第9話 <5ガ、ガオ

文字数 4,213文字

二人が一緒になった巨大な影が月明かりの水門橋の上で蠢いている。

一人は筋骨むき出しの腕で海斗をねじり上げる怪物。

もう一人はその腕から逃れようと必死にもがく海斗だった。

ずいぶんと長い時間そうしているが、一向に状況は変わらない。

というのも、怪物が海斗のことを捩じり殺してしまわぬよう気を付けているからだった。

この怪物、実は姉がいて、それがなによりも怖い。

以前、同じように学生に成りすまして相手の男を騙くらかし捕まえたはいいが、自分のバカ力で胴を捩じ切ってしまったことがある。

素魂(すだま)(にが)まずくしやがって、バカかお前は!」

と罵られた上、姉に頸椎を絞り上げられたのだった。

その時の後遺症で、いまだに右半身に痺れがのこっている。

この怪物、素魂喰(すだまぐ)いの高梨(たかなし)ダイゴと言い、姉を同じく高梨うたと言った。

素魂喰いとは、血の代わりに素魂を喰らう吸血鬼の亜種のことだ。

素魂喰いに魂を喰われた人間は、幽体離脱した時のように自分の事を別の所から見ている感覚になるという。

そして、素魂喰いに素魂を吸収されてしまうとその人間は死んでしまう。元の体に素魂が戻れなくなるからだ。

で、ダイゴくん。これからどうすればいいかわからない。

「姉さん早く出てきてくれないかな」

なんて思っている。水門の下をチラチラ見ながら。

段どりでは、ダイゴが学生を捕まえたら、ドキドキの頂点で姉が現れて素魂をいただく。

となっていたはずだが、いっこうに姉は水門下の住処から姿を現してくれない。

ゴボ、ゴボゴボ、ゴボゴボゴボ。

と、さっきから同じ音をさせている。

実はダイゴは気づいていなかった。

段取りを間違えていることを。

「ドキドキの頂点であたしが登場。びっくりしたところで捕まえて素魂をいただく」

捕まえて正体を現し絞り上げたら、ドキドキが消えて恐怖と苦痛に変わってしまう。

せっかく美味しく料理していた素魂が、苦まずくなってしまうのだ。

高揚気分のレシピ。あらゆるレシピの中でもっとも即効性がある。

それをダイゴはいつまでたっても分からなかった。

だから、先ほどからの

ゴボ、ゴボゴボ、ゴボゴボゴボ。

という音は、姉の不満声なのだ。

そうこうするうち、海斗の口から素魂が出かけているのをダイゴは見た。

しかたなしに、そのバカ力で海斗の胴を絞めると気絶させて橋の欄干にもたせ掛けた。

そして、水門の下の水面に向かって、

「姉さん、出番だよ」

と小声で呼びかける。

「おかしいな。寝ちゃったのかな」

「おい、うた。起きやがれ!」

横から女の声がした。

ダイゴがそちらを向くと、橋の欄干から人が身を乗り出していた。

黒髪眼鏡で紺のセーラー服を着た地味目の格好だが、スカートはやたら短い女子校生。

手には、月光にギラッギラ煌めくデコ木刀が握られている。

「おま、くるみ」

ダイゴはバカだが、海斗ほど身なりに惑わされない。一目でくるみと分かったようだった。

「よう、ダイゴ。久しぶりだな」

「なんでくるみがこんなとこにいるんだ?」

くるみはダイゴなんかに高校に通っていると言うのは気恥ずかしいので、

小口(こぐち)ネギきらしちまって、買い出しに来たんだよ」

「小口ネギ? そこのスーパーで?」

「そ、そうだ」

くるみは買い物なんかしたことないので、この近くにワイノマートという格安スーパーがあることなど知らなかった。

「吸血鬼が?」

「たまには食べる」

「そんな格好してか?」

「悪いか?」

「いや、悪かないが、ちょっと吸血鬼にしては地味すぎる」

一応吸血鬼は支配者なので、その存在を人間に強烈にアピールする必要から、どの吸血鬼も派手目の恰好をする。

「調子狂うな」

と言ったのはくるみだ。

「何?」

「ダイゴと話すと、調子狂うっての」

「何で?」

「お前が状況把握力ゼロだからだ」

ダイゴは腕組みをして必死に考えているが、答えはきっといつまでたっても出てこないだろう。

「その学生さんの素魂を頂こうとしてることだ」

「あ、そうか。それがどうした?」

「食べちゃダメなの。今月はまだ」

「あ、そっか。Rの付く月は食べちゃだめなんだっけ」

「それは牡蠣な。Rの付く月は食べていいの」

「あ、間違えてた」

「ちな、今月はNovemberでRが付くから食べていい月」

「じゃあ、食べて良くない?」

「ちが。そうでなくて」

余計な蘊蓄で話をややこしくしてしまったので、くるみは水面に向かって叫んだ。

「おいうた、そろそろ出て来てくれねーか?」

ゴボ、ゴボゴボ、ゴボゴボゴボ。

「ゴボゴボはいいから、はよ出てこいや」

すると、水面に大きな波が立ちはじめ、まるでそこに吸い込まれるかのように、海風が強く吹き付け始めた。

次いで水柱が勢いよく上がったかと思うと、水門の監視塔の上空にギラギラと光る巨大な太刀魚が姿を現した。

その太刀魚の下半身は人外を思わせるが、上半身は女の子なのだった。

針のような紫と赤のまだら髪、大きな黒い瞳と長いまつ毛、ぷっくりとした赤い唇。形の良い乳房とくびれのはっきりした腰までは、可愛らしさがあった。

「くるみ、人の食餌の邪魔すんな」

「掟だ。破ったら死罪。知ってるだろ」

突然現れたもう一人の怪物を見上げて言う。

「あー、そうだっけ? でもそれは吸血鬼の掟だろ。あたしら素魂喰いにはあたらない」

素魂喰いと吸血鬼との区分は非常に微妙で、亜種とする場合と別種とする場合とがケースバイケースなのだった。

「ボコボコしてて聞いてなかったかもだけど、この掟は別種、亜種関係なく適用されんのよ」

この掟には全種適合マークが付いていた。

「知るか! こっちは11月中にゲットしなきゃなんねーの」

「まあ、わかるけど掟破りは死あるのみ」

と言った刹那、デコ木刀のくるみは高梨うたの胸元にいた。

一瞬で水門橋からうたのいる監視塔の上までジャンプしたのだ。

バゴン! きらきらきら!

血煙が上がった。月の光に妙にバえて美しかった。

ぱらぱらぱら。

地面におりるとすかさず、スワロフスキを拾い集める。

「ひとつ、ふたつ、みっつ……」

胸元を盛大に切られた高梨うたが、地面のダイゴの様子をあきれ顔で見下ろしながら、

「ダイゴ、何してんだ! くるみを殺るんだよ!」

「あ、はい」

くるみと一緒になってスワロフスキを拾おうとしてたダイゴはそう言われて、くるみを見つめたが、

「黙ってそこにいろ」

と、デコ木刀の切っ先をあごに当てられ動きが取れなくなった。

くるみは、ダイゴが差し出した手の中から、

「ありがとね」

とスワロフスキを取ると、再び跳躍して今度は高梨うたの背後に現れ、袈裟に背中を切り降ろす。

ガン! きらきらきら!

血煙。月映え。

ぱらぱらぱら。

たまらなくなった高梨うたは、

どう!

と、地面に落下する。

とぐろを巻いて自身を守る体勢の高梨うたの前にくるみが立って

「ダイゴに免じて許してやるが、二度とここらに現れるな」

と言った。

高梨うたはとぐろのなかで刀傷を抑えながら震えている。

実力差が歴然としていた。

「なんでよそ者のお前に指図されなきゃなんない。ここはあたしの地元だ」

高梨うたは、シンウラヤス生まれのシンウラヤス育ち。

小学校はシンネコザネ小、中学はシンウラヤス中学、高校も第13ネオワンガン高校を出ている。

生粋のシンウラヤスっ子だった。

「やるのか?」

くるみがデコ木刀を握りなおすと、

「やらない」

と言ってサカイ川に飛び込み下流に向けて泳ぎ去ってゆく。

ダイゴがそれに追いすがるように、

「姉さん!」

と、欄干に身を乗り出して叫ぶ。

くるみがダイゴに近づき、

「あれ、お前の姉さんじゃねーんだよ」

と言うと、

「うそ」

「うそでないよ。お前しっぽ生えてねーだろ」

「あ、本当だ!」

ダイゴが自分の尻に手を当てて驚いたように言った。

「いまさらか?」

ダイゴが、拾っておいたさっきの分のスワロフスキを差し出しながら、

「俺、掟破ったから殺されるの?」

と聞いて来た。

「いや、まだ殺してないだろ」

と、くるみはダイゴの手からスワロフスキをつかみ取る。

「この学生さん? そうだった気絶させただけだった」

「ちげーよ。お前がさっき飲み込んだ素魂のほうだ」

くるみはデコ木刀を喉元に押し当てると、

「出せ」

と言った。

ダイゴはものすごく残念そうな表情をしたが、くるみの顔が怖かったので、

「出す」

といって、自分の口にぶっとい指を突っ込んだ。

「おえ、げえええ。げへげへ」

にゅるっとした塊がダイゴの口から湧き出てきて、パチンと皮膜が破れると、中からエクトプラズムよろしく素魂が出てきた。

さらにそれは宙を泳ぐように高校に向かって飛び去ってゆく。

「いいよ、帰んな」

「姉さんがいないと、水門に入れない」

「だから、あいつはお前の姉さんじゃないっての」

「そうか。じゃあ俺姉なし、宿なしになっちゃった」

「まあ、そこらで野宿すんだな」

途方に暮れた顔をしてダイゴは歩き去った。

「ついでに彼女もなさそうだな。彼氏か、あいつの場合」

くるみは、欄干にもたれたままの海斗のもとへ行って、

「ガオくん。起きろ!」

と、幸せそうな顔をして寝ている海斗のことをデコ木刀で突っついた。

一応海斗にわかるようにカツラは外してピンクの髪は露わにしておく。

「ガオ!」

「またそれかよ。君は何者でもないのよ」

「ガオ?」

「お友達は大丈夫だよ」

「ガオー」

「その、ショックでガオるのなんとかなんない?」

「すみません」

「お友達探して来な。きっと、ガッコのどこかで眠ってる」

「ありがとうございました」

海斗は立ち上がって頭を下げると、くるみがデコ木刀を手にしていることに気が付いた。

「あ、使ってもらえたんですね。エフェクトどうでした?」

「ああ、良いね。しばらくうちにいていいよ」

と言われて、海斗はガッツポーズをしたのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

高梨うたとダイゴという名前で、お!と思ったあなたは
相当のネオワンガンフリークです。

ネオワンガンには2つの多い姓があって、それは、

宇田川(うだがわ)
醍醐(だいご)

です。

最近になって気づいたんですが、この宇田川と醍醐とは
平安中期の宇多(うた)天皇と醍醐天皇父子から来てるようです。
菅原道真の時代の天皇です。

御領でもあったんでしょうか?


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今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル

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