第49話 <8ガッオ
文字数 2,684文字
八房フセは、自分の身中に太陽が入り込んだと思った。
力が漲り、百万の兵を敵にしても全て殲滅できる自信が漲っていた。
いまや自分は最強の人間。いや族。いや犬。
ままよ。
そんなことはどうでもいい。
「あたしは最強!」
それで十分。
ト山から降りて来た八房フセを最初に見た菜の花農家のおばちゃんは、
「あれ、なんか後光を背負った人が降りて来たよ」
と腰を抜かしその場で念仏を唱え始めた。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
そうである。
八房フセは全身から煌々と光を放っているように見えたのだ。
それは天上からの光の柱が八房フセをスポットライトのように常に照らしていたからだった。
八房フセは自分の前に跪くおばちゃんの肩に、八犬士ゆかりの木刀を当てて、
「衆生済度 。寂滅為楽 」
(わたしは衆生を救うためにやって来た。私に従い悟りをひらけば真の安楽がある)
もはや観音様気取りである。
その噂を聞きつけて、この世を厭う人々が八房フセの元に集まって来た。
その数十万億(仏教でとってもたくさんを意味する数)。
この人たちがネオ南バーチー族の中核の構成員となる。
その実態は、毎日飲んだくれ、飯がまずいと文句ばかり言い、家に金も入れない身勝手な旦那に嫌気が差したマダムたちだった。
しかし、彼女たちは単車に乗れなかった。
「免許持ってないからさ」
道路交通法には従う人たちだ。
そのため全員が菜の花畑の農作業で使う軽トラで八房フセの元に集結した。
菜の花で飾られた軽トラの荷台に乗ったマダム連が、竹槍を打ち振り、
「厭離穢土 、欣求浄土 」(こんな嫌な世の中ケツまくって、さっさとあの世に生まれ変わりたい)の筵 旗を押し立ててウチボーバイパス道をまかり通る。
圧巻だろう。
こうして、ネオ南バーチー族はまずは軽トラ軍団として再起したのだ。
「サキさん。あの光の柱動いちゃいないかい?」
早速隊列に戻って来た富岡ツルがご注進におよぶ。
たしかに、巨大な光の柱はウチボーバイパス道をこちらに近づいてきた。
「ほら月を見て走ってるとこっち追っかけてくるじゃない。あれよ」
と、弁天ナナミが言ったが、誰一人ピンとくる者はいなかった。
「刃向かう奴は殺るだけよ」
単車を足で運転しながら腕を組み、胸元を少し開けて中のミャーをあやしながら猫実サキが言った。
猫実サキにとって、相手は誰でもよかった。
とにかくこの数ヶ月、まったく戦えなかったことが猫実サキには耐えられなかったのだ。
戦うために生まれてきた。
母親の乳首に食いついて離れなかった時、それに怒った猫実文男のゲンコを小指一つで止めた。
「こいつは天下を取るに違いねー」
そう言わしめたのだった。
ずっと戦えることにうずうずしていたのだ。
八房フセなど眼中にない。
戦えるのなら誰でもよかった。
例えそれが天上の神々であってもだ。
ジャンクヤードのオオカミの居間でネコの話に聞き入っていたクイーン・ヌーが聞き返した。
「神々?」
オオカミの右腕で、先の第二湾岸計画道路の戦いでヌー一族を率い、張能サヤを撃退するという大戦功を立てたのだった。
「例え、だろ?」
まさかである。
いくらネオカントー最強であっても、神々と戦うなんて。
ネコは声がした方に顔を向け、
「その声はヌーの姐さん」
しわがれた声で言った。
そして、
「おれの言うことにちいとばかりも嘘はねーぜ」
不適な笑いを浮かべたのだった。
実は、光の柱は南バーチーだけではなかった。
他に5本の光の柱が現れていた。
その一つが、南バーチーに降ったのだ。
そして、それらを人々は「神々の火柱」と言った。
それは例えではなかった。
もはや八房フセは神々そのものだった。
なにせ光の柱を背負っている。
ラダー。それは戦闘吸血鬼など強者だけが持つ特殊技を言った。
実際、八房フセは知らず知らずのうちにラダーを身につけていたのだった。
それは神々の力を我が物にしたのと同じことなのだ。
「なんだこれは?」
指をかざすと指先に青い光が灯った。
熱くもない。
振っても消えないその光は、指を下ろすと消えた。
木切れを近づけたが火は付かなかった。
まずそれに目を付けたのはネオ南バーチー族のマダム連だった。
「フセさん。それを当てておくれよ。そう、そこそこ」
などと肩の凝りがほぐれると言っては、当てさせた。
「最近、膝が痛くてね。その青いのでちょろちょろっとあぶっちゃくれないかい?」
八房フセは言われるまま、あぶってやった。
「あー、膝が軽くなった。ありがとね。これであたしも農作業に戻れるよ」
その噂がまたもや広がり、体に故障がある人たちがネオ南バーチー族に加わった。
構成員は膨れ上がっていったが、もはや老若男女入り交じる救済集団と化していた。
「えっと。あたしは何のために立ち上がったのだっけ」
すでに最強を証明するためという初志は崩れ去ろうとしていた。
そんな時、
「あの、ちょっとフセさん」
八房フセの居所に、一番最初に彼女を拝んだ菜の花農家のおばちゃんが顔を覗かせたのだった。
「首ですか? 肩ですか? 膝ですか? 最近あたしも腰を治せるようになりました。どうですついでに腰痛治療なんて。足裏垢すりのサービス付きですよ」
「いやいや。治療で無くってね。マツノ湯一派ってのがこっちに近づいてるそうですよ」
そう言われてもはじめ八房フセは、
「猫実サキも、もうそろ年だ。きっといろいろ調子が悪いところが出てきたんだろう」
などと、ちろちろ燃える指先の炎の様子を確かめだした。
「いえ、そうでなくってですね。攻めてきたようですよ」
「攻めてきたって!」
ようやく初志を思い出した八房フセは立ち上がり。
「全員出動準備だ。猫派を潰すぞ!」
と号令したのだった。
久しぶりの戦いだった。
八房フセは戦いの前に必ず登るノコギリ山の頂上を目指した。
そこからネオワンガンの海が一望できる。
夜空には冬の銀河が広がっていた。
そこに青い星がひときわ目映く瞬いている。
「今度こそ、このネオワンガンに覇を唱えてみせる」
その青い星、シリウスに誓う八房フセだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
八房フセが菜の花農家のおばちゃん連を集めて再決起しました。
でも、なんだか宗教団体みたいな感じもあります。
空には犬の星シリウスが輝いてます。
八房フセは猫実サキを返り討ちにすることができるのでしょうか?
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル
力が漲り、百万の兵を敵にしても全て殲滅できる自信が漲っていた。
いまや自分は最強の人間。いや族。いや犬。
ままよ。
そんなことはどうでもいい。
「あたしは最強!」
それで十分。
ト山から降りて来た八房フセを最初に見た菜の花農家のおばちゃんは、
「あれ、なんか後光を背負った人が降りて来たよ」
と腰を抜かしその場で念仏を唱え始めた。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
そうである。
八房フセは全身から煌々と光を放っているように見えたのだ。
それは天上からの光の柱が八房フセをスポットライトのように常に照らしていたからだった。
八房フセは自分の前に跪くおばちゃんの肩に、八犬士ゆかりの木刀を当てて、
「
(わたしは衆生を救うためにやって来た。私に従い悟りをひらけば真の安楽がある)
もはや観音様気取りである。
その噂を聞きつけて、この世を厭う人々が八房フセの元に集まって来た。
その数十万億(仏教でとってもたくさんを意味する数)。
この人たちがネオ南バーチー族の中核の構成員となる。
その実態は、毎日飲んだくれ、飯がまずいと文句ばかり言い、家に金も入れない身勝手な旦那に嫌気が差したマダムたちだった。
しかし、彼女たちは単車に乗れなかった。
「免許持ってないからさ」
道路交通法には従う人たちだ。
そのため全員が菜の花畑の農作業で使う軽トラで八房フセの元に集結した。
菜の花で飾られた軽トラの荷台に乗ったマダム連が、竹槍を打ち振り、
「
圧巻だろう。
こうして、ネオ南バーチー族はまずは軽トラ軍団として再起したのだ。
「サキさん。あの光の柱動いちゃいないかい?」
早速隊列に戻って来た富岡ツルがご注進におよぶ。
たしかに、巨大な光の柱はウチボーバイパス道をこちらに近づいてきた。
「ほら月を見て走ってるとこっち追っかけてくるじゃない。あれよ」
と、弁天ナナミが言ったが、誰一人ピンとくる者はいなかった。
「刃向かう奴は殺るだけよ」
単車を足で運転しながら腕を組み、胸元を少し開けて中のミャーをあやしながら猫実サキが言った。
猫実サキにとって、相手は誰でもよかった。
とにかくこの数ヶ月、まったく戦えなかったことが猫実サキには耐えられなかったのだ。
戦うために生まれてきた。
母親の乳首に食いついて離れなかった時、それに怒った猫実文男のゲンコを小指一つで止めた。
「こいつは天下を取るに違いねー」
そう言わしめたのだった。
ずっと戦えることにうずうずしていたのだ。
八房フセなど眼中にない。
戦えるのなら誰でもよかった。
例えそれが天上の神々であってもだ。
ジャンクヤードのオオカミの居間でネコの話に聞き入っていたクイーン・ヌーが聞き返した。
「神々?」
オオカミの右腕で、先の第二湾岸計画道路の戦いでヌー一族を率い、張能サヤを撃退するという大戦功を立てたのだった。
「例え、だろ?」
まさかである。
いくらネオカントー最強であっても、神々と戦うなんて。
ネコは声がした方に顔を向け、
「その声はヌーの姐さん」
しわがれた声で言った。
そして、
「おれの言うことにちいとばかりも嘘はねーぜ」
不適な笑いを浮かべたのだった。
実は、光の柱は南バーチーだけではなかった。
他に5本の光の柱が現れていた。
その一つが、南バーチーに降ったのだ。
そして、それらを人々は「神々の火柱」と言った。
それは例えではなかった。
もはや八房フセは神々そのものだった。
なにせ光の柱を背負っている。
ラダー。それは戦闘吸血鬼など強者だけが持つ特殊技を言った。
実際、八房フセは知らず知らずのうちにラダーを身につけていたのだった。
それは神々の力を我が物にしたのと同じことなのだ。
「なんだこれは?」
指をかざすと指先に青い光が灯った。
熱くもない。
振っても消えないその光は、指を下ろすと消えた。
木切れを近づけたが火は付かなかった。
まずそれに目を付けたのはネオ南バーチー族のマダム連だった。
「フセさん。それを当てておくれよ。そう、そこそこ」
などと肩の凝りがほぐれると言っては、当てさせた。
「最近、膝が痛くてね。その青いのでちょろちょろっとあぶっちゃくれないかい?」
八房フセは言われるまま、あぶってやった。
「あー、膝が軽くなった。ありがとね。これであたしも農作業に戻れるよ」
その噂がまたもや広がり、体に故障がある人たちがネオ南バーチー族に加わった。
構成員は膨れ上がっていったが、もはや老若男女入り交じる救済集団と化していた。
「えっと。あたしは何のために立ち上がったのだっけ」
すでに最強を証明するためという初志は崩れ去ろうとしていた。
そんな時、
「あの、ちょっとフセさん」
八房フセの居所に、一番最初に彼女を拝んだ菜の花農家のおばちゃんが顔を覗かせたのだった。
「首ですか? 肩ですか? 膝ですか? 最近あたしも腰を治せるようになりました。どうですついでに腰痛治療なんて。足裏垢すりのサービス付きですよ」
「いやいや。治療で無くってね。マツノ湯一派ってのがこっちに近づいてるそうですよ」
そう言われてもはじめ八房フセは、
「猫実サキも、もうそろ年だ。きっといろいろ調子が悪いところが出てきたんだろう」
などと、ちろちろ燃える指先の炎の様子を確かめだした。
「いえ、そうでなくってですね。攻めてきたようですよ」
「攻めてきたって!」
ようやく初志を思い出した八房フセは立ち上がり。
「全員出動準備だ。猫派を潰すぞ!」
と号令したのだった。
久しぶりの戦いだった。
八房フセは戦いの前に必ず登るノコギリ山の頂上を目指した。
そこからネオワンガンの海が一望できる。
夜空には冬の銀河が広がっていた。
そこに青い星がひときわ目映く瞬いている。
「今度こそ、このネオワンガンに覇を唱えてみせる」
その青い星、シリウスに誓う八房フセだった。
---------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
八房フセが菜の花農家のおばちゃん連を集めて再決起しました。
でも、なんだか宗教団体みたいな感じもあります。
空には犬の星シリウスが輝いてます。
八房フセは猫実サキを返り討ちにすることができるのでしょうか?
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル