第12話 <2ガオー

文字数 2,688文字

 くるみのような強者は人間の血を必要としない。

吸血鬼同士戦うことで生命を維持する方法があるからだ。

ところが、如月ののかや高梨うたのように強くないものは、人間の血や素魂をすすって生きなければならない。

自分より強い者と戦って抹消されるのが怖いからだ。

 坂倉アイルは戦闘吸血鬼だから基本強いのだが吸血鬼とはやり合わない。

だから、人間の血をすすって生きている。

市井に紛れてラーメン屋をやっているのも食餌となる人間の血を得るためなのだった。



 海斗が代金を払って店を出た後、ネオ・ラーメンショップはオヤジとアイルだけになった。

オヤジがカウンターの中からアイルに声を掛ける。

「アイルさん」

娘を呼ぶには少し丁寧すぎる呼び方をした。

奥の小上がりに腰かけ電子タバコを吹かしながら、アイルはそれに応える。

「何? ゆたかくん」

アイルの返事も父親に対してにしては変だ。

「やっぱり、あの男はよした方がいいです」

「どうして?」

「嫌な匂いがします」

カウンターの中でつぶやくように言った。

「またなの? ゆたかくんはあたしが見込んだ男には絶対難癖付けるよね」

とアイルは言って、思い切り電子タバコを吸い込むと、オヤジの方に向けて煙を吹きつける。

距離があるから届きはしないものの、いい気はしないはずだ。

「俺はアイルさんが心配だから」

オヤジは調理の手をとめずに言った。

「人の心配する前に、自分の身の振り方考えたほうがいいんじゃない?」

下を向いて黙ってしまったオヤジを、アイルは冷ややかな目で見つめた。



 アイルがゆたかを見初めたのは、ゆたかがまだ小学3年生のころだった。

いつものように夕方ごろ、女子高生の恰好をして声を掛けてくる男を餌にしようとエド川の土手を彷徨っているときだった。

ある日、土手道を野球の恰好をした3人の少年とすれ違った。

その中の一人がゆたかだった。

薄暗がりでのすれ違いだったが、一人だけぼうっと浮かび上がるようなきれいな面立ちで、とても魅惑的な少年だった。

アイルは一目で気に入ってしまった。

ただ、その場で攫うことはしなかった。

子供のお世話などしたくなかったからだ。

それで、ゆたかが中学生になるまで成長を待った。

その間も誰かほかの魔物に襲われないか見守り続けた。

その実、ゆたかを遠目で愛でるというとろけるような誘惑に勝てなかっただけだったのだが。

 ようやく13才の誕生日にゆたかの家族を皆殺しにして、アイルのそばにいられるようにした。

アイルは窮屈な人間どもの中で生きるより、自分と一緒のほうがゆたがが何倍も幸せだと思っていた。

だからゆたかへの誕プレのつもりだった。

 最初は姉になった。

大災疫の後だったから親のいない姉弟などざらにいた。

毎日一緒の寝床で寝起きして一緒にお風呂に入って洗いっこをした。

おままごとのような日常を二人で過ごした日々だった。

そうして5年が経った。

高校3年生のゆたかが思った以上に美しく逞しく成長したのでアイルは妻になることにした。

それまで寝屋でゆたかに禁じていたことを許した。

それからは、毎晩熱泥のような情愛を交わし合った。

種が違うので子供はできなかった。子供など欲しくなかったアイルには好都合だった。

餌を探し回るのを止めるためラーメン屋一家を殺してを店を乗っ取ったのもこのころだ。

 月に一人くらいはラーメン代も払えないような人間が来る。

たいがいは身寄りもなく天涯孤独だったりする。

ラーメンを食わせ宿を貸し、寝ているうちに血を抜く。

致死量未満の血を抜いてそこらに捨てておけば、ヒトデナシが来てそいつの存在を消し去ってくれる。

そうやって二人で生きてきた。

そして今、ゆたかは年を取り、以前女子高生のままのアイルは娘になってしまった。

それも無理が来つつある。

昨日だって客から、

「はじかきっ子だね、アイルちゃんは」

とからかわれた。年を取って生まれた子と言われてしまった。

人からは孫娘のように見えていたのだ。

しかたない。ゆたかはもうすぐ還暦なのだ。

力も衰え寸胴鍋もアイルの担当になってしまっている。

反対にアイルは若いまま。女子高生で通る。

そろそろつり合いのとれる相手が欲しかった。

その候補にアイルが選んだのが海斗だったのだ。



 アイルが海斗を初めて見た時、どこと言って惹かれるところはなかった。

人の胸の谷間を隙あらばチラ見して、エロで頭が爆発しそうなどこにでもいる高校生に見えた。

だから親なし家なしだと聞いて餌もありかと考えたくらいだ。

そんな海斗にアイルが惹かれるようになったきっかけというのがある。

 いつだったか、店がやけに込んだ時があった。

運悪くゆたかが数日前にやらかしたぎっくり腰のせいで、すでに店が回せてない状態になっていた。

処理しきれなくなったお客に帰ってもらったりしていたが、それでも店は注文待ちのお客であふれかえっていた。

そんな時、支払いをすませた海斗がカウンターに入ってきて、

「俺、手伝います」

と溜まった洗い物を全部片づけてくれたのだった。

それはとても大助かりだったのだけれど、アイルの印象に残ったのは、そこではなかった。

アイルが食器を運んで洗い場に行くと、海斗がしゃがんで空いた寸胴鍋を洗っていた。

海斗はワイシャツの袖を巻き上げて腕を露わにしていたので、たわしをこする度に腕の筋肉がビクビク動くのを見て、アイルはなぜかとてつもない愛しさを感じた。

それ以来、アイルは海斗に惹かれつづけている。



 アイルはそれとなく海斗の周辺を調べ出した。

ゆたかには頼めないからアイル自らが出前の時、寄り道して高校で様子を覗いてみたり、ワイノマートに買い出しと言って下校する海斗を尾行したりした。

するとアイルは不思議なことに気が付いた。

海斗はここ数か月。何故か急にもてだした。

まず下等吸血鬼に籠絡された。

デバ亀素魂喰いにも求愛された。

そして厄介なことに、海斗は戦闘吸血鬼の飼い犬だった。

アイルはそれを知った時、何故だか眠っていたはずの闘争本能が疼きはじめるのを感じた。

海斗の飼い主、おそらく殺り合うことになるだろうその相手とは、

ネオワンガン一のサイコパス女。

殺戮愛好者の京藤くるみだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

坂倉アイル(戦闘吸血鬼)とゆたか(ラーメン屋のオヤジ)の来歴です。
アイルはゆたかとずっと2人で人生を歩んできたみたいです。

今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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