトから一目置かれているようだった。ほとんど口を聞くこともないまま、二年からは別のクラスになったが。
 
 彼と接点が出来たのは、高校生になってからだ。近くの公立高校に進学すると、再び、同じクラスに彼がいたのだ。
 松園は、私立の進学校の受験に失敗し、地元の高校に入学したという噂だった。田舎町では、ちょっとした噂が、あっという間に広まる。
 それは、伸自身が、嫌というほど経験していることでもある。
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