第64話 <3ガオン

文字数 3,019文字

 放課後、ネオ・チシロ小学校から下校する生徒たちの中に特徴的な二人の少年がいた。

一人は小柄な首の短く肩が盛り上がった猪の首少年で、もう一人はその少年の二倍はありそうな体格の太った少年だ。

太った少年が猪の首少年に聞いた。

「トッカン、ヨージたち本当にヌマオにやられたのかな?」

トッカンはあだ名ではない。猪の首少年の名、戸津山貫太の略呼だ。

「うるせーな、アオチがそう言ってたろ」

トッカンはどうやら機嫌が悪いらしい。

「なんで僕らが調査に行かなきゃなんないのかな」

それを聞いたトッカンが、太った少年に振り返り、

「ビビってんな、ゲロジ」

と言った。

ゲロジは太った少年のあだ名だった。

食欲旺盛でゲロを吐くまで食べ続ける。

ゲロを吐いた後はジジーのような顔になって、さらに食べ続ける。

だからゲロジ。

小学男子が付けるあだ名とは、かくも芯を喰ったものなのだった。

 トッカンはアオチの右腕でグループのNo.2だ。

けんかっ早く向こう見ずなところがあるが、アオチは何かあると必ずトッカンを呼んで、

「頼む」

と言った。

するとトッカンはアオチの意図を酌み無言で出かけ、ことをやっつけてくるのだった。

だいたいは敵対するグループのボスにケンカをふっかけ、タックルを一発お見舞いして倒す。

故にトッカン。

 今回アオチは、グループを集め、

「ピロとウンコヨージがヌマオにやられた」

と独り言を言った。

それにトッカンが反応すると、アオチは

「ゲロジ連れて行け」

と言ったのだった。

トッカンが機嫌が悪い理由はそこだった。

アオチは何でもない時は、行ってこい、見て来いと命令する。

だが、それが危険な場合は、命令はせず状況だけを口にする。

今回のように。

「死ぬかもしんねー。でもそれがどうした?」

トッカンはいつだってそう考えている。

危険かもしれないが、こんなの一人で十分だ。

なのに何でアオチは、俺にゲロジなんてつけたのか?

臆病でのろまですぐゲロを吐くようなやつを。

 二人の帰路はいつの間にか死神十字路まで来ていた。

この十字路は、みんなの家路が分岐して「さようなら」と言い合うところからその名が付いている。

トッカンは林の中の市営アパートへ、ゲロジは田んぼに近い屋敷へ帰る。

別れ際ゲロジが言った。

「もしかしたら、お母さんが行っちゃダメって言うかもしれないよ」

トッカンはそれを無視して、

「さっさとランドセル置いて来い。10分後にここに集合だ」

ゲロジは泣きそうな顔になると、大汗をかきながら歩いて帰ったのだった。



 そろそろ夕方、ボーヤツの竹林を涼し気な風が吹き抜けていく。

トッカンとゲロジの二人組が、ヌマオがいるエーフク寺の境内を姿勢を低くして歩いている。

「ヌマオいないね。うっぷ!」

大きな体を思いっきり縮こまらせてゲロジが言った。。

「伝説のヌマオがそう簡単に見つかるかよ」

トッカンはいちいち話しかけて来るゲロジがうっとうしくてたまらなかった。

 待ち合わせに10分遅れて来た時は息がニンニク臭かった。

「出る時餃子を食べてたら遅くなった」

悪びれる風もなく言ってのけた。

トッカンは正直どうでもよかったが、

「いくつ食った?」

と聞くと、ゲロジは満面の笑顔で、

「200個」

と言ったのだった。

今も、しゃがんだ姿勢がでっかい腹を圧迫するらしく、ニンニクくさいゲップを連発している。

トッカンにとってアオチは絶対服従の大将だったが、今回ばかりはその判断を疑った。

「ゲロジ、吐くなよ」

ここで餃子200個を吐かれた日には、戦意喪失、偵察どころではない。

 トッカンは偵察する場所をエーフク寺の境内から周囲の竹林へと変えた。

竹林に踏み込むと、竹の落ち葉がカサカサと鳴る。

見たところ普通の竹林と変わらない。

ここで昨日まで教室の端でいじけていたピロとその金魚のウンコヨージがやられたなんてトッカンには想像できなかった。

おおかた、家でゲームでもしてるんだろう。オタクな二人ならそれが一番ありそうだった。

それにしても、ゲロジの臭い息はなんとかならないか。

さっきから風まで生臭くなってきている。

「ゲロジ! 息止めてろ!」

思わず叫んで後ろを振り向くと、そこにしゃがんでついて来ていたはずのゲロジがいなかった。

その代わり赤黒い汚泥を野良着にこびり付かせた怪物が仁王立ちになって、ゲロジを吊るし上げていた。

ゲロジは首をベルトで絞められて足をじたばたさせている。

「必殺ベルト・バッチン!」

ベルトの両端を引っ張ってゲロジの首を挟んでいるのは、ヌマオだった。

「ゲロジ!」

ゲロジを助けようとしたわけではない。

咄嗟に出たタックルだった。

トッカンの猪の首がゲロジの大きな背中に突き刺さる。

「うぐぐぇ!」

ゲロジの腹部が蠕動しだした。

それはまるでカブトの幼虫が脱皮をして蛹になる時のように激しく動いていた。

タックルの振動で地面に尻もちをついたトッカンは、ゲロジの首を絞め上げるヌマオが巌のようで圧倒され動けなくなった。

その時だった。

ゲロジの口から一気に餃子200個とコーラ2リットルが吐き出されたのは。

大量の噴水となった餃子とコーラはヌマオの顔面を直撃した。

そしてヌマオの全身を怒涛の如くに滴り落ち出した。

それでひるんだのか、ヌマオはベルトの手を緩めてゲロジを地面に落とす。

トッカンはそれを見て、一度でもアオチのことを疑ったことを悔いた。

アオチはこのためにゲロジを連れて行けといったのだ。

起死回生のゲロ!

さすがアオチ。俺の大将。

餃子とコーラまみれのヌマオは手で空中を掻きながらふらついている。

「今だ! ゲロジ逃げるぞ!」

ところがゲロジは動かなかった。

口の周りを餃子とコーラだらけにして地面に倒れ、失神していたのだった。

「畜生め」

そう言うとトッカンは、ヌマオに向きなおり二度目のタックルを敢行したのだった。



 ヌマオが今日見つけたのはスズメとムクドリだった。

こんなの初めてだと思って喜んで近づいたら、変な匂いがした。

さすがに手で持つのは嫌なので、昨日のスズメが持っていたベルトで首を絞め上げることにした。

ムクドリはスズメほどすばしこくなくて簡単に捕まえられた。

そのまま頭から食べるため持ち上げて口を開いた。

ところがだ、そばにいたスズメがムクドリの背中を思いっきり突っつくものだから、ムクドリの内臓が口から全部飛び出してきて、前が見えなくなった。

ひどい匂いが鼻を突く。

手探りでムクドリを探していたら、今度はお腹に刺激があった。

そのおかげで目が見えなくなったのは目をつぶっていたからだと気が付いた。

自分はやっぱりボーっとしているとヌマオは思った。

目を開けた。

腹がこそばゆい。

腹を見るとスズメが首までめり込んで藻掻いていた。

そのスズメを足を持って腹から引っ張り出し、そのまま呑み込んでやった。

「アオチ!」

と訳の分からないことを口走っていたが、旨かった。

続いて地面に倒れたムクドリを丸のみにしてやった。

これは臭かったが、まだ生娘だったころ食べた中華の味がした。

旨かった。

また来ないかな。

スズメとムクドリ。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

今回はトッカンとゲロジです。

小学男子がつける生のあだ名は残酷です。

ゲロジってひどすぎます。


今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル

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