第68話 <7ガオン

文字数 3,340文字

満月が天頂で輝く晩。ヌマオはいつもの竹やぶを彷徨っていた。

こんな遅くでは追い払うスズメもいない。

それなのに竹藪をうろつくのは珍しいことだった。

理由があった。

ヌマオは最近変な声を聞いていたのだ。

それは、ふと気を抜いた時や、夜寝床についた時に聞こえてきた。

その声はこう言っていた。

「……最強か?」

眩ゆい光を伴うときもあったが、大抵は声だけが聞えてきた。

その声が、今夜も寝ようとしていたヌマオの耳にささやきかけてきた。

「最強かどうかなんて、誰が決めんの?」

ヌマオにはどうでもいいことだった。

とにかくヌマオは竹藪を荒らしまわるスズメさえいなければいいのだ。

「うるさくて寝られない」

と布団をどけると、起き出してそのまま竹藪まで歩いて来た。

途中、何かに蹴躓いてこけた。

見ると、竹と竹の間に目立たぬようにビニールロープが張られていた。

こんなイタズラして人が怪我したらどうするの?

と思いつつ、犯人が小学男子であることを察知した。

匂いだ。小学男子特有の匂い。

オシッコのような、うんこのような、鼻水のような、ゲロのような。

生命そのもののような小学男子独特の匂い。

ヌマオは力が漲るのを覚えて月に向かって咆哮した。

「わおー」

いつのまにか狼男みたいになっているのは置いておいて、ヌマオは俄然張り切り出した。

「いる。この竹藪にスズメたちが沢山」

ヌマオの足がいつもより早くなっている。

一刻もはやくスズメを捕まえないと、イタズラされて竹藪がダメになる。

あの味を思い出した。

小学男子の味だ。自然とよだれが込み上げてきた。

再び、竹藪に咆哮が響く。

「わおーーーー!」



 ジュンギが控える場所は竹藪がいきなり崖になって落ちくぼんでいる場所だった。

そこは年中日が当たらず湿度が多くシイタケ栽培に適しているため、沢山の原木が二十、三十と幾重にも立てかけてあった。

それをまるで長篠合戦の馬防柵のようにして数人の小学男子が身を潜めている。

そして、その崖の縁にアオチとニシマキがヌマオが現れるのを仁王立ちになって待っていた。

それがジュンギが考えた最終布陣だった。

 月が冴えて来た深夜、生臭い風が吹いて来た。

そして、不気味な咆哮が竹藪のどこかから聞こえてきた。

「来るぞ」

ジュンギが言った。

ヌマオは竹藪の中を駆けてくる。

その巨体にしては信じられないほどの速さだ。

パヤの俊足を発動させているのだった。

そのヌマオがずーーーんという地響きと共にこけた。

足は速かったが、いかんせん体重があるものだから、足元に貼られたビニール紐を飛び越せずに躓いたのだった。

「やった!」

と勇んだのは近くに隠れていた小学男子。

もしビニール紐にヌマオが足を取られたら、持っている武器で思いっきりぶったたけと言われていた。

だが、その小学男子。女子には人気があるが争いごとはからっきしのカッチャン。

武器を手にしたままそのばにすくんで動けなかった。

やがてゆっくりと立ち上がるヌマオ。

震えるカッチャンを見て、喉を鳴らす。

その時、ヌマオの後ろから、

「おい! こっちだ!」

と声を掛けたのは、勉強もスポーツも万能、しかし真面目過ぎるのが玉に瑕なキーちゃんだった。

ヌマオは振り向くとそこに数人のスズメが逃げて行くのを見つけ、勢いそちらを追いかける。

そしてまた転倒。

ビニール紐に足をすくわれたのだった。

で、今度もそばで震えているのは女子にばかり人気があるナオキ。

高校生になって4股かけているのがばれ、学校中の女子から総スカンを喰らうことなど夢にも思わない頃の、あどけない小学男子だ。

ヌマオはもうこのスズメでいいと思ったけれど、ふたたび

「ヌマオ! こっちだ」

と声がして、ふりかえるとそこには通称オサルが立っていた。

ある日の放課後、オサルのお父さんが、

「うちの子はサルじゃない! おさむというれっきとした名前がある」

と職員室に怒鳴り込んできたため、オサル限定であだ名禁止令が出てからというもの、アオチまでが「おさむくん」とくん付けして呼ぶようになってしまったかわいそうな少年だった。

小学男子にとって、くん付けで呼ばれることがどんなに恥ずかしいか、子の心親知らずとはこのことだろう。

ヌマオはオサルのうしろに沢山のおいしそうなスズメを見て、再び追いかけて行く。

そしてついにヌマオはアオチとニシマキに対峙する。

それまで何度転げようと嬉々として小学男子を追いかけまわしていたヌマオが立ち止まった。

まるで二人のことを恐れているようにも見える。

まわりの小学男子はそれを見て、

「すげー、さすがアオチ」

「やっぱ、ニシマキだな」

とやんややんやと喝采を上げる。

しかし二人に迫りくるヌマオは、すげーアオチとやっぱニシマキの3倍は上背がある巨体だ。

じりじりと間合いを詰めて、一息に二人を捕まえ喰らうつもりなのだ。

固唾をのんで見守る小学男子。

アオチもニシマキも一歩も引かず、巨体のヌマオを迎え撃つ。

ヌマオが叫ぶ!

「ゲロジ噴射!」

すっぱくさい匂いが辺りに広がる。

間一髪それを避けるアオチ。

「必殺ベルトバッチン!」

目の前をベルトがかすめたが体をかわして避けるニシマキ。

まさに死闘。

そしてヌマオが巨体を前かがみにすると、

「トッカーン!」

二人に向かって突っ込んできた!

小学男子のトッカンでさえやられれば吹っ飛ぶこの必殺技だ。

その10倍は体重のあるヌマオのを喰らったら、アオチやニシマキでもひとたまりもないだろう。

ネオ・チシロ小学校の2首領もここに命運が付きたか!?

ところが、二人はこれを待っていたのだった。

ヌマオの猛烈な突進を横に飛んでかわすと、目の前を通り過ぎて行く巨尻を二蹴り。

ヌマオはそのまま数m下の窪地へと落ちて行ったのだった。

 ジュンギが控える馬防柵に転がり落ちて来たのは大球ころがしの球ではなくヌマオだった。

ヌマオは突然地面がなくなってバランスを崩し奈落に落ちながらも、その丸っこい体でうまく受け身を取って、立ち上がる。

目の前には、色白で痩せたあまりうまくなさそうなスズメが後ろ手に何かを持って立っていた。

「よく来たな! かかってこい」

「うおーーーー!」

ヌマオはジュンギに襲いかかった。

しかし、シイタケの原木が足にぶつかりうまく前に進めない。

力で前進しようとするが、その度に原木が足元に纏わりついて転げそうになる。

その隙をついてジュンギが武器をふるう。

「ペシーーーン!」

平たい武器で肉を叩く音が響いた。

「痛ーーーい!」

叫んだのはヌマオだった。

続けて、

「ペシーーーン!」

「痛い! やめてよ!」

ヌマオが叫ぶ。

また、

「ペシーーーン!」

「痛い! 怖いよ! 止めてってば! お願いだよ」

「痛いか? 怖いんだろ? なら、飲み込んだものを全て出すんだ!」

ジュンギが命令した。

すると、ヌマオが

「わかったよ。吐き出すから。だから叩かないで」

ぐえ! ぐえぐえ!

ヌマオは空に向かって大口を開けると、まずは一人目の小学男子を吐き出した。

ウンコヨージ。

続いて吐き出したのは、

ションベンピロピロのピロ。

続いて吐き出したのは、

ゲロジ噴射のゲロジ。

続いて吐き出したのは、

トッカン。

続いて吐き出したのは、

俊足のパヤ。

続いて吐き出したのは、

チンポコブルブルのブル。

そこでおしまいだった。

ジュンギが再び、武器を振りかざしてヌマオを叩こうとすると、

「やめて! たたかないで。その靴ベラをしまって。ママ」

と言ってヌマオはその場にどう! と倒れたのだった。

「さっさと出て来い。ノンカ」

ジュンギがそう言うと、ヌマオの口を手で押し広げて中からノンカが顔を出したのだった。

「ようやく正体を現したな、このパクリ野郎」

ありとあらゆる汚物にまみれ、その場に這いつくばるノンカの元にジュンギが近寄ると、

「ジュンギ。ゴメン」

とうなだれながらノンカは謝ったのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

ジュンギはヌマオを窪地に追い込んで仕留めました。

すべての小学男子をはきだして正体を現したのは、

大嘘つきのノンカでした。


今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル
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