第58話 <17ガッオ
文字数 2,609文字
宿狼のくせにやたら素質があったから、喰ってしまわず係累にしたやったのに、あのネコはあたしを裏切りやがったと松月院えのき思った。
「なんだってよりによってマツノ湯一派の傘下に入ったんだ?」
「何ででしょう?」
「もともと猫実サキの飼い猫だったから」
「なるほどです」
アカツカ湯の湯舟で松月院えのきと会話しているのは取り巻きの吸血鬼の一人だ。
名前は考えていない。モブだからだ。
このモブは松月院えのきに餌の人外を供給するのが役目だ。
街中で自分より弱そうな人外に声を掛けて銭湯に誘い、えのきに喰って貰う。
そんなモブだが、いつもは脱衣場で控えているのが掟だった。
洗い場に足を踏み入れるだけで怒鳴られるのだ。
ところが今日はそれさえ飛び越えて松月院えのきから直々に湯舟に入ってよいと言われたのだった。
なんか、僕出世したかも。
と思って気分がいいのも仕方の無いことだった。
「だから猫実ヌコとかって名乗ってやがったのか」
「そのようです」
「あたしの子なら松月院なんとかだろ、フツーはよ」
「その通りです」
モブなので同じような答えしか返ってこない。
どんな特撮ものでも、モブの返事が「イーッ!」とか奇声なのはこのためだ。
「それで」「あいよ」「それからどした」等、合いの手以上の意味がないからだ。
今、松月院えのきはツタの生える壁となったままモブと会話している。
つまりラダーを発動しているわけだ。
その名はまんま、銭湯の壁。
実はえのき、つややかな葉が生い茂るその奥で、眼は血走り口は真っ赤に裂けて、いまにも躍りかからんという形相をしていた。
しかし相手は気がつかない。
湯舟の水が一瞬はねた。
そこにいたモブは消えた。
「しばらく食べてなかったから吸血鬼の味を忘れてたが、やっぱりうまくない」
モブ吸血鬼をひとのみにして松月院えのきは言った。
「いわんこっちゃない!」
別のモブ吸血鬼が恐れ戦きながら返事をする。
「戦闘吸血鬼ならどうか?」
「うまいかもね!」
それを言ったモブをぎろりと睨み、睨まれたモブが冷や汗を掻いて震えているのを認めて、
「言うて強いのもいる。戦って勝てるか?」
「大本だけどね」
また別のモブが言う。
「ああ、あたしは6人いる大本の吸血鬼の一人。最強と認められた女だ」
天から降り注いだ神の火柱は、
「最強か?」
と松月院えのきに問いかけてきた。
その頃、マツノ湯一派の猫実サキにギッチギチにやられたばかりだったので、ちょっと自信なかったけど、
「最強だ!」
と虚勢を張って言って見た。
すると、光の球が天から松月院えのきに落ちてきて、今まで感じたことも無かったようなパワーを授かった。
それからは無敵街道まっしぐら。
向かうところ敵なしでやってきた。
特にこのラダーとかいう特殊技は使い勝手がよくて、重宝している。
「待てよ」
松月院えのきは思いついた。
「大本の吸血鬼には特典がついてたな」
「何でしょう?」
そろそろモブの受け答えがウザくなってきた。
なんだかモブのために思考を巡らしてるような気がしてきたからだ。
「召喚だ」
召喚。それは自らが派生させた戦闘吸血鬼を大本が再度喰らうことだ。
並の戦闘吸血鬼が自分から派生した吸血鬼を喰らったとしたら、自家中毒を起こして下痢をする。
悪くすると死に至ることもあるという。
だが、大本の吸血鬼だけは違うらしい。知らんけど。
「召喚してみるか?」
「誰をー?」
松月院えのきは調子に乗りすぎたモブの一人を喰らってから、
「猫実ヌコに決まってんだろ!」
と叫ぶと、銭湯の壁を抜け出て新たなラダーを発動したのだった。
松月院えのきは、ネオキャピタルの下町にある、おばあさんの部屋の壁に同化していた。
「とはいうものの、召喚ってどうやる?」
「うるさいね、さっきから。」
おばあさんがせんべいを頬張りながら、壁に向かって文句を言った。
どうやら隣の住人がうるさくしていると思っているらしい。
「犯人の声がちっさいんだから、聞こえやしないよ」
「すみません」
松月院えのきはとりあえず謝っておく。
召喚の仕方について。
神の火柱から大本吸血鬼の取説なんて貰ってなかった。
ただ、他の大本の誰かがやったという噂を聞いて、
「へー」
と思って記憶していただけだった。
「まあ、いい。行けばなんとかなるだろう」
松月院えのきは、おばあさんの部屋の壁から次の壁へとジャンプした。
「失敗した。もうちょっとで犯人わかるところだったのに、飛んじまった」
今度の壁は暗い個室だった。
そのむっとする部屋でおじさんがモニターに張り付き美少女ゲームに興じていた。
いい年こいて美少女ゲームかよとかは思わない。
松月院えのきはゲーマーには理解があった。
「ニーニーも生きていたら、こんなだったろうな」
大災疫の後、銭湯族が戦いを繰りひろげていた時代、松月院えのきは兄を亡くしていた。
そもそもゲームしている人というのは、無邪気そのものだ。
損得一切なしでそのことに夢中になっている。
「この子とデート出来たらレベルアップ」で一喜一憂する人が、人のことを差別したり、しんどい人のことを死ねばいいとか言わないだろう。
害はないのだ。
では何でゲーマーはあしざまに言われてしまうか?
それはゲーマーが無防備だからだ。
まるで自分は誰からも攻撃されないと思っているように、隙だらけだからだ。
「ニーニーも戦闘中にゲームしてて背後から刺された」
きっとその背中はおバカに見えたろう。
やるべき事を何もやってない怠けた人に見えたろう。
大の大人が子供のように頼りなさすぎて見えたろう。
でも、許してあげて欲しい。
ゲームに夢中になっているその時だけが、その人の心が安まる至福の時間なのだから。
松月院えのきは涙を拭い、次の壁へとジャンプした。
このラダーの名を、壁渡りという。
時に魂を揺さぶる、危険な技だった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
松月院えのきに託けてゲーマーのことを書いてしまいました。
ゲーマーに対する感情は愛憎相半ばするものです。
その原因の一つに、ゲームをしているときの「無邪気な背中」があるように思えてなりません。
それを見て、愛おしいと思うか、イライラするか。
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル
「なんだってよりによってマツノ湯一派の傘下に入ったんだ?」
「何ででしょう?」
「もともと猫実サキの飼い猫だったから」
「なるほどです」
アカツカ湯の湯舟で松月院えのきと会話しているのは取り巻きの吸血鬼の一人だ。
名前は考えていない。モブだからだ。
このモブは松月院えのきに餌の人外を供給するのが役目だ。
街中で自分より弱そうな人外に声を掛けて銭湯に誘い、えのきに喰って貰う。
そんなモブだが、いつもは脱衣場で控えているのが掟だった。
洗い場に足を踏み入れるだけで怒鳴られるのだ。
ところが今日はそれさえ飛び越えて松月院えのきから直々に湯舟に入ってよいと言われたのだった。
なんか、僕出世したかも。
と思って気分がいいのも仕方の無いことだった。
「だから猫実ヌコとかって名乗ってやがったのか」
「そのようです」
「あたしの子なら松月院なんとかだろ、フツーはよ」
「その通りです」
モブなので同じような答えしか返ってこない。
どんな特撮ものでも、モブの返事が「イーッ!」とか奇声なのはこのためだ。
「それで」「あいよ」「それからどした」等、合いの手以上の意味がないからだ。
今、松月院えのきはツタの生える壁となったままモブと会話している。
つまりラダーを発動しているわけだ。
その名はまんま、銭湯の壁。
実はえのき、つややかな葉が生い茂るその奥で、眼は血走り口は真っ赤に裂けて、いまにも躍りかからんという形相をしていた。
しかし相手は気がつかない。
湯舟の水が一瞬はねた。
そこにいたモブは消えた。
「しばらく食べてなかったから吸血鬼の味を忘れてたが、やっぱりうまくない」
モブ吸血鬼をひとのみにして松月院えのきは言った。
「いわんこっちゃない!」
別のモブ吸血鬼が恐れ戦きながら返事をする。
「戦闘吸血鬼ならどうか?」
「うまいかもね!」
それを言ったモブをぎろりと睨み、睨まれたモブが冷や汗を掻いて震えているのを認めて、
「言うて強いのもいる。戦って勝てるか?」
「大本だけどね」
また別のモブが言う。
「ああ、あたしは6人いる大本の吸血鬼の一人。最強と認められた女だ」
天から降り注いだ神の火柱は、
「最強か?」
と松月院えのきに問いかけてきた。
その頃、マツノ湯一派の猫実サキにギッチギチにやられたばかりだったので、ちょっと自信なかったけど、
「最強だ!」
と虚勢を張って言って見た。
すると、光の球が天から松月院えのきに落ちてきて、今まで感じたことも無かったようなパワーを授かった。
それからは無敵街道まっしぐら。
向かうところ敵なしでやってきた。
特にこのラダーとかいう特殊技は使い勝手がよくて、重宝している。
「待てよ」
松月院えのきは思いついた。
「大本の吸血鬼には特典がついてたな」
「何でしょう?」
そろそろモブの受け答えがウザくなってきた。
なんだかモブのために思考を巡らしてるような気がしてきたからだ。
「召喚だ」
召喚。それは自らが派生させた戦闘吸血鬼を大本が再度喰らうことだ。
並の戦闘吸血鬼が自分から派生した吸血鬼を喰らったとしたら、自家中毒を起こして下痢をする。
悪くすると死に至ることもあるという。
だが、大本の吸血鬼だけは違うらしい。知らんけど。
「召喚してみるか?」
「誰をー?」
松月院えのきは調子に乗りすぎたモブの一人を喰らってから、
「猫実ヌコに決まってんだろ!」
と叫ぶと、銭湯の壁を抜け出て新たなラダーを発動したのだった。
松月院えのきは、ネオキャピタルの下町にある、おばあさんの部屋の壁に同化していた。
「とはいうものの、召喚ってどうやる?」
「うるさいね、さっきから。」
おばあさんがせんべいを頬張りながら、壁に向かって文句を言った。
どうやら隣の住人がうるさくしていると思っているらしい。
「犯人の声がちっさいんだから、聞こえやしないよ」
「すみません」
松月院えのきはとりあえず謝っておく。
召喚の仕方について。
神の火柱から大本吸血鬼の取説なんて貰ってなかった。
ただ、他の大本の誰かがやったという噂を聞いて、
「へー」
と思って記憶していただけだった。
「まあ、いい。行けばなんとかなるだろう」
松月院えのきは、おばあさんの部屋の壁から次の壁へとジャンプした。
「失敗した。もうちょっとで犯人わかるところだったのに、飛んじまった」
今度の壁は暗い個室だった。
そのむっとする部屋でおじさんがモニターに張り付き美少女ゲームに興じていた。
いい年こいて美少女ゲームかよとかは思わない。
松月院えのきはゲーマーには理解があった。
「ニーニーも生きていたら、こんなだったろうな」
大災疫の後、銭湯族が戦いを繰りひろげていた時代、松月院えのきは兄を亡くしていた。
そもそもゲームしている人というのは、無邪気そのものだ。
損得一切なしでそのことに夢中になっている。
「この子とデート出来たらレベルアップ」で一喜一憂する人が、人のことを差別したり、しんどい人のことを死ねばいいとか言わないだろう。
害はないのだ。
では何でゲーマーはあしざまに言われてしまうか?
それはゲーマーが無防備だからだ。
まるで自分は誰からも攻撃されないと思っているように、隙だらけだからだ。
「ニーニーも戦闘中にゲームしてて背後から刺された」
きっとその背中はおバカに見えたろう。
やるべき事を何もやってない怠けた人に見えたろう。
大の大人が子供のように頼りなさすぎて見えたろう。
でも、許してあげて欲しい。
ゲームに夢中になっているその時だけが、その人の心が安まる至福の時間なのだから。
松月院えのきは涙を拭い、次の壁へとジャンプした。
このラダーの名を、壁渡りという。
時に魂を揺さぶる、危険な技だった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
松月院えのきに託けてゲーマーのことを書いてしまいました。
ゲーマーに対する感情は愛憎相半ばするものです。
その原因の一つに、ゲームをしているときの「無邪気な背中」があるように思えてなりません。
それを見て、愛おしいと思うか、イライラするか。
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル