第47話 <6ガッオ

文字数 2,950文字

 今は無くなったが、大災疫後しばらくして巨大な星が空に現れた。

それは3ヶ月の間、夜昼無く空にいて、もう一つの月のようにこの地を照らし続けた。

猫実サキが先陣を切って戦ったネオカントー統一事業がやっと一段落したころのことだ。

 マツノ湯で。

なみなみと湯が張られた湯船につかって猫実サキが一人憩っていた。

そこに血相を変えて入ってきたのは、巨大な体躯の持ち主、銭湯族の弁天ナナミだ。

「サキさん。シンタテヤマのあいつが不穏な動きしてるみたいっす」

湯で顔を洗いながら、猫実サキが聞き返す。

「不穏な動きとはよ?」

何を言われても簡単に動じない猫実サキであるので、意外に反応がよかったのに気を良くした弁天ナナミが答える。

「あの星みたいな動きっす」

「は?」

弁天ナナミは何でも例えたが、それがすんなり伝わったことは一度も無かった。

「やんのかやんねーのかわからんけど、どうやらやるって感じらしいです」

番台に控えていた富岡ツルが補足説明をした。

弁天ナナミは、あの星が空からいなくなる直前に、消えそうで消えない時期が1週間ほど続いたそのことになぞらえたらしかった。

「しかたねーな。いっちょ見に行くか」

と言うなり猫実サキは湯船から出ると体も拭かずに裸のままライダースーツを着込み脱衣所から出て行った。

実は猫実サキも、最近とんと争いのなくなった日常が退屈で退屈で堪らなくなっていたため、渡りに船とその話に飛びついたのだった。

「親衛隊、表に集合」

館内放送に富岡ツルの一声が響いた。

弁天ナナミがあたふたと出て行こうとしたら、戻って来た猫実サキとぶつかって吹っ飛ばされた。

「サキさん、どうして?」

尻餅をつきながら聞くと、

「ミャー忘れたのよ」

と猫実サキ言った。

そして番台であくびをしていたミャーをつかむと、ライダースーツの懐にしまい込んで再び外に出て行ったのだった。



 シンタテヤマのノコギリ山近くにト山という小山があって、その中腹に人が一人やっと入れるくらいの狭い洞穴がある。

もう何年も人の出入りが無いため、苔むしていかにも心スポ(心霊スポット)と言った風情だが、今はそこに人が座禅を組んで瞑想をしていた。

八房フセ。

南バーチー最強と謳われ、猫実サキが全バーチーを制圧する際、最後の最後まで抵抗した温泉族だ。

温泉族というのは銭湯族の一種で、銭湯の代わりにで温泉を根城にしているものを言う。

実は銭湯族も温泉族も同種同族で、言ってしまえば彼らは単に「族」というのが正式名称なのだ。

 その八房フセがここ半年の間、洞窟に籠もっている。
 
籠もり始めたのがあの星が瞬きだした頃だったので、最初は大天災に怖じ気づいたのかと疑われもした。

しかし、星が消え失せた後も籠もりきりだったものだから、何か企んでいると言われるようになった。

最初はいろいろと噂されたが、次第に

「マツノ湯一派に煮え湯を飲ませるつもりだ」

とそこ一点に集中するようになった。

それが猫実サキの耳に届いたのである。

 ところが八房フセは一度降ったからには反旗を翻すなど考えていなかった。

半年の間、彼女が考えに考えていたのは、自分の出自についてだった。

名字からも知れるように、八房家は先祖に犬がいる。

南総里見八犬伝。八犬士で有名な物語だ。

その八犬伝に出てくる伝説の犬。呪われた犬、八房が先祖だった。

因みに、渋谷の忠犬ハチ公の名はそこから取られたというのは有名な話。

そして名前のフセとは、その八房と禁断の関係を持った絶世の美女、伏姫からとられた。

八房フセは、その禁断の子孫のその直系で、一番血が濃いと言われた赤子だったからだ。

「あたしは犬なのか人なのか、それとも族なのか?」

他人にとってはどうでもいいことだが、八房フセにはゆゆしき問題だった。

「答えが見つかるまではここを出ない」

で、半年が過ぎた。



 時は現代。

オオカミの横でネコの話を聞いていたくるみが、

「猫実ヌコがネコだったころの話を聞かせてくれない?」

と言った。

今の今までネコはオオカミのことしか目に入っていなかったので、くるみが横から声を掛けたことに驚いた。

「てめーは、どっから現れた。さてはおれをあの世に連れ去ろうって魂胆だな。死神め!」

と言って椅子から半立ちになって身構えたが、足が弱っているので再び尻餅をついて座った。

「ネコよ。こいつは俺の友人だ。答えてやっちゃくれねーか?」

そういわれて落ち着いたか、

「そうか? 親方が言うなら、術もねー」

と言って再び猫実ヌコの過去を語り出したのだった。

 オオカミがくるみに目で謝るとくるみも首を横に振ってそれに答えた。

「空にでっかい星が生まれてすぐ死んだのを覚えてるか?」

オオカミはそれを聞いて、このジャンクヤードを根城に定めたばかりの頃のことを思い出した。

宿狼もネオカントーのあちこちに散らばり、それぞれが個別に生を育む、そんな原初を思わせる時代だった。

そこにあの星が現れた。

誰もその意味を知るものはいなかったが、オオカミだけは「始まった」と思っていた。

それはオオカミが前世占いで吸血鬼を観ていたからだった。

当時多くの人外がこの星に発生していたが、吸血鬼はまだ数が少なかった。

たまたま縁があって吸血鬼の前世を観た時、他の人外とのあまりの違いにオオカミは驚いた。

一般の人外は、大概前世の生活の様子がフラッシュバックのように見える。

しかし、吸血鬼の前世はそうではなかった。

まるで星が瞬く夜空に大木が枝葉を広げているように見えるのだ。

オオカミも最初はそれの意味するところが分からなかった。

しかし、ある時たまたま前に観た吸血鬼の、その子の占いをする幸運に恵まれて変わった。

例えれば、くるみを観たあとに如月ののかの前世を観たと言うことだ。

子の吸血鬼の前世は先に観た親の吸血鬼の枝葉がそのまま広がっていて、先端のところだけが違った。

そこに接ぎ木されたように見えたのだ。

つまり、この枝葉は吸血鬼の延々と続く血脈を示していたのだ。

吸血鬼の前世はその発生経路を示すと知れた瞬間だった。

 そこで、オオカミは枝葉をさらに遡るべく沢山の吸血鬼の前世を調べだした。

その見返りとして提供したのが、宿狼の人脈を利用してオオカミが集めた情報だった。

単独で生きるのを好み、孤立しがちな吸血鬼にその情報はとても需要があったので、

オオカミが情報収集を生業とするきっかけにもなった。

 前世占いの数をうち、オオカミの元に吸血鬼の血脈情報も集まリ出した。

そして、行き着いたのが大本の吸血鬼の存在だった。

全ての吸血鬼の前世はその6人に集約されていたのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

一点ご報告です。
私、自分で書いておきながら勘違いして、猫実文男の愛娘の名前は「サツキ」なのに別話で「サキ」と書いてしまいました。

今回それを「サキ」に統一しました。
猫実文男の愛娘は「猫実サキ」です。

サツキとサキとを別人と理解された方、誠に申し訳ございません。
お詫びして訂正します。


次週の公開も水曜19時です。

今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル

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