第42話 <1ガッオ

文字数 2,209文字

 くるみは一人ベッドに腰掛けてネオワンガンの海に落ちる月影を眺めている。

ここはシンデルカモ城の元ネズ男爵秘密の部屋。

くるみの住処だ。

くるみが手にしているのは今し方ガオくんがデコり直してくれた愛刀だった。

「これは直刃だ」

ガオくんのデコは丁寧で緻密、斬撃のとき剥がれ落ちる分量も申し分なかった。

だが、こと美麗さという点で言えば星形みいほどのこだわりはなさそうだ。

ずっと前、

「なあ、みい。なんでここんところうねうねデコんの?」

くるみは星形みいを膝に抱っこして、みいがデコった愛刀の模様を見ながら聞いた。

それは刃のところが波打ち際のように装飾されていたのだった。

「くるみちゃん、刃文って知ってる?」

陰気で暗かった場所を二人でDIYして住めるように窓をぶち抜き、ようやくその日大きめのベッドを搬入し終わったところだった。

二人はそのベッドに寛いでネオワンガンに落ちる月影を眺めていたのだ。

「知らない」

「刀ってホットドッグみたいに堅い鉄を柔らかい鉄で挟んで鍛えるものなんだけど、その堅いのと柔らかいのとの間にできるのが刃文」

みいはデコ木刀の刀身を指でなぞりながら説明した。

「ホットドッグならまっすぐじゃね? あ、レタスってこと?」

みいはしょうもないくるみのぼけをスルーして、

「そこは刀匠の美意識で装飾するの。まっすぐなのは直刃文(すぐはもん)っていうけど、うねってるのは乱刃文(みだればもん)で、乱刃には丁子(ちょうじ)互の目(ぐのめ)湾たれ(のたれ)とかある。やっぱりうねってるほうがきれい」

と刀剣女子のように説明した。

「じゃあこれは?」

「ウチ流だから、星形丁子文かな」

 くるみは先日の「第二ワンガン計画道路の戦い」を思い出す。

姉の夜野まひると鍔迫り合いをしたとき、その長槍の刃を見て一瞬だがくるみの心に動揺が走った。

その隙に乗じてまひるは逃走を図り、まんまとそれを許してしまったのだったが、

その動揺の原因はまひるの長槍の刃に「星形丁子文」が描かれてあったからだ。

つまり、それをデコったのは、星形みいということになる。

「まひるのとこにいたのか?」

くるみはベッド横のサイドテーブルの引き出しの中からメモを取り出した。

それは以前吸血鬼邂逅協会の受付嬢から誰からと言われることなく渡されたものだ。

そこには6角形の図と右上の角に星が描かれている。

6角形の意味は戦闘吸血鬼でもほんの限られた者しか知らない。

描いたのは、その日協会にいた夜野まひるで、理由は分からないが星形みいの居場所を知らせてきたとくるみは目星をつけのだった。

「探しに行くか」

とベッドからでると、

「その前にシャワー」

と言って、着ていたスエットと下着を脱いですっぽんぽんになった。

ワンガンに向かって開けた大窓の前で月明かりを浴びながらストレッチをする。

その18歳とは思えない妖艶な肉体は見るものを惹きつけて止まないだろう。

くるみはしばらくストレッチしてやめ通用口から出ていきしな、

「覗いてんの、ばれてっから」

と言った。

「ガオ」

衝立カーテンの向こうのソファーベッドから情けない声がしたのだった。



 海斗は杏子(あんず)の匂いを嗅いだ気がして目覚めると、また幽体離脱したかと思った。

それは、ベッドの足のほうに自分を羽交い締めにするのが大好きらしいあの亀の怪物がいて、こちらを見ていたからだった。

「ダイゴ、ガオくんの寝顔がそんなに好きか?」

くるみの声だった。

「うん」

すでにこの怪物とは自己紹介して友達になったのだった。

友達になった人には手をださない。

それがダイゴの信条だった。

「おはよう。ダイゴくん」

「もうおはようじゃないよ。お昼だもん」

どうやら融通のきかない人らしかった。

「ガオくんも着替えたらこっち来て」

くるみがそんなことを言うのは珍しいと海斗は思った。

いつもなら海斗が高校に行くときもベッドに寝ていて、海斗になど全然関心がないようだったからだ。

「でも裸を覗くと必ずばれるんだよな」

海斗は不思議でならなかった。

実は覗きの時の海斗がとんでもない目力(めぢから)をしていて、見られた者が圧さえ感じていることなど気づいていない。

「すぐ行きます」

と返事をすると、急いで学生服に着替えた始めたのだったが、途中でもう高校へ行く必要がないことに気がついて普段着に変えた。

3年生の3学期。

卒業試験も終わり、3年生の海斗は卒業式まで自宅待機なのだった。



「で、ウチはみいを探しに行くから留守にするけど、その間ちょっかい出してくる奴らからここを守ってほしいわけ」

と言われても海斗に吸血鬼やヒトデナシのような人外を相手にできる力はない。

必然的に期待はダイゴに向かうわけだが、

「ぼくはくるみと一緒がいい」

ついて行くと言う。

ならばと海斗も、

「ぼくも暇だからついて行きたいです」

と言うとくるみは頷いて、

「いいよ。他に頼もう。入っておいで」

と言うと、入り口の大扉がギーと音を立ててゆっくりと開いた。

「おじゃまします」

と言って入ってきたのは、

「ののか!」

恋人のふりをして海斗を11月の寒夜に襲ったはいいが、結局くるみに成敗された吸血鬼だった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

新章開始です。
いよいよくるみたちがネオワンガン制覇への道を驀進しはじめます


『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル
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