第73話 <12ガオン

文字数 2,368文字

 廃校になって久しい旧ネオ・チシロ小学校の校門前で、京藤クルミは小学少女たちの長物語を辛抱強く聞いていた。

小学少女たちは、60年前の小学男子大量行方不明事件を語った最後に、

「男の子たちのお母さんは、ずっと帰りを待ってたんだって」

と言ったのだった。

 京藤くるみは二人にさようならをすると鉄条網に覆われ固く閉ざされた校門を飛び越えた。

3階建て白壁の鉄筋校舎は経年により緑に染まり、体育館の丸屋根は風雪に耐えられず崩れ落ちていた。

校庭は雑草が背丈ほど伸び盛り、その真ん中に一本の欅の巨木が生えている。

サッカーするにも野球をするにも邪魔だったこの巨木は、その場所に200年前の開校時から存在していた。

そして少女たちは欅を背に巨大ロボット、メカ・ヌマオがその威容を誇って立っていると語ってくれた。

地上30m、体重30t。対怪獣連勝記録868勝。

11人の小学男子が中に乗り込んだまま60年の間、出てこれないでいる。

それが連続行方不明事件の小学男子たちだと少女たちはくるみに教えてくれのだった。

くるみは欅の根本に立って天に一直線に伸びる太い幹を見上げてみた。

しかし、くるみの目に白金のメカ・ヌマオは映らなかった。

「ウチも、おばさんになったってことか」

遠くからは見えるのに近くになると見えなくなるその存在を、「ある」というのは子供たちだけだった。

大人には遠くからは見えるが、近くに来ると見えなかったのだ。

それで大人はメカ・ヌマオを蜃気楼だと結論づけてそれ以上詮索しなかった。

だから、11人の小学男子は今もこのメカ・ヌマオに閉じ込められたままなのだ。

 ただ、くるみは見えないからと言って引き下がるほど年は取っていなかった。

小学少女たちの言葉を信じ、何か聞こえないか欅の幹に耳を当ててみた。

すると欅が地下水を吸い上げる音とともに、小学男子と思しい声がかすかに聞こえてきた。

「『ネオ・マカロニほうれん荘』って馬之介が出てきてから読まなくなったけど、今どうなったかな」

「やっぱ、ひざかたさんときんどーさんとそうじの3人組が面白かったよな」

『ネオ・マカロニほうれん荘』は「ネオ・少年チャンピオン」に掲載された名作ギャグ漫画だが、それにしてもずいぶん昔の作品だ。

きっと彼らは、連載は当の昔に終わり、あれほど隆盛を極めた「ネオ・少年チャンピオン」が昔の勢いを失って久しいことすら知らないのだろう。

 他の声が聞こえてきた。

「ノンカ。今度お前の漫画だけだったら購読料、払わないからな」

「そりゃーないよ。ジュンギがメカ・ヌマオのメンテで忙しくて僕の『ねんねこさん』しか載せらんないんだから」

「お前の野球漫画は水島新司の真似じゃねーか。つまんねーの。それに何回目だ夏の甲子園」

「ねんねこさん、高校何年生だ? 8年生か? 10年生か?」

「俺ら、ジュンギの『がんもどき』が読みたくて毎週10円払ってんだ」

「そういうけど、全部つけじゃないか」

「うるせーな。ここから出られたら、きっちり払うぜ」

「本当だな。みんなもう2万円超えてるけど払うんだな」

「「「「そ、そんなに!」」」」

小学男子にとって2万円は天文学的金額だと、くるみは微笑ましく思ったのだった。

しかし、くるみはこのたわいのない会話から重要な情報を得ていた。

ノンカとジュンギ。

二人の小学男子のあだ名が知れたことだった。

小学女子たちの話に出てきた小学男子は「男の子たち」とひとくくりにされて、その個人情報は分からなかった。

何かを調べようにも手掛かりになるものがなかったのだ。

あだ名からさらに名前を探り出し実家を訪ねればもっと詳しく小学男子のことが知れ、ひいてはメカ・ヌマオの謎を解くことができるはずだった。

「さて、どうやって名寄せするか」

くるみはネオ・チシロ小学校の校庭を出て、界隈を歩きながら思案したのだった。



 如月ののかと猫実ヌコの二人は、マツノ湯の中庭でラダー(特殊技)の練習に余念がなかった。 

そこへ血相変えて駆けてきたのは、昨日出て行ったばかりのガオくんこと佐々木海斗だった。

「お姉があたしに来いって?」

海斗がくるみからの言葉をののかに伝えた。

「まだ、何出すか決められてないし」

くるみ一派のラダーは、亜空間を切り開いてそこから異世界の存在を出現させる。

大将のくるみは、首なしのスケバンを出現させるグラディウスや最強ラダーの大天使ミカエルをを持っている。

あらたにくるみ一派に加わった猫実ヌコは亜空間から仲間を喚び出すことができる。

この間は松月院えのきに呑まれたくるみ自身を出して、その結果大勝した。

ところがののかは、くるみの唯一の係累子なのに未だに何も出せないでいる。

いや、出したことはある。

鳩を。平和の白い鳩だ。

ののかは手品師になりたいわけではない。

くるみ一派の嫡子として責任を全うしたいのだ。

「行っても役に立つかどうか?」

そう思ったが、くるみに呼んでもらえたのはうれしかった。

猫実ヌコが出し抜ぬかれたと横でふてくされ顔をしている。

そんなつもりはなかったが、逆の立場だったらきっとののかも同じだったろう。

「わかった。すぐ行く」

ののかはそう言うと、ラダーの練習を中断して単車にまたがり、くるみがいるというバーチーはネオ・若葉区へと鼻先を向けたのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

欅の木を見上げるくるみには、メカ・ヌマオの姿は見えませんでした。

遠くからは見えるけれど、近くからだと子供にしか見えないメカ・ヌマオ。

大人から見放された悪夢の空間にくるみが挑みます。



今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル
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