第3話 <2ガーオ

文字数 3,610文字

 結局、海斗は最初に昇って来た階段から降りることになった。

はち切れそうな膀胱をいたわりながら、狭い階段と通路を歩く。

園内で唯一水がでるという手洗い場はシンデルカモ城から結構遠かった。

海斗は男子だからそこらで済ませるけど、わざわざそこまで足を運んだのは、子供のころの思い出を汚したくなかったからだ。

くるみからはタコ壺を抱えた緑のクマの横だと言われて来た。

最初に目についたのはカトゥーン調にデフォルメされた2階建ての建物だった。

海斗はここにも来たことがある。ネズ男爵ホラーの館だ。

建物の周りは墓石が並べられてあって、ところどころにかぼちゃ頭や骸骨の置物が置いてあった。

今はもう11月下旬、ハロウィーンの時期はとうに過ぎている。

大災疫はちょうど世の中がハローウィンで浮かれていた10月末のこと。

その名残りがここにまだあるのだった。

 そこを回ってさらに行くと、苔がこびりついた高さ5mほどの壁が見えてきた。

なるほど壁のレリーフが、くるみが言ったように見えなくもない。

その横に草木が生い茂っていて中のほうが明かるくなっている。

近づくと草が踏みしだかれ、人が一人通れるほどの道が出来ていた。

その中がトイレのようだった。

中に入るとは意外に広かった。小便器が壁一面に並んでいた。

その列の真ん中あたりで用を足す。

海斗は上方の小窓を見上げながら、流れが切れるのを待った。

「あんた、自衛隊かい?」

隣の小便器に人が立って用をたしていた。

音も気配も前触れもなかった。海斗はさすがにやばいと思った。逃げなきゃと思った。

だが、海斗の小便はなかなかに切れが悪い。

「いえ違います」

「自衛隊じゃない。じゃあナニモンだ?」

「高校生です」

「高校生だって? そりゃあ驚いた」

反対側から声がした。そっちの小便器にも人が立っていた。

「高校生がこんな時間にうろついてたらだめだな」

さらにその向こうにも人が立っていて、

「ヒトデナシに喰われちまうぞ」

さらにその向こうにも人がいた。

反対側を見ると、最初の人の向こうにも人が並んで立っていた。

気付けば目に入る小便器全てに人がはまっている。

同じように肩をすぼめ小便器を覗き込んだ姿勢をしている。

そして全員がかぼちゃ頭やドクロのお面をかぶりハロウィーンの恰好をしていた。

海斗はヒトデナシの群れの中にいたのだった。

ヒトデナシ。災疫の後に現れた人外の存在で人を喰う。その恰好は見る人によって違う。

ゾンビのようだという人もいれば、ドワーフだったという人もいる。

背広を来た普通のサラリーマン風だという人が一番多い。

海斗のように、ハロウィーンの恰好をしてたという事例もないこともない。

ヒトデナシは人の想像力に擦り寄ってくる存在なのかもしれない。

女子高生吸血鬼の次はコスプレのヒトデナシたち。海斗受難の日は終わらない。

 海斗はとにかくこの場から逃げなければならない。

しかし、この状況で逃げおおせるのは無理ゲーだ。

くるみならなんとかしてくれるかもだけど、ここから大声をあげても聞こえないだろう。

くんくんか。くんかくんか。

隣のヒトデナシが鼻を鳴らす。

「おい、お前くるみを知ってるな」

くんくんか。くんかくんか。

「ほんとうだ。くるみのにおいがするぞ」

「あばずれめ。今度はこんな若い男を連れ込んで、いいことしようってか」

「あの売女。若い女から宗旨替えしたんだな」

海斗の小便はすでに終わっていたが、動いたらヒトデナシが襲ってくる気がして身動きが取れない。

頭をフル回転させたが、いいアイデアが思いうかばない。

「助けて!」

叫んでみた。海斗の声がトイレに無駄に反響した。

「あーーびっくりした。突然大声出したら、すきっ腹にひびくだろ」

最初のヒトデナシが言った。

海斗は咄嗟にしゃがんだ。

反対側のヒトデナシの首が飛んだ。

「いたいじゃないの」

首なしのヒトデナシが小便器に張り付いたまま言った。

最初のヒトデナシの顔から長いものがだらんと床に垂れている。

ヒトデナシは伸びる舌で人を狩る。

さらに隣のヒトデナシが首を回し倒れた海斗に向かって舌を伸ばす。

海斗はそれを避けたが、床のタイルが爆音とともに砕け散った。

それ以後、次々に海斗に向かって伸びてくる舌を間一髪でよけながら、海斗は出口に近づいて行く。

普通の高校生の海斗にそれが可能だったのは、ヒトデナシが誰一人小便器から体を離さず首だけを回して攻撃してきたからだった。

まるで縛りゲーでもしているみたいに。

海斗がなんとか出口にたどり着き外に飛び出すと、草むらの外で地に響くような歓声が上がった。

外は大勢のオーディエンスがトイレを取り巻いていた。

昔の賑わいが戻ったようなんてのんきなことを言ってる場合ではなかった。

オーディエンスの内訳は100ヒトデナシだったからだ。

海斗受難の日はまだまだ続く。

とにかくシンデルカモ城に戻って、くるみに助けをもとめなければ。

海斗はじわじわと寄せくるヒトデナシ前線に突破口を見出だそうと必死になった。

その時、海斗の目がヒトデナシの列に人が一人通れるほどの隙間を見出した。

海斗は思った。

3年間、だてにバドミントンをしてきたわけじゃない。

初速200km/hのシャトルを受ける瞬発力は他の競技の比ではない。

トイレを抜け出せたことも自信につながっていた。

抜けてやる!

海斗は全力でダッシュした。

ヒトデナシの動きは止まっているように見えた。

海斗は思った。

「俺は今、ゾーンに入ってる」

隙間を抜ける。やった。

ドン!

明日の光が海斗を照らした。

いや、壁にぶつかって目の前に火花が散っただけだった。

隙間に見えたのは、ただそこに壁があったからだった。

暗がりでよく見えなかった。

海斗は目の前が真っ暗になってその場にへたり込んでしまったのだった。



 シンデルカモ城のくるみはデコ木刀を前に考え事をしていた。

それは当然、星形(ほしがた)みいのことだった。

いつも、斬撃がバエるよう木刀をデコってくれた。

敵をぶったたいた時、スワロフスキが飛び散ってキラキラエフェクトが起きる。

星形みいがデコると、それが多すぎず少なすぎず、絶妙の輝きを放った。

また、二人でここからボウソウの山並みを眺めて長い時間を過ごした。

 ある日、ちょっとしたことでケンカした。

くるみも強情だが、それに輪を書いて強情なのが星形みいだった。

「じゃ、出てくから!」

と言って通用口から飛び出してもう三か月になる。

最初はすぐ帰って来ると思って放っておいたが、まったくその気配がなかったので、方々探して歩くようになった。

でも、見つからない。噂すら聞こえてこなかった。

海外に出たかと思って情報屋に聞いたが、出国した吸血鬼は何人かいてもそれは星形みいではなかった。

吸血鬼は病気や老衰では死なない。

人間が吸血鬼を倒すなどありえないから、吸血鬼がいなくなる理由は次の2つだけだ。

一つは吸血鬼に殺される。

如月ののかの例も含め、吸血鬼同士の戦いに敗れるというのがそれだ。

二つ目は召還だ。

この世界には大本の吸血鬼が複数人存在している。

くるみのママも大本の一人だ。

すべての吸血鬼はその大本から発生していて、さらに発生をくりかえして末端に至る。

その大本の吸血鬼が、なにかの理由で自分から発生した吸血鬼を捕食吸収することがあって、それを召還と言うのだった。

ただ、それは極々まれなことで、都市伝説なんじゃないかと言うものがいるくらいだ。

因みに、大本に近く発生した吸血鬼ほど強く、3代までを別して戦闘吸血鬼と言う。

その力量は抗いようがないヒエラルキーを作っていて、普通の吸血鬼が戦闘吸血鬼を負かすなどということはない。

星形みいも、いうて戦闘吸血鬼だった。

力はないが、限られた人外のみが持つ特殊技「ラダー」がある。しかもかなりえぐいラダーが。戦闘吸血鬼でも太刀打ちできるものは少ないだろう。

それに戦闘吸血鬼が殺されれば界隈の噂にならないはずがない。

で、召還だが、くるみは今のところ考えないようにしていた。

「どこ行ったんだか」

ため息しか出ない。

 当面は木刀をうまくデコってくれる人が欲しかった。

戦うときバエなくて困っていたからだ。

今日、手先が器用だという高校生を拾った。行く当てがないという。

デコらせてみてよかったら、しばらくここに住まわせてもいいかなと思っている。

 その時遠くの方から、

「助けて!」

と聞こえた。その高校生、ガオくんの声だった。

くるみはスワロフスキがほとんど零れ落ちたデコ木刀を掴むと、通用口をくぐって外に出た。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

トイレに行けばそこにはヒトデナシ。
ゲームをするかのようにガオくんを弄ぶ気配。

ガオくん再び大ピンチです。

今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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