第13話 <3ガオー

文字数 3,411文字

 冬の晴れたお昼どき。

温かい日差しがカウンターの中ほどに座る海斗の足元まで差し込んで来ていた。

今日のネオ・ラーメンショップは、客は海斗一人なうえ、アイルもめずらしく留守にしいて、オヤジと二人きりだった。

クロ電話のベルが鳴った。

「はい、ネオ・ラーメンショップ・13高校前店です。あ、はい。はい、そうです。わかりました。すぐ伺います」

ラーメン屋のオヤジがクロ電話を切るとカウンター越しに海斗に声を掛ける。

「ごめん、きみこのあと授業あるの?」

海斗は中ラーメンをニンニクで山盛りにしようとしていた手を止めて

「あ、今日は午後ない日です」

と、答えた。

「ちょっと店番頼んでいいかな?」

ラーメン屋のオヤジが拝み手をする。

「いいですよ」

と、なんでも安請け合いしがちな海斗は言った。

「お客来たら待ってもらってね。すぐ戻るんで」

と言うなり、おやじは腰エプロンを外して裏手のドアから出て行ってしまった。

店に着くなりオヤジと二人だと気づいた海斗は、この間の話の続きをされるかと思ったが、オヤジは案に反して世間話ばかりしてきた。

「やっぱり、からかわれたのかな」

なんてことを考えている。

「中ラーメン。卵」

入口のカウンターに人が座った。

すぐに本棚から「ネオ・ヤング・スペルマール」を手に取って見始めている。

どうやら、店主がいないことに気付いてないらしい。

放ってもおけないので海斗は声を掛ける。

「あの、すみません」

気付かない。少し声を張って、

「すみません。お客さん。あの」

ようやくマンガ雑誌から顔をあげたその男が、

「あ?」

と返事をした。

「あの、店主留守ですけど」

「なら、お前作れよ」

わけの分からないことを言われた。

「お前、この店の跡取りだろ。作れよ」

どういうこと?

「オヤジがこの間嬉しそうに話してたんだよ。跡取りが出来たって。誰だって聞いたら、いつも来る高校生だって。お前のことだろ? アイルちゃんと結婚すんだって? いいよな。あんなかわいい子と」

と矢継ぎ早に言った。

勝手に話が広まっている。というかオヤジが広めていた。

「はよ。急ぐ。俺」

せっかちな人らしい。

海斗はしかたなく、学生服を脱いでYシャツの腕をまくり、カウンターに入る。

オヤジの腰エプロンを付けて厨房に向かう。

ラーメンの作り方は以前手伝った時に何回かやったので知っていた。

麺をゆで、たれをドンブリに引き、スープを入れて、ゆであがった麺を盛り、トッピングのニセシナチクとそこらで採ってきた海藻を乗せる。

「はい、お待ち」

「お、板についてるね」

「どうも」

うれしいのか? 俺。

その後、思い出したかのようにお客がきだした。

「ラーメンライス」

「中ラーメンライス大盛り」

「中ラーメン半ライス」

「ラーメンに卵と半ライス」

矢継ぎ早にされる注文に、海斗はもはや俺は店主じゃないとは言えなくって、ラーメンを作り続ける羽目になった。

なんとか何名かの注文を捌いたが、やはりスピードが追いつかなかった。

店は次第に客であふれだした。

その時、裏手のドアが開いた音がした。

海斗はオヤジが帰ってきたと思ってほっとしたが手を離せない。

すると、

「ただいま」

と後ろから声がかかった。アイルの声だった。

海斗が振り向くと、アイルが厨房の奥でそそくさと着替えを始めていた。

そこは客からはちょうど見えないけれど、カウンターの中からは見える場所で、アイルが背中を向けて下着姿になっているのが目に入った。

海斗は思わず調理の手を止めて凝視してしまった。

透き通るような肌は美しく、妖艶に輝いていた。

ラーメン屋の店主になったらあれが俺のもの。

海斗が高校生としては極めて不純な気持ちで見つめていると、

「兄さん、手元」

とカウンターの外から声が掛かった。

気付くとラーメンどんぶりが麺であふれかえっていた。

急ぎ、どんぶりを空けて麺をゆでなおす。

そうでなくてもキャパを超えていたのに、アクシデントでもう崩壊寸前になった。

すると、

「ゆたかくん、ごめん。おそくなったね」

とアイルに二の腕をさすられた。背筋にぞくぞくっと電気がはしった。

海斗はパニクッていたので、「ゆたかくん」のところは耳に入らなかった。

「いえ、なんとかやってました」

と海斗が答えると、

「やだ、なんで?」

と、アイルは口を手で押さえた。オヤジと間違えたのに気付いたのだ。

「「「「よ、御両人!」」」」

お客の数人から声が掛かる。次いで拍手だ。

アイルはびっくりして、真っ赤な顔で外に出て行ってしまった。

カワイイ。

海斗は市役所なんてもういいかなと思い始めていた。



その前日の夜、アイルが電話に出ると、

「キョウカイですが、明日いらしてください」

と言われた。

アイルにはキョウカイとやらに覚えがなかったので、

「どちらにおかけ?」

と聞き返した。

「坂倉アイル様で?」

「そうですが。どなた?」

「キョウカイのものです。明日よろしいでしょうか?」

と同じことを少し丁寧に繰り返された。

頑なにそれしか言わない態度に思い当たるキョウカイがあった。

「キョウカイってあの?」

「そのです」

「わかりました。明日10時に伺います」

キョウカイとは吸血鬼邂逅(かいこう)協会のことで、吸血鬼同士の交流の場を提供している全国規模の組織だ。

吸血鬼は普通に出会えば戦うことになってしまうので、そうでない出会いを求めて結構な数の利用者があると聞く。

言ってしまえば、吸血鬼版婚活サークル、もしくは出会い系サイトみたいなものだ。

アイルは一度もお世話になったことはないのだが、シンウラヤスにある事務所のことは知っていた。

「何かな。きもいな」

アイルはとりあえず出かけてみることにした。

 そして今日の朝。ゆたかに断りを入れず出かけた。

協会の事務所はシンウラヤス市役所の裏手の廃墟ビルの中にあった。

人間の力ではとても重くて動かなそうな錆ついた鉄の扉を押し開けると、中はこぎれいな事務所になっていた。

「坂倉です」

と受付の下級吸血鬼に言うと、一瞬不思議そうな顔をして、

「アイル様ですか?」

と聞いて来た。

「なにか?」

と問い返すと、

「いえ」

と言葉を濁す。

通された会議室でしばらく待っていると、スーツ姿の女が入ってきて事務的な感じで挨拶した。

アイルの正面の椅子に座ると、ブリーフケースから一枚の紙を取り出し、

「このようになっています」

と言って、アイルによこした。

そこには、10桁ほどの数字が書いてあるけれど、他に何の説明も書かれていない。

「これが?」

「そのようになっています」

「暗号か何か?」

「そのようになっています」

と、どうやら何を聞いても同じ答えしか返ってこなさそうなのでアイルはそれ以上詮索せずに帰ることにした。

受付の前を通るとき、さきほどの下級吸血鬼が、

「良い結果お待ちしております」

と言ったが、アイルにはなんのことかさっぱり分からなかった。

意味不明の数字が書かれた紙切れ一枚を持って、

「きしょいな」

そう思いながらラーメン屋に戻ったのだった。

 店の前まで来ると外にまで客が溢れていた。

ゆたか一人では手に負えないほどの客が来たらしかった。

裏の水場も洗い物が溜まっていた。

扉から中に入ると、壁際に立って注文を待つ客が見えた。

アイルはわけの分からない用事で留守にしたのが申し訳なくなった。

大急ぎで着替えて厨房のゆたかのもとへ行く。

一言掛けようとして、その腕を見てぞくっとした。

思わず、ゆたかの腕に手が伸びて撫でさすっていた。

「ゆたかくん、ごめん。おそくなったね」

過ぎ去ったものが蘇った気がして身震いする。

「いえ、なんとかやってました」

耳に入ってきたのは、ゆたかの声ではなかった。

アイルに向けた顔を見ると、海斗だった。

「やだ、なんで?」

ゆたかと海斗を間違えるなんて。

一瞬でも(うわ)ついてしまった自分の気持ちが恥ずかしかった。

客が何か囃し立て拍手していたが耳に入らなかった。

アイルは火照った顔を抑えながら、外に逃げ出した。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

オヤジがちょいと店をでているあいだに海斗はラーメンを作る羽目に。
そこに外出から帰ったアイルにゆたかと間違えられるしまつです。

海斗は本当に市役所の内定蹴ってラーメン屋に永久就職するのでしょうか?

今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。


真毒丸タケル
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