第2話 <1ガーオ

文字数 4,043文字

京藤くるみはネオワンガン外れの根城に歩いて帰る。

そう、歩くのだ。吸血鬼がいつも飛んでいるかといえばそういうことはない。

くるみは飛べるのかもしれないが、基本は歩く。

「で、ガオくんはいつまでついてくるつもりだ?」

と、後ろからのこのこついてくる男子高校生に向かって言った。

「ガオ、そういうわけでなく、うちがこっちなものですから」

と、見え透いたことを言う。

何故ならこの先には大テーマパーク跡地しかないからだ。

あそこに住んでるのは、今は京藤くるみと皮肉にもネズミだけだ。

大テーマパーク跡地とは、別名、旧ネズ男爵リゾート、ネズ男爵ランドとネズ男爵シーがあった広大な領域を指す。

先の大災疫で湾岸地域が壊滅した時に、この世界有数の大テーマパークも終焉を迎えた。

その後、湾岸地域がネオワンガンとして再生して行く中で、その規模の大きさが災いして、誰も再興の手を指し伸ばす者がなかった。

あんなに旧湾岸地域を賑わせたネズ男爵リゾートも、今ではネオワンガンの負の遺産と化していた。

そこにくるみは一人住んでいる。というか居座っている。

「なら、お前の家は何アトラクションだ?」

くるみはその嘘を楽しむことにした。

「アトラクション? マンションでなく?」

「そうだ。この先は旧ネズ男爵リゾートだから、アトラクションしかない」

男子高校生は、しまったというように口をつぐんが、意を決したように言った。

「実は帰る家がないんです。お願いです、今夜だけでも泊めてください」

「は? 知るか。そこらで野宿してろ」

というなり、くるみは踵を返して歩き出した。

その場で立ち尽くす男子高校生。泣いてる?

しばらく歩いてからくるみが何か思いついたように振り返った。

「ガオくん、お前手先器用?」

「え?はい。趣味はガンプラです」

「ふーん。じゃあ、ついておいで。ちな、お前高校生じゃないの?」

「一応高校生です」

「親とかどうした?」

「えっと、今言わないとだめですか?」

「別にいいよ。どうせ食べちゃったとかなんだろ」

「まさか」

「じゃあ、牛乳パック飲んでる上から金属製の指でぶっ刺して殺したとか?」

「それなんかの映画のシーンですよね」

「ターミネーター2な。エドワード・ファーロングが身の危険を察知して用心するよう家に電話した時、電話に出た養母(ママ)に化けたT-1000型ターミネータにのんきな養父(パパ)が殺されるシーン」

「それ細かすぎて伝わらないです」

などと話しながら着いた先は、旧ネズ男爵ランドのシンボル、シンデルカモ城の下だった。

冬の天の川を背に聳える洋風の城はまさにメルヒェンで、ここが大盛況だったころを髣髴とさせる。

「ここに住んでるんですか?」

「そだよ。他所から襲撃された時一番守りやすいからね」

まさしく根城だった。

「いいえ、そういうことでなくって、純粋に驚いただけです」

「空き家だったから住んでるんだが。驚くことか?」



城内は通路や階段が狭かった。

ガオくんは、まだこうなる前にこのシンデルカモ城のアトラクションを体験した思い出がある。

それは城内の秘密の部屋にあるネズ男爵の剣を探し出すという巡回式アトラクションだった。

その時はひたすら暗くて狭い通路を歩かされたことを思い出す。

高校生になってそのころより体格がよくなったせいで、いっそう狭苦しいと感じるガオくんだった。

その狭苦しい階段を昇り切ると、大きな模造木製扉の前に出た。

ガオくんはその扉の向こうの部屋をはっきりと覚えていた。

「ここネズ男爵の秘密の部屋ですよね」

アトラクションでは、この扉の前で同行の十数人の中から一人だけ勇者が選ばれ、秘密の部屋の中に入って剣を受け取り勇者の証をもらえることになっていた。

勇者には必ず子供が選ばれるから、一人しか子供がいない今回は絶対自分が勇者になって剣を手にできると母さんがずっと言っていたのに、

いざ部屋の中に入ったら数人の仲間で来ていた若いお兄さんがキャストさんから剣を奪い取ってしまい、結局そのお兄さんが勇者の証を手にしたのだった。

ガオくんは何年ぶりかの雪辱を果たしに来たような気持ちになる。

「全然秘密じゃねーし。いいから入んな」

くるみが巨大な木製扉を押し開くと目の前が急に明るくなった。

真正面の壁一面が窓ガラスになっていて、そこから月影落ちる湾岸の海が見渡せていた。

たしか以前はそこは壁で、ネズ男爵の大きな肖像画が飾ってあったはず。

ぶち抜いちゃったらしい。

そしてそのはるか向こうには、ボーソーの山並みが連なっている。

なんの変哲もない山並みがまがまがしく映るのは、先の大災疫があの山の向こうからやって来たせいだろう。

部屋の中は、深紅の絨毯こそ当時のままネズ男爵の家紋入りだったが、ガオくんが以前来た時と違ってとても広々と感じられた。

それに白いカバーが掛かった巨大なベッドとソファーが設えてあって、ワンルームながら居心地がよさそうだった。

「なんか、よさげですね」

「だろ。DIYでここまでしたんだ。ただシャワーが別棟なのがな」

「あー、それはしかたないかもですね」

「そこに座ってろ」

くるみは部屋の隅の通用口のような扉を開けて中に消えた。

すぐに顔をだすと、

「これに着替えな」

と迷彩服を放り投げて再び中に消えた。

そう言えば、着ていた服は血まみれだった。

「すみません」

着替えさせてもらう。

ガオくん。名前は佐々木海斗という。来春卒業すればネオワンガン特区シンウラヤス市役所に就職する第13ネオワンガン高校3年生。

今夜帰る家がない理由は不明。

着替えながら吸血鬼と過ごした日々を思い返す。

如月(きさらぎ)ののかは今年の春に転校して来た。海斗とはバドミントンの部活で知り合った。

すごくかわいくて明るくて、それでちょっとエッチだった。

どこがと言われても困るけど、体形? 仕草? それとも体臭?。とにかく側にいるとエッチな気持ちになった。

そのせいか、すぐ学校中の人気者になった。

海斗は(はな)から自分は埒外と思っていので告らなかったが、学校中の男女が我先に告って全部ふられた。

「好きな人がいるの」

が、断りの理由だった。

「多分、前の学校の奴だ。彼氏持ちか」

皆が結論付けようとしたころ、海斗はののかから告られた。

「俺でいいの?」

咄嗟にそう言ってしまった。

するとののかは目に涙を溜めて、

「そんなふうに言わないで。大好きなんだよ」

と言って抱き着いて来た。いきなりだ。海斗の体の中で何かがはち切れた。

それ以来、海斗はののかの言いなりになった。

ののかは草食系男子が好みだと言った。

「あたし、食欲旺盛な人嫌い」

それまでの1日6食を4食に減らし、腹八分までしか食べないことにした。

「あたしエッチなサイトとか見る人嫌い」

ブクマとついでに履歴を全消去した。

海斗は必死になってののかの気に入る男になるように頑張った。

但し、ののかが毎夜のデートで本当はしたいんじゃないのってくらい体を摺り寄せてくるせいで、オナ禁だけは3日以上続かなかったが。

結局ののかに振り回され、草食系男子好きな子が、欲望の塊のような海斗に告ってきた不自然さに気付くことはなかった。

そして今日。

毎夜のデートを繰り返したあのベンチで。

ののかが海斗の首に腕を回し、潤んだ瞳で

「いいよ。抱いて」

と言ったところから記憶がなかった。

気付いたら目の前にくるみの顔があった。

「これだけど」

海斗は回想から現実に引き戻された。通用口の扉が開いてくるみが戻ってきていたのだ。

くるみの右手に黒い丸いお盆が乗っていた。

差し出されたお盆の上は柿ピーとお茶ではなく、キラキラ光る宝石が小山になっていた。

「これ、くれるんですか?」

「なわけ。ガオくん手先が器用って言ったろ?」

「はい」

「これをデコってくれ」

くるみは素早く背中に手をやってそこから木刀を取り出した。

目の前に差し出された木刀は刀身が魚鱗のようにスワロフスキでデコってあったが、いたるところ剥がれ落ちていた。

さらに海斗は刀身に生生しくも血痕がこびりついているのに気がづいた。

「この血は?」

「ガオくんを襲った奴のだ。安心しろ抹消したから」

ののかの血だった。自分を殺そうとした吸血鬼のだ。それは分かっている。

でも海斗はこの数か月の間一緒に青春したののかのことを割り切ることができないでいた。

あのベンチでしたのはエッチな妄想ばかりじゃなかった。

ののかの看護士になりたいという夢は嘘かもしれなかったが、自分がした夢の話は本当だった。

自分の夢を一心に聞いてくれるののかに人生最大の愛おしさを感じた。

それも偽りのない感情だった。

知らず涙が出た。

それを見たくるみが、

「ごめん。デリカシーがなかった」

といってまた通用口に消えた。

くるみは誑し込み系吸血鬼の犠牲者を何度も見て来た。だからその動揺もよく分かった。

しばらくして戻って来たくるみの手の木刀は綺麗に血痕が洗い流されていた。

「すみません。なんか」

「いいよ。混乱するよな」

海斗は粗野そうに見えたくるみが意外に心こまやかな人だと知って親しみを感じた。

「それで、これをデコればいいんですか?」

「頼めるか?」

「いいですよ。簡単です」

と言ってはじめしょうとしたが、その前にトイレ。

「あのトイレはどっちからいけば」

「その通用口な」

と言われて通用口をくぐるとそこは、びょうびょうと11月の冷たい風が吹きすさぶ柵のないテラスだった。

海斗は通用口から中に向かって、

「これどうやって行けば」

「飛び降りる」

20メートルはあった。

いや、あんたはそれでいいかもだけど。

海斗はやっぱり吸血鬼とは一緒になれないと思ったのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

やって来たのは子供のころの思い出のつまるシンデルカモ城。
そしてそこでガオくんはののかとの青春の日々を思い起こします。

今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル

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