第6話 <2ガ、ガオ
文字数 2,287文字
海斗は授業が終わっても帰宅しないで生徒用玄関でくるみが来るのを待っていた。
そろそろ夜間の授業開始の6時だ。
登校してくる生徒は必ずここを通るから、くるみが空でも飛んで来ない限り会えるはずだった。
しかし、海斗は教室で時間をつぶし5時ごろからずっとここで待っていたのだったが、それらしい女子はやってきていなかった。
ここを通った女子といえば、化粧厚めの背の高い20代くらいの女性と仕事帰りのOLのような丸っこい女子、紺のセーラー服に唐草模様の竹刀袋を斜 にかけた黒髪地味な眼鏡っ子だけだった。
くるみは、気が変わって今日は自主休講にした可能性もあるが、海斗は授業が終わるまで待つことにする。
で、さっきから気になる音が聞こえている。
サカイ川の方からだった。
ボコ。ボコボコ。ボコボコボコボコボコ。
「どうせ、なんか出て来るんでしょう」
そんな海斗の予感はありがたくないことに的中することになる。
「海斗なにやってんだ?」
背後からイケボに声を掛けられた。
振り返るとやっぱりバド部の奥井尚弥だった。
奥井尚弥。細面で切れ長の目にすっと通った鼻筋。長身でスタイルがよく、バドで鍛えられたしなやかな筋肉。男の海斗でも嫉妬するような全部持ちのイケメンだ。
二人は部活でダブルスを組んでいたこともあって、いつもつるんだ仲だった。
レトロゲームが共通の趣味ということも二人をより近づけた。
バドがない日などは大災疫前のN-Switch4やPS7のゲームを尚弥の家でよくプレイしたものだった。
海斗はゲームと言っても、ジャンクソフト屋に流れてくるような違法DLのメディアぐらいしか持っていなかったが、尚弥は違った。
尚弥の親はネオワンガン特区の教育次官で、シンフナバシの庁舎に勤めるエリートだ。
ネオワンガンの教育局では特にゲーム利用での教育普及を推進していて、そのためか尚弥の家にはゲームがゴロゴロ転がっていた。
調査資料という名目だとかで。
ゲームモニタのあるリビングで二人でゲームをしていると、お茶と柿ピーを持って来た尚弥の親から、
「あら、勉強熱心ね」
と感心されたこともあった。
海斗が尚弥に聞き返す。
「お前こそ、こんな時間まで何してた?」
「進学講習だ。お前と違って忙しい」
尚弥は大学受験をするので、いまだに進路が決まっていなかった。
エリート親の意向なのだが、大学に進学するなど今では珍しいことだ。
そもそも大学がない。
ネオワンガン特区も含めこの国の大学はほとんど廃校してしまい、今やネオキャピタル地域に数校残るだけになっている。
それも有志が運営する私塾のような大学である。
「今日はののかと一緒じゃないのか?」
今日、海斗がののかのことを聞かれたのは尚弥が初めてだった。
それ以前に尚弥と話したのも久しぶりのことだが。
実は、海斗がののかと付き合いだしてから、尚弥のほうから距離をとるようになっていたのだ。
廊下ですれ違っても、知らないふりをされたことが何度もあった。
だが、海斗がののかをモノにしたことに嫉妬したかと言えばそうではない。
尚弥が告れば絶対OKされると誰もが思っていたが、尚弥はののかに全く興味を示さなかった。
ののかがバド部に入った時も、周りの男子が混合ペアを組みたがる中、一人知らぬふりを決め込んでもいた。
それがののかがいなくなるとこうして話しかけてくる。
まるで、ののかのことを邪魔にしていたかのようだ。
「先に帰った」
「喧嘩でもしたのか?」
「いいや、用事があるとかで」
「じゃあ、なんでお前がここに居る?」
海斗は今日の尚弥がやけにしつこく感じた。
「人待ちだ」
海斗は正直に答えた。来るかどうかわからないくるみを待っているのだったが。
「さては浮気か?」
「なわけ」
海斗が少し語気を強めて言うと、
「冗談だよ」
と尚弥は海斗の方に近づいて来て、
「ちょっと耳かせ」
と言って顔を寄せて来た。
以前もこうして、新しく手に入れたゲームの情報を伝えてきたものだった。
そのつもりで尚弥に耳を任せると、
「ふーーーー」
息を吹きかけられた。甘いあんずの匂いがした。
「な、何?」
海斗は首筋から背筋にかけてゾクゾクと走るものを感じて、その場に立ち尽くす。
それを見た尚弥が、
「ははは、顔が赤いぞ」
と愉快そうに笑った。
その笑顔には、ゲームで高得点を出した時と同じ愉悦が滲み出ていた。
「冗談だろ?」
「ばーか。冗談でこんなことするか」
「じゃあ、なんだ?」
「気づけよ。俺はお前のことが好きなんだよ」
尚弥の目が潤んでいるように見えた。
海斗が声にならない声で何か言おうとすると、
尚弥は海斗に背を向けて校舎のほうに駆けだした。
唖然と見送る海斗。
「用事が終わったら一人で来てくれ。裏門で待ってるから」
尚弥の声が校舎に反響した。
海斗は、逡巡した。
何をどうすればいいか、まったくわからなかったから。
「なんだ? どうした俺よ。望んでたモテキ到来だぞ」
と鼓舞してみたが、今の海斗の心には戸惑いしか浮かんでこなかった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
奥井尚弥くん。イケボのイケメン登場。きっと歌うまでもあるでしょう。
ガオくんとは、仲の良い友達でしたが、どうやら友達以上の関係に発展しそうな雰囲気です。
裏門ではいったいなにが待っているのか?
もしよろしければ、☆お気に入りやファンレターを頂けますと毎日の励みになりうれしいです。
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
takerunjp
そろそろ夜間の授業開始の6時だ。
登校してくる生徒は必ずここを通るから、くるみが空でも飛んで来ない限り会えるはずだった。
しかし、海斗は教室で時間をつぶし5時ごろからずっとここで待っていたのだったが、それらしい女子はやってきていなかった。
ここを通った女子といえば、化粧厚めの背の高い20代くらいの女性と仕事帰りのOLのような丸っこい女子、紺のセーラー服に唐草模様の竹刀袋を
くるみは、気が変わって今日は自主休講にした可能性もあるが、海斗は授業が終わるまで待つことにする。
で、さっきから気になる音が聞こえている。
サカイ川の方からだった。
ボコ。ボコボコ。ボコボコボコボコボコ。
「どうせ、なんか出て来るんでしょう」
そんな海斗の予感はありがたくないことに的中することになる。
「海斗なにやってんだ?」
背後からイケボに声を掛けられた。
振り返るとやっぱりバド部の奥井尚弥だった。
奥井尚弥。細面で切れ長の目にすっと通った鼻筋。長身でスタイルがよく、バドで鍛えられたしなやかな筋肉。男の海斗でも嫉妬するような全部持ちのイケメンだ。
二人は部活でダブルスを組んでいたこともあって、いつもつるんだ仲だった。
レトロゲームが共通の趣味ということも二人をより近づけた。
バドがない日などは大災疫前のN-Switch4やPS7のゲームを尚弥の家でよくプレイしたものだった。
海斗はゲームと言っても、ジャンクソフト屋に流れてくるような違法DLのメディアぐらいしか持っていなかったが、尚弥は違った。
尚弥の親はネオワンガン特区の教育次官で、シンフナバシの庁舎に勤めるエリートだ。
ネオワンガンの教育局では特にゲーム利用での教育普及を推進していて、そのためか尚弥の家にはゲームがゴロゴロ転がっていた。
調査資料という名目だとかで。
ゲームモニタのあるリビングで二人でゲームをしていると、お茶と柿ピーを持って来た尚弥の親から、
「あら、勉強熱心ね」
と感心されたこともあった。
海斗が尚弥に聞き返す。
「お前こそ、こんな時間まで何してた?」
「進学講習だ。お前と違って忙しい」
尚弥は大学受験をするので、いまだに進路が決まっていなかった。
エリート親の意向なのだが、大学に進学するなど今では珍しいことだ。
そもそも大学がない。
ネオワンガン特区も含めこの国の大学はほとんど廃校してしまい、今やネオキャピタル地域に数校残るだけになっている。
それも有志が運営する私塾のような大学である。
「今日はののかと一緒じゃないのか?」
今日、海斗がののかのことを聞かれたのは尚弥が初めてだった。
それ以前に尚弥と話したのも久しぶりのことだが。
実は、海斗がののかと付き合いだしてから、尚弥のほうから距離をとるようになっていたのだ。
廊下ですれ違っても、知らないふりをされたことが何度もあった。
だが、海斗がののかをモノにしたことに嫉妬したかと言えばそうではない。
尚弥が告れば絶対OKされると誰もが思っていたが、尚弥はののかに全く興味を示さなかった。
ののかがバド部に入った時も、周りの男子が混合ペアを組みたがる中、一人知らぬふりを決め込んでもいた。
それがののかがいなくなるとこうして話しかけてくる。
まるで、ののかのことを邪魔にしていたかのようだ。
「先に帰った」
「喧嘩でもしたのか?」
「いいや、用事があるとかで」
「じゃあ、なんでお前がここに居る?」
海斗は今日の尚弥がやけにしつこく感じた。
「人待ちだ」
海斗は正直に答えた。来るかどうかわからないくるみを待っているのだったが。
「さては浮気か?」
「なわけ」
海斗が少し語気を強めて言うと、
「冗談だよ」
と尚弥は海斗の方に近づいて来て、
「ちょっと耳かせ」
と言って顔を寄せて来た。
以前もこうして、新しく手に入れたゲームの情報を伝えてきたものだった。
そのつもりで尚弥に耳を任せると、
「ふーーーー」
息を吹きかけられた。甘いあんずの匂いがした。
「な、何?」
海斗は首筋から背筋にかけてゾクゾクと走るものを感じて、その場に立ち尽くす。
それを見た尚弥が、
「ははは、顔が赤いぞ」
と愉快そうに笑った。
その笑顔には、ゲームで高得点を出した時と同じ愉悦が滲み出ていた。
「冗談だろ?」
「ばーか。冗談でこんなことするか」
「じゃあ、なんだ?」
「気づけよ。俺はお前のことが好きなんだよ」
尚弥の目が潤んでいるように見えた。
海斗が声にならない声で何か言おうとすると、
尚弥は海斗に背を向けて校舎のほうに駆けだした。
唖然と見送る海斗。
「用事が終わったら一人で来てくれ。裏門で待ってるから」
尚弥の声が校舎に反響した。
海斗は、逡巡した。
何をどうすればいいか、まったくわからなかったから。
「なんだ? どうした俺よ。望んでたモテキ到来だぞ」
と鼓舞してみたが、今の海斗の心には戸惑いしか浮かんでこなかった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
奥井尚弥くん。イケボのイケメン登場。きっと歌うまでもあるでしょう。
ガオくんとは、仲の良い友達でしたが、どうやら友達以上の関係に発展しそうな雰囲気です。
裏門ではいったいなにが待っているのか?
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