第71話 <10ガオン

文字数 3,000文字

「パイルダー・オンはいいけど、僕たち何すりゃいいの?」

左乳首に搭乗んだノンカが伝声管を使って頭頂のパイルダー内のジュンギに聞いた。

操縦席だと思っていたのに、体育館から持ってきたらしいパイプ椅子が固定してあるばかりで、操縦桿はおろか計器すらもなかったのだ。

かろうじてそこが操縦席と思えるのは外から見たら乳首なのだろう、一つある丸窓が開いていることだった。

「これじゃ、敵が来ても何もできないじゃん」

不満を言うノンカの耳に、

「こんなもんだろ」

と伝声管からブルの声が聞こえてきた。

 ブルは以前に巨大テーマパークへ行ったときのことを思い出していた。

小学生になったばかりのころ、ネズ男爵シーが開園した。

シン・ウラヤスのネズ男爵ランドの隣に出来た海のテーマパークだった。

家族そろって車で行ったが、日本国中の人が集まったように超満員だった。

どのアトラクションも長蛇の列の中、ブルたちが選んで並んだのは潜水艦ノーパンチラッス号で海底を探検するアトラクションだった。

炎天下、凄まじい太陽の照り返しの中、3時間を要して乗った潜水艦ノーパンチラッス号。

あんなに楽しく家を出たのに、妹は泣き、父親は不機嫌になり、母親はいらいらしている。

狭い狭い乗り物の中が涼しいのだけが救いだった。

そこに家族4人で押し込められて、小さな窓から外の海底景色を見て回るアトラクション。

小学生ながらすべて人工物とは分かったが海底の風景は美しかった。

時おり窓の枠外から顔を出す半魚人に驚きもした。

海底火山が爆発して乗り物が揺れた時、母親が「キャー」と悲鳴を上げるのを見てびっくりもした。

10分かそこら暗い海底を経めぐってもとの炎天下に吐き出されたとき、ブルはほっとした。

じりじりと照らす太陽の熱さは、中よりよっぽどリアリティーがあったからだ。

もし、あの半魚人をやっつけられたらどうだったか。

魚雷でも銛でも水中銃でもなんでもいい。反撃できたら。

半魚人のちゃらけた顔に目にもの見せてやる機会があったら。

そうならば、この白々しい冒険ももう少し楽しめたかもしれないとブルは思ったのだった。

でも、その乗り物には標準器すらついてはいなかった。

 だから、メカ・ヌマオに乗り込んでパイプ椅子しかないのを見た時、

「またか」

と思った。

世界は小学男子のささやかな願いすらかなえてはくれなものとブルは知っていたのだった。

 ノンカの質問へのジュンギの答えが伝声管を伝わってみんなのところに届いてきた。

「メカ・ヌマオは操縦しない。また攻撃用の武器も積んでいない」

こんなに大きな図体をしているのに張りぼてなのか?

小学男子全員がそれを思った。

「じゃあ、交通公園の機関車と同じじゃないか」

尻の穴からうんこヨージが言った。

うんこヨージは鉄道の通ってないこの地域では珍しい鉄っちゃんだった。

休みの日になるとネオ・バーチの埋め立て地にある交通公園に行って、D51の展示物に乗るのが楽しみの一つだった。

D51の雄姿にはほれぼれした。

実物のギミックに触れると体全体にしびれるような快感が沸き上がってうんこをもらしそうになった。

ここで住んでもいいとさえ思った。

しかし、どんなにわくわくして行ってみても帰ってくるときは空しかった。

なぜならD51は死んでいたからだ。

動かなかった。

「ぽっぽー!」

は、口ではなく汽笛が言うべきだったのだ。

うんこヨージの言葉は誰にも共感されずにスルーされたが、その不満の芯「じゃないか」だけはみんなに伝わった。

「そうだ! ○○のようじゃないか!」

口々に自分勝手な「たとえ」を口にして憤懣を伝送管に吐き出す小学男子たち。

永遠にそれが続くかと思ったとき、

「うるせー! ジュンギの話を聞け!」

とアオチの号令がメカ・ヌマオ全体に響き渡り、一瞬でその騒ぎは静かになった。

「ジュンギ、訳を聞かせろ」

ニシマキの静かだが威厳に満ちた声が後に続く。

 メカ・ヌマオの中に緊迫の時間が流れた。

そして、次に伝送管から聞こえてきたのは、笑い声だった。

みんなはジュンギが気がふれたのかと思った。

アオチとニシマキに本当のことが言えずに恐怖の限界が来ておかしくなったのだと。

しかし、それは違った。

続いてジュンギの落ち着いた声が聞こえてきたのだった。

「まあ、聞け。愛しき小学男子諸君」

答えによってはただではおかない、アオチもニシマキもそう思っている。

「「「「「ごくり」」」」」

固唾をのむとはこのことだった。

「このメカ・ヌマオの原動力は機械ではない」

メカなのに機械で動かないとはどういうことか?

IQ140のジュンギに知能で劣る小学生男子はけむに巻かれたように押し黙ったままだ。

「では、何で動く。どうやって敵をやっつける?」

人の能力の上で知能など道具でしかないと悟る帝王アオチが冷静に聞いた。

「想像力だ」

その夢見る少女のような答えにニシマキが言う。

「おい、おい。本気か? 思い描けば足が動いたり、敵にロケットパンチを繰り出せると?」

もはや問題にならないといったあきれ声に対して、ジュンギが答える。

「そうだ」

さすがにこれには三下の小学生男子も失笑せざるを得なかった。

さざめく笑いの声が伝声管を伝ってノンカの耳にも届いてきた。

それを聞いて、ノンカが叫ぶ。

「そうなんだ! 最初のヌマオは僕がこんなになればいいって想像したら生まれたんだ。だからこのメカ・ヌマオだって…」

笑いがざわめきに変わり、最後に誰かの泣き声が響いてきた。

小学男子にヌマオに呑まれた時の恐怖が蘇ったのだ。

あれは現実だった。凄まじい恐怖の中で死を覚悟した。

幸いジュンギに救われて今はこうして文句もいえるようになった。

しかし、ヌマオの恐怖はいまも歴然と自分たちの記憶に刻まれていたのだった。

「想像力で」

アオチがつぶやいた。

「動くんだな」

ニシマキが続く。

「試してみるか?」

ジュンギの不敵な声が伝送管いっぱいにあふれ出た。

「「「「「「「「やるまいか!」」」」」」」

小学男子の声がネオ・チシロ小学校の校庭に響き渡ったのだった。



 京藤くるみはバイクにまたがったまま、廃校になったネオ・チシロ小学校の校門前にいた。

「おい、そこの小学少女たち。おねえさんに聞かせておくれな」

と近くを通りかかった二人の小学少女に声をかけた。

一人は藤色の、もう一人はパッションピンクのランドセルを背負っている。

「メカ・ヌマオのこと?」

「そうだが、どうしてそれが分かった?」

「だって、みんなこの

メカ・ヌマオを訪ねて来るから」

なるほど、他に何があるわけでもないこんな田舎に、あからさまによそ者の格好をした人間が来ればそう思うはずだとくるみは納得した。

「ならば、聞かせてくれメカ・ヌマオのことを」

そうして小学少女たちは、自分たちのおじいちゃんの時代に起こった小学男子大量行方不明事件のことを語りだしたのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

メカ・ヌマオは操縦桿も武器もない張りぼてでした。

しかし、設計者兼制作者のジュンギは言います。

「想像力で動かせ!」

小学男子にとって想像力だけが資源。

夢の戦いが今始まります。



今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル
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