第50話 <9ガッオ
文字数 3,094文字
光の柱は、猫実サキを先頭にウチボーバイパスを行くマツノ湯一派のほうに近づいて来ていた。
「サキさん、このままだとあの柱に突っ込んじまうかもです」
体は大きいが心配性の弁天ナナミが言った。
マツノ湯一派の面々は、それがわかっているのでいちいちとりあわない。
富岡ツルが、銀行の金庫からマツノ湯の資産関係の書類を出しに行った時のことである。
富岡ツルは用事をさっさとすませて、近くのスーパーに小口ネギを買いに寄って帰りが遅くなったのだったが、それを心配した弁天ナナミが、
「富岡の姐さん、金庫に閉じ込められたんじゃないか? 誰か見て来てくれ」
閉店の時間が来て、富岡ツルが入っているのに気が付かず職員が金庫を閉じてしまったと思ったのだ。
それもメインの金庫に。
そういうとんでもない心配をする族なのだった。
なので、マツノ湯一派は意に介すことなく真っ直ぐその光の柱に突き進んでゆく。
かたや、
「厭離穢土 欣求浄土」の菰旗を押し立てた菜の花でデコった鋸南のマダム連の軽トラ数百台を引き連れて、
その先頭に一人単車にまたがる八房フセ。
頭上には神々の火柱が立って、まさに「天上天下唯我独尊」。
「おらおら、あたしがボーソーいちの犬派だ!」
それをすぐ後ろで聞いていたのは、ト山から降りて来た光射す八房フセを最初に拝んだ、菜の花農家のおばちゃんだった。
早速間違いに気が付いて、
「フセさん、そこは『最強!』でなかったかいね」
と指摘したものだから、
「おらおら、あたしがボーソーいちの最強だ!」
とへんな感じになってしまったのだった。
ちょっと間抜けな感じだが、言っても八房フセにはラダー、選ばれたものだけが持つ特殊技があった。
それは指の先からちょろちょろ出ている炎。
犬の星シリウスのような青く眩いそれは、まだ人を癒すことにしか使ったことはなかったが、きっと何か、すんごい力を秘めているに違いないのだった。
北から猫実サキ率いるマツノ湯一派。
南から八房フセが率いる軽トラ軍団。
まさにここウチボーバイパス道で大激突。
運命の時が迫っていた。
夜明けのウチボーバイパス道を走る猫実サキの視界に軽トラ軍団が入った。
当然、八房フセもそれに気が付いている。
段々とお互いの距離が縮まって行く。
500m
300m
100m
50m
10m
八房フセが叫ぶ。
「くおらー! サキー。てめーのそのくーーーーーーー」
と、すれ違って行ってしまった。
ドップラー効果、夜露死苦である。
鋸南のマダムたちは対向車線にはみ出したりしない。
道路交通法には従う人たちだった。
マツノ湯一派も少数精鋭。対向車線を走る謂れもなかった。
「あ? なんか聞えたか?」
猫実サキの単車はウチボーバイパスを何の障害もなく南下していくのだった。
こうして打倒猫実サキに立ち上がった八房フセは接触することもなく南バーチーに戻ることになったのだったが、それで気が済む八房フセではなかった。
虎視眈々。
再びト山に籠って瞑想し、その機が熟すのを待ったのである。
しかし、今度は人が放っておくはずがなかった。
八房フセは光の柱こそ背負わなくなったけれども、相変わらずシリウスの青い火はちろちろしていたのだ。
そのため、南バーチーはおろかネオカントー全域の人たちが山麓まで列をなして癒されに来るようになった。
最強のヒーラー八房フセ。
その名は、バーチーいや、ネオカントー一円に轟きわたっていたのだ。
こうして八房フセは、ヒーラーとしてネオカントーを手中に収めることになったのである。
で、八房フセのラダーだが、いまだにすんごい力が何かは分からないままだった。
鋸南のマダム連はその後どうなったか。
噂では、そのままバーチーを突っ切ってネオキャピタル特別区へ進撃し、ネオチュウピレンになったとかならないとか。
時は現代。
「おいネコ。テメーは何の話をしてやがる?」
気持ちよく話を終えたテイで、毛づくろいを始めたネコに向かって、オオカミが言った。
「ひゃひゅふゅさふゅせのりっひぃんふゅっせで(八房フセの立身出世で)」
伸びきった腕の先を舐めようと、首を伸ばし舌を思いっきり出しながらネコが返事をする。
「くるみは猫実ヌコのネコの時代の話を聞かせろって言ったろ」
と言われても、今の話の何が悪いのかまったく分かってないネコは、
「じゃあ、これでおらー帰らせてもらうということで」
と言って立ち上がり、よろよろと部屋から出て行こうとした。
クイーン・ヌーが戸口のヌーに目配せして、ネコを連れ戻させると、
「ネコさんよ。あたしらは猫実ヌコの話が聞きたくてあんたを呼んだんだよ」
「おー、その声はヌーの姐さん。お久しぶりです」
と言った。
「さっき、挨拶はすんだがね」
とクイーン・ヌーは飽きれ顔でオオカミを見ると、オオカミは、
「で、頼みだが、猫実ヌコのネコの時代の話をしてくれねーか?」
と振り出しから始めたのだった。
「そうか? そんなに聞きてーってのならよ」
と言って、再び用意された椅子に腰を下ろすと、
「あいつぁー、やさいいネコだったよ。名前はヌコってだけ言ってたな」
と同じセルフで再び語り始めたのだった。
マツノ湯の脱衣場で、
「ちちち、ミャーちゃん。ころっと、そうころっとね。そーそー。かわいいなー。もう」
スマフォを構えた弁天ナナミがミャーのフォトジェニックな姿を動画に撮っていた。
「好きだな。お前」
番台の上から富岡ツルが頬杖を突きながらそれを見ている。
「富岡の姐さん。これはマツノ湯のためにやってるんですよ。好きですけど」
動画サイトにネコの動画をアップすると金が儲かると知った弁天ナナミは、富岡ツルに頼んで機材と編集用PCの金を出してもらい「マツノ湯のミャーチャンネル」を立ち上げた。
ガタイはでかいが細かいことが得意な弁天ナナミの作ったチャンネルは、瞬く間に登録者数を増やし、今では、銀の縦、金の縦を運営から送られるほどの巨大チャンネルに成長していた。
「まあ、おかげで軍資金にはことかかなくなったがな」
猫実サキには、いつだってピッカピカの新車に乗ってもらいたい。
まったく客の来ない銭湯に湯を張り続けねばならない。
一派の武器やガソリン代、単車の修理にも金がかかる。
経費担当の富岡ツルにとっては、資金の捻出が一番の頭痛の種だった。
それがである。
弁天ナナミに頼まれてしぶしぶ出した、やっすい撮影機材と編集用PCが、億になって帰ってきたのだ。
「ミャーさまさまだよ」
いまではおやつのチュールを欠かしたことはなかった。
もちろんマツノ湯一派によるネオカントー制覇は猫実サキの剛腕とカリスマがあったればこそだ。
しかし、この潤沢な資金が破竹の勢いを後押ししたと言っても過言ではなかった。
「なんで、みんな動画チャンネルしないのかね」
弁天ナナミが言った。
今となっては富岡ツルも同感だった。
しかし、弁天ナナミが言い出さなければ、言い出してもそれを実行する知識がなければとも思う。
他の銭湯族と同じように、未だに資金繰りに四苦八苦していたろう。
「この世は金よ!」
富岡ツルはそう納得せざるを得なかった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
八房フセと猫実サキの激突が実現するかと思えば、
なんとすれ違いとは……。
でも八房フセが星に願ったことは違う形で叶いました。
ネオカントーに史上最強のヒーラーが誕生です。
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル
「サキさん、このままだとあの柱に突っ込んじまうかもです」
体は大きいが心配性の弁天ナナミが言った。
マツノ湯一派の面々は、それがわかっているのでいちいちとりあわない。
富岡ツルが、銀行の金庫からマツノ湯の資産関係の書類を出しに行った時のことである。
富岡ツルは用事をさっさとすませて、近くのスーパーに小口ネギを買いに寄って帰りが遅くなったのだったが、それを心配した弁天ナナミが、
「富岡の姐さん、金庫に閉じ込められたんじゃないか? 誰か見て来てくれ」
閉店の時間が来て、富岡ツルが入っているのに気が付かず職員が金庫を閉じてしまったと思ったのだ。
それもメインの金庫に。
そういうとんでもない心配をする族なのだった。
なので、マツノ湯一派は意に介すことなく真っ直ぐその光の柱に突き進んでゆく。
かたや、
「厭離穢土 欣求浄土」の菰旗を押し立てた菜の花でデコった鋸南のマダム連の軽トラ数百台を引き連れて、
その先頭に一人単車にまたがる八房フセ。
頭上には神々の火柱が立って、まさに「天上天下唯我独尊」。
「おらおら、あたしがボーソーいちの犬派だ!」
それをすぐ後ろで聞いていたのは、ト山から降りて来た光射す八房フセを最初に拝んだ、菜の花農家のおばちゃんだった。
早速間違いに気が付いて、
「フセさん、そこは『最強!』でなかったかいね」
と指摘したものだから、
「おらおら、あたしがボーソーいちの最強だ!」
とへんな感じになってしまったのだった。
ちょっと間抜けな感じだが、言っても八房フセにはラダー、選ばれたものだけが持つ特殊技があった。
それは指の先からちょろちょろ出ている炎。
犬の星シリウスのような青く眩いそれは、まだ人を癒すことにしか使ったことはなかったが、きっと何か、すんごい力を秘めているに違いないのだった。
北から猫実サキ率いるマツノ湯一派。
南から八房フセが率いる軽トラ軍団。
まさにここウチボーバイパス道で大激突。
運命の時が迫っていた。
夜明けのウチボーバイパス道を走る猫実サキの視界に軽トラ軍団が入った。
当然、八房フセもそれに気が付いている。
段々とお互いの距離が縮まって行く。
500m
300m
100m
50m
10m
八房フセが叫ぶ。
「くおらー! サキー。てめーのそのくーーーーーーー」
と、すれ違って行ってしまった。
ドップラー効果、夜露死苦である。
鋸南のマダムたちは対向車線にはみ出したりしない。
道路交通法には従う人たちだった。
マツノ湯一派も少数精鋭。対向車線を走る謂れもなかった。
「あ? なんか聞えたか?」
猫実サキの単車はウチボーバイパスを何の障害もなく南下していくのだった。
こうして打倒猫実サキに立ち上がった八房フセは接触することもなく南バーチーに戻ることになったのだったが、それで気が済む八房フセではなかった。
虎視眈々。
再びト山に籠って瞑想し、その機が熟すのを待ったのである。
しかし、今度は人が放っておくはずがなかった。
八房フセは光の柱こそ背負わなくなったけれども、相変わらずシリウスの青い火はちろちろしていたのだ。
そのため、南バーチーはおろかネオカントー全域の人たちが山麓まで列をなして癒されに来るようになった。
最強のヒーラー八房フセ。
その名は、バーチーいや、ネオカントー一円に轟きわたっていたのだ。
こうして八房フセは、ヒーラーとしてネオカントーを手中に収めることになったのである。
で、八房フセのラダーだが、いまだにすんごい力が何かは分からないままだった。
鋸南のマダム連はその後どうなったか。
噂では、そのままバーチーを突っ切ってネオキャピタル特別区へ進撃し、ネオチュウピレンになったとかならないとか。
時は現代。
「おいネコ。テメーは何の話をしてやがる?」
気持ちよく話を終えたテイで、毛づくろいを始めたネコに向かって、オオカミが言った。
「ひゃひゅふゅさふゅせのりっひぃんふゅっせで(八房フセの立身出世で)」
伸びきった腕の先を舐めようと、首を伸ばし舌を思いっきり出しながらネコが返事をする。
「くるみは猫実ヌコのネコの時代の話を聞かせろって言ったろ」
と言われても、今の話の何が悪いのかまったく分かってないネコは、
「じゃあ、これでおらー帰らせてもらうということで」
と言って立ち上がり、よろよろと部屋から出て行こうとした。
クイーン・ヌーが戸口のヌーに目配せして、ネコを連れ戻させると、
「ネコさんよ。あたしらは猫実ヌコの話が聞きたくてあんたを呼んだんだよ」
「おー、その声はヌーの姐さん。お久しぶりです」
と言った。
「さっき、挨拶はすんだがね」
とクイーン・ヌーは飽きれ顔でオオカミを見ると、オオカミは、
「で、頼みだが、猫実ヌコのネコの時代の話をしてくれねーか?」
と振り出しから始めたのだった。
「そうか? そんなに聞きてーってのならよ」
と言って、再び用意された椅子に腰を下ろすと、
「あいつぁー、やさいいネコだったよ。名前はヌコってだけ言ってたな」
と同じセルフで再び語り始めたのだった。
マツノ湯の脱衣場で、
「ちちち、ミャーちゃん。ころっと、そうころっとね。そーそー。かわいいなー。もう」
スマフォを構えた弁天ナナミがミャーのフォトジェニックな姿を動画に撮っていた。
「好きだな。お前」
番台の上から富岡ツルが頬杖を突きながらそれを見ている。
「富岡の姐さん。これはマツノ湯のためにやってるんですよ。好きですけど」
動画サイトにネコの動画をアップすると金が儲かると知った弁天ナナミは、富岡ツルに頼んで機材と編集用PCの金を出してもらい「マツノ湯のミャーチャンネル」を立ち上げた。
ガタイはでかいが細かいことが得意な弁天ナナミの作ったチャンネルは、瞬く間に登録者数を増やし、今では、銀の縦、金の縦を運営から送られるほどの巨大チャンネルに成長していた。
「まあ、おかげで軍資金にはことかかなくなったがな」
猫実サキには、いつだってピッカピカの新車に乗ってもらいたい。
まったく客の来ない銭湯に湯を張り続けねばならない。
一派の武器やガソリン代、単車の修理にも金がかかる。
経費担当の富岡ツルにとっては、資金の捻出が一番の頭痛の種だった。
それがである。
弁天ナナミに頼まれてしぶしぶ出した、やっすい撮影機材と編集用PCが、億になって帰ってきたのだ。
「ミャーさまさまだよ」
いまではおやつのチュールを欠かしたことはなかった。
もちろんマツノ湯一派によるネオカントー制覇は猫実サキの剛腕とカリスマがあったればこそだ。
しかし、この潤沢な資金が破竹の勢いを後押ししたと言っても過言ではなかった。
「なんで、みんな動画チャンネルしないのかね」
弁天ナナミが言った。
今となっては富岡ツルも同感だった。
しかし、弁天ナナミが言い出さなければ、言い出してもそれを実行する知識がなければとも思う。
他の銭湯族と同じように、未だに資金繰りに四苦八苦していたろう。
「この世は金よ!」
富岡ツルはそう納得せざるを得なかった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
八房フセと猫実サキの激突が実現するかと思えば、
なんとすれ違いとは……。
でも八房フセが星に願ったことは違う形で叶いました。
ネオカントーに史上最強のヒーラーが誕生です。
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル