第66話 <5ガオン

文字数 3,392文字

 ジュンギは天才だった。

授業中は漫画ばかり描いているのにテストはいつも100点だった。

この間のIQテストで140を超えた、ただ一人のネオ・若葉区の小学生だった。

頭が大きくひょろひょろの体で外国人のように白い肌をして一見弱そうに見えるが、

その目は落ちくぼんでギラギラと輝き、マッドサイエンティストを彷彿とさせる眼をしていた。

ジュンギは寝るとき、部屋に付けたパトカーの赤色灯をいつも点灯しているという。

なんでそんなことするか聞いたヤツがいた。

ジュンギの答えはこうだ。

「よく寝られる」

さっぱり分からない。

そんなだから、ジュンギのことをなめるようなヤツはこのネオ・チシロ小学校にはいないのだった。

 ジュンギは絵が得意だった。

オリジナルキャラの「ガンモドキ」が活躍するギャグ漫画をノートに描き溜めていた。

 ノンカがヌマオに呑み込まれる数ヶ月前のある日、ジュンギに声を掛けてきた。

「漫画雑誌作らない?」

ノンカのことは目立とう精神の塊だから大嫌いだったが、ジュンギも漫画雑誌という言葉には心引かれるものがあった。

それでジュンギはノートに描きためた漫画を改稿した『ガンモドキ先生』10話分を提供した。

それを受けてノンカは、

『週刊ノンカ』

「大爆笑ギャグ漫画『ガンモドキ先生』、スポ根野球漫画『ねんねこさん』同時掲載!」

と帯を着けて漫画雑誌を発刊した。

ちなみに『ねんねこさん』というのは、タイトルは『ネオ・あぶさん』をもじり、主人公はジュンギ考案のネコのキャラという、ほぼパクリのノンカ作の漫画だ。

 そのころノンカは小学校で商売をしていた。

それは同級生から不要品を譲り受けて他の人に売りつける商売だった。

普通は物品が売れた場合、提供者に売上金を渡しそこからマージンを貰うというのが一般だが、ノンカは売り上げの全額を自分の懐にしていた。

つまりノンカがやっていることは転売ヤーだった。

ノンカがどうやって物品を仕入れているかは知らない。

おそらく得意の嘘で丸め込んでいるのだろう。

けれど商売は繁盛していて、資産もすでに数千円に上っていた。

その余剰資産を利用して漫画雑誌出版を志したというのだ。

ただ、コピー機なんてものも、パソコンなんてのもないから全部手書き。

紙とインクはノンカが提供した。製本もノンカがやった。

一版一冊の出来だった。

それを10円の金を取ってクラスの人間に回し読みさせる。

珍しさも手伝ってクラスの男子全員が購読者になった。女子も読んでくれた。

女子にはグループで10円、可愛い子にはタダにした。

アオチとニシマキが読みたいと言った時もタダにした。

ノンカの商売は右肩上がりだった。

 ところがだ。

3号まで発刊した時、ノンカが担任の女先生に呼び出された。

戻って来たノンカがしょげかえってジュンギに言った。

「小学校で商売しちゃだめだって」

まあ、当然と言えば当然すぎる結末だった。

ジュンギも、漫画を読んだクラスのみんなの反響は嬉しかったが、禁止されたのならしかたないと思った。

それで漫画雑誌廃刊を了承したのだった。

 数日後、ノンカに紙袋を渡された。

「なんだ?」

「原稿料だよ。商売で稼いだ金全部つぎ込んだ」

中を見ると、ジュンギが前から欲しかった、

『ネオ・魔太郎が来る』全12巻が入っていた。

「いいのか?」

「いいよ。ジュンギのおかげで繁盛してたから」

案外いいやつだとジュンギはその時思ったのだった。



 そのノンカがヌマオにやられたという知らせがジュンギの元にも届いた。

パヤとブルも一緒だそうだが、ジュンギは二人にまったく興味が無かった。

教室でアオチ勢が集まって善後策を練っていたが、ジュンギは知らぬ風だった。

ジュンギはネオ・チシロ小学校側の住宅地に家があるので、本来アオチ勢のはずだがまったく関わろうとしなかった。

ただ、アオチとは顔を合わせれば会話ぐらいはした。

他の生徒がそうであるように、ケンカが強いとかガタイがいいとかが理由ではなかった。

それはアオチの絵のセンスに一目置いていたからだ。

アオチはほとんど絵を描くことはないが、図工で風景画を描いたとき鉛筆の下描きはそれほどでもないのに、色を塗った途端に目の覚めるような名画に変貌させた。

それ以来ジュンギはアオチだけは他の生徒とは別と思っていた。

ただ、それ以上でもそれ以下でもない。

もともと徒党を組むのが好きでないジュンギは、ぼっちをよしとしていたのだった。

 ジュンギは考えた。

「ノンカを探しに行こう」

ジュンギは天才だ。これまでのように直でヌマオに対峙するようなアホなことはしない。

「まず、ノンカの家に行く」

口実はあった。

ノンカに預けた漫画原稿7話分が戻って来ていなかった。

先生は何も話してくれなかったが、親御さんなら心配して訪ねて来た同級生にいろいろ話してくれるに違いない。

ジュンギはそう考えて放課後、ノンカの家のあるノースタウンに出掛けたのだった。


 ノンカの家はノースタウンの端の端、森が直ぐ目の前に迫る場所にあった。

ピンポーン。

呼び鈴を押しても反応がない。

ノンカの母親は確か専業主婦だからいつでも家にいるはずだった。

試しに玄関のノブを回してみる。

玄関の鍵は開いていてドアを開くことが出来た。

「いらっしゃい」

玄関に立っていたのはノンカだった。

「ノンカいたのか?」

「まあね。どうぞ」

と言って中に入れてくれた。

「こっちだよ。あ、ママが寝てるから静にね」

と言った。

ジュンギがリビングの中を覗くとソファーに寝そべってイビキを掻いている女が見えた。

チェック柄の割烹着を着て、何故かプラ製の長靴べらを持ったまま眠り込んでいた。

ガタ!

ジュンギは床に転がったビール瓶に蹴躓いてしまった。

気付くと、床は潰れた空缶や酒瓶がたくさん転げてあった。

「静かに、ママが起きると怖いから」

とノンカがおびえた様子で言った。

「怖い?」

「あの靴べらでひっぱたかれる」

と言ってノンカは半ズボンの太ももを指した。

そこには真っ赤なミミズ腫れの跡がいくつも付いていた。

「痛そうだな」

「痛いよ。冬なんか特にね」

ノンカは冬の寒い間もずっと半ズボンをはいて学校に来ていた。

肌が乾燥しすぎてカサカサになっていたのをジュンギは思い出した。

「手加減してくれないんだよ」

ノンカは階段を上りながら言ったのだった。

「ひっぱたかれるときは本当に殺されるって思うよ」

そんなに酷いとことされてるとは全然知らなかった。

「で、今日は何しに?」

部屋に入るとノンカが聞いてきた。

そういえばヌマオにやられたと聞いたからノンカを探しに来たのだったが、家にいたのなら目的はなかった。

そして、

「俺の漫画返してもらいに来た」

と口実にしようと思っていたことを伝えた。

すると、ノンカは急に暗い顔をして、

「ごめん。あれダメにしちゃったんだ」

それを聞いてジュンギはむかっとした。

大事に保管すると言ったので預けていたからだ。

「どういうことだ?」

といきり立つと、ノンカは、

「パヤに捕まって鞄ごと簀巻きにされたんだけど、そこに原稿が入ってたんだよ」

「じゃあ、鞄の中にあるじゃないか」

「あるよ。でもだめなんだ」

とノンカは言うなり泣き出した。

「泣くなよ。聞いてやるから」

するとノンカは、

「ヌマオの腹の中だから」

と言った。

「じゃあ、取りに行こう」

というとノンカは渋って、

「だめ。帰りが遅くなると朝まで家に入れて貰えない」

冬でも一晩中閉め出されるという。

「今度の日曜ならどうだ?」

するとノンカは少し考えて、

「やっぱだめだよ。だって僕もヌマオの腹の中だもの」

と言って、忽然と姿を消したのだった。

 気付くとジュンギは玄関のノブを掴んで立っていた。

「俺は何を見せられたんだ?」

そう独り言つと、ジュンギは急いでノンカの家を後にしたのだった。


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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

天才少年ジュンギの登場です。

ノンカの意外な商才も披瀝されました。それと悲惨な家庭環境も。

漫画雑誌で関わりのあったジュンギはノンカを探しに行くことにします。

でも、ノンカはもうヌマオに呑み込まれてしまった後です。

はたしてジュンギは諦めてしまうのでしょうか?



今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル
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