第61話 <20ガッオ
文字数 2,232文字
「大天使ミカエル」
旧ウラヤス駅前広場に、厳かなくるみの声が響いた。
天使の中の天使、神の形をした大天使長ミカエルの名を冠した最強ラダーが発動されたのだった。
くるみの背後の空間には十字の亀裂が開いている。
その亀裂が交差する中央から目映い光が差してきた。
そこから一対の羽根が生え出てくる。
その羽根は純白だが亜空間の深黒にまみれて、ところどころに黒い汚泥がこびりついている。
ずず、ずずず。
と不気味な音を響かせながら黒汁にまみれた羽根が十字の裂け目から出現しようとしているが、なかなかその全容を露わさなかった。
巨大すぎるのだ。
そうするうちに、それにもう一対の羽根が加わり、黒汁まみれの羽根は4枚になる。
それでも全容が見えて来ない。
そしてまた3対目の羽根が亀裂から出でんとした時だった。
その中央に黄金の冠をかぶった巨大な頭が露出してきた。
正面を向いたのは、神々しさのあまり見た者の視力を奪う大天使ミカエルの尊顔。
その顔は目をつむり青白く頬がこけ額から滴る黒い汁が筋となり、まるで亡者が復活したかのようだった。
突然、駅舎の松月院えのきの顔が大天使ミカエルの尊顔の威力で火を噴いた。
「熱いじゃねーのよ!」
松月院えのきがおめき叫ぶ。
しかし、仮にも大本の吸血鬼の一人だ。
一歩も引こうとしない。てか、駅舎だから引けない。
「くらえ!」
2階建ての駅舎の両脇からニョキニョキと何かが生え出て来た。
シルバーの車体にスカイブルーのライン。ネオ東西線の車両だ。
こいつは開通当初、荒川渡河中強風にあおられてひっくり返ったやつ。
そのネオ東西線の車両が駅舎から伸び出て来て、大天使ミカエルの6枚の羽根を押さえつける。
それ以上大天使ミカエルをこの世に現示させない魂胆だ。
しかし、大天使ミカエルの押し出す力は、松月院えのきの駅舎と車両重量をはるかに凌駕して、見る見るうちに全身をこの世に現したのだった。
旧ウラヤス駅前に大天使ミカエルがその威容を示す。
天使の全軍を率い神の姿に最も近いと言われる大天使の中の大天使、軍団長大天使ミカエル。
その巨大さはハラカツ書店ビルもミツビシユーエフジェー銀行ビルも及ばぬ高さだった。
見上げる黒汁まみれの大天使ミカエル。
地獄の王にして神の反逆児、堕天使ルシファーのようでもあるのは、神のイロニーか。
その右手には黄金装飾の金剛剣が握られている。
これこそ群がる反逆天使を一撃で倒した必勝剣だ。
大天使ミカエルの剣が振り下ろされる。
金剛剣は炎煙をまとい、大気が焼ける匂いが辺りを覆いつくす。
これを止められるのはルシファーの盾しかないが、そんなもの松月院えのきが持っているはずもない。
「死ねや!」
くるみが言った。
金剛剣が駅舎を両断する。
松月院えのきは顔の真ん中を切り裂かれ、火炎に包まれながらもだえ苦しんでいる。
金剛剣は駅舎を分断してなお勢い余って地面を切り裂き、そこに巨大な地割れを作ったのだった。
地割れの中は暗黒の闇が広がり、まるで地獄の口が開いたかのようだ。
そこに分断された旧ウラヤス駅舎が一気に雪崩れ落ちて行く。
それとともに松月院えのきの断末魔の叫びも奈落の底に吸い込まれて行ったのだった。
やがて、松月院えのきをのみこんだまま地割れが元に戻ってゆく。
大本の吸血鬼、松月院えのきの最後だった。
くるみがデコ木刀を収めた。
現前した大天使ミカエルはくるみの背後の亀裂の中に吸い込まれてゆく。
やがて切り裂かれた亜空間も閉じたのだった。
くるみが振り向いて言った。
「えのきってのは、どの星だった?」
そばに寄ってきた弁天ナナミが答える。
「たしか、ポルックスだったかと」
「なら、ポルックスが空席になったってことか」
その時、雲間から神々しい光が差してきた。
ジェイコブス・ラダー。天国の梯子。神の火柱だ。
そしてその光の柱がくるみに降り注ぐと、
「最強か?」
と問うたのだった。
その神の火柱の問いにくるみは躊躇することなく、
「もとから最強だし」
と応えると光がくるみに向かって収束し、やがて消えたのだった。
背に光のオーラをまとった京藤くるみが言った。
「ということで、ウチが大本の吸血鬼の一人になったから」
くるみはきびすを返しデコ木刀を肩に担いでマツノ湯へと帰って行く。
「それじゃあ、まひるちゃんはカストルね」
後を追う弁天ナナミがうれしそうに言う。
「そうなるな」
くるみが面白くなさげに答える。
ポルックスとカストル、双子の名を冠した星は、くるみとまひるに相応しいものと言えた。
こうしてくるみは、冬の大六角の一座ポルックスの大本吸血鬼となったのだった。
---------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
大本の吸血鬼、松月院えのきを倒したくるみは、それに変わって
ポルックスとなりました。
ポルックスとは冬のダイヤモンド(大六角)と呼ばれる6星の一つです。
以前よりしばしば出てきた六角形とは冬のダイヤモンドのことです。
大本の吸血鬼たちは、それぞれが冬のダイヤモンドの星に準えられています。
因みに今のところ分かっているのは、
くるみのポルックスともう一人、
南房総の最強ヒーラー、八房フセのシリウスだけです。
さて、くるみのママ猫実サキは残りの何なのでしょうか?
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル
旧ウラヤス駅前広場に、厳かなくるみの声が響いた。
天使の中の天使、神の形をした大天使長ミカエルの名を冠した最強ラダーが発動されたのだった。
くるみの背後の空間には十字の亀裂が開いている。
その亀裂が交差する中央から目映い光が差してきた。
そこから一対の羽根が生え出てくる。
その羽根は純白だが亜空間の深黒にまみれて、ところどころに黒い汚泥がこびりついている。
ずず、ずずず。
と不気味な音を響かせながら黒汁にまみれた羽根が十字の裂け目から出現しようとしているが、なかなかその全容を露わさなかった。
巨大すぎるのだ。
そうするうちに、それにもう一対の羽根が加わり、黒汁まみれの羽根は4枚になる。
それでも全容が見えて来ない。
そしてまた3対目の羽根が亀裂から出でんとした時だった。
その中央に黄金の冠をかぶった巨大な頭が露出してきた。
正面を向いたのは、神々しさのあまり見た者の視力を奪う大天使ミカエルの尊顔。
その顔は目をつむり青白く頬がこけ額から滴る黒い汁が筋となり、まるで亡者が復活したかのようだった。
突然、駅舎の松月院えのきの顔が大天使ミカエルの尊顔の威力で火を噴いた。
「熱いじゃねーのよ!」
松月院えのきがおめき叫ぶ。
しかし、仮にも大本の吸血鬼の一人だ。
一歩も引こうとしない。てか、駅舎だから引けない。
「くらえ!」
2階建ての駅舎の両脇からニョキニョキと何かが生え出て来た。
シルバーの車体にスカイブルーのライン。ネオ東西線の車両だ。
こいつは開通当初、荒川渡河中強風にあおられてひっくり返ったやつ。
そのネオ東西線の車両が駅舎から伸び出て来て、大天使ミカエルの6枚の羽根を押さえつける。
それ以上大天使ミカエルをこの世に現示させない魂胆だ。
しかし、大天使ミカエルの押し出す力は、松月院えのきの駅舎と車両重量をはるかに凌駕して、見る見るうちに全身をこの世に現したのだった。
旧ウラヤス駅前に大天使ミカエルがその威容を示す。
天使の全軍を率い神の姿に最も近いと言われる大天使の中の大天使、軍団長大天使ミカエル。
その巨大さはハラカツ書店ビルもミツビシユーエフジェー銀行ビルも及ばぬ高さだった。
見上げる黒汁まみれの大天使ミカエル。
地獄の王にして神の反逆児、堕天使ルシファーのようでもあるのは、神のイロニーか。
その右手には黄金装飾の金剛剣が握られている。
これこそ群がる反逆天使を一撃で倒した必勝剣だ。
大天使ミカエルの剣が振り下ろされる。
金剛剣は炎煙をまとい、大気が焼ける匂いが辺りを覆いつくす。
これを止められるのはルシファーの盾しかないが、そんなもの松月院えのきが持っているはずもない。
「死ねや!」
くるみが言った。
金剛剣が駅舎を両断する。
松月院えのきは顔の真ん中を切り裂かれ、火炎に包まれながらもだえ苦しんでいる。
金剛剣は駅舎を分断してなお勢い余って地面を切り裂き、そこに巨大な地割れを作ったのだった。
地割れの中は暗黒の闇が広がり、まるで地獄の口が開いたかのようだ。
そこに分断された旧ウラヤス駅舎が一気に雪崩れ落ちて行く。
それとともに松月院えのきの断末魔の叫びも奈落の底に吸い込まれて行ったのだった。
やがて、松月院えのきをのみこんだまま地割れが元に戻ってゆく。
大本の吸血鬼、松月院えのきの最後だった。
くるみがデコ木刀を収めた。
現前した大天使ミカエルはくるみの背後の亀裂の中に吸い込まれてゆく。
やがて切り裂かれた亜空間も閉じたのだった。
くるみが振り向いて言った。
「えのきってのは、どの星だった?」
そばに寄ってきた弁天ナナミが答える。
「たしか、ポルックスだったかと」
「なら、ポルックスが空席になったってことか」
その時、雲間から神々しい光が差してきた。
ジェイコブス・ラダー。天国の梯子。神の火柱だ。
そしてその光の柱がくるみに降り注ぐと、
「最強か?」
と問うたのだった。
その神の火柱の問いにくるみは躊躇することなく、
「もとから最強だし」
と応えると光がくるみに向かって収束し、やがて消えたのだった。
背に光のオーラをまとった京藤くるみが言った。
「ということで、ウチが大本の吸血鬼の一人になったから」
くるみはきびすを返しデコ木刀を肩に担いでマツノ湯へと帰って行く。
「それじゃあ、まひるちゃんはカストルね」
後を追う弁天ナナミがうれしそうに言う。
「そうなるな」
くるみが面白くなさげに答える。
ポルックスとカストル、双子の名を冠した星は、くるみとまひるに相応しいものと言えた。
こうしてくるみは、冬の大六角の一座ポルックスの大本吸血鬼となったのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
大本の吸血鬼、松月院えのきを倒したくるみは、それに変わって
ポルックスとなりました。
ポルックスとは冬のダイヤモンド(大六角)と呼ばれる6星の一つです。
以前よりしばしば出てきた六角形とは冬のダイヤモンドのことです。
大本の吸血鬼たちは、それぞれが冬のダイヤモンドの星に準えられています。
因みに今のところ分かっているのは、
くるみのポルックスともう一人、
南房総の最強ヒーラー、八房フセのシリウスだけです。
さて、くるみのママ猫実サキは残りの何なのでしょうか?
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル