第5話 <1ガ、ガオ

文字数 3,342文字

海斗はテーブルに突っ伏した状態で目を覚ました。

目の前にデコ途中の木刀が置いてある。

そこはシンデルカモ城のネズ男爵秘密の部屋だった。

あれからここに戻ってお互い自己紹介をしあったが、相手から聞かされたのは、
まさかというかやっぱり吸血鬼ということだった。

「あ、ガオくんの血なんていらないから」

とは言われたけれど、ののかのこともあるから気をはっていたつもりだったが、昨晩はいろいろありすぎた。

つい寝落ちした。

ベッドを見るともぬけの殻だった。

「食事かな」

と海斗が想像していると、

ギッ。

通用口の扉が開いた。

急いで寝たふりを決め込む。

足音が中に入って来る。

細目を開けて見ると、

窓辺に月影に照らされ、美しく透き通るような肌をした裸の女性が立っていた。

海斗は目を閉じようとしたが、瞼が言うことを聞いてくれない。

その裸体を脳裏に刻み付けんとバッキバキに目を見開いてしまっている。

「女の裸が珍しいか?」

くるみの声だ。

「ガオ」

その間に、部屋の隅の衝立に裸のくるみは消えた。

そして着替えの衣擦れの音をさせながら、

「シャワーを浴びに行く時はいつも裸なんで。これからは気を付ける」

と言った。

これからはというのは、海斗が家なし親なしですと言ったら、しばらくここに住んでいいと言ってもらっていたからだ。

ついでに、

「彼女もなしだな、ウチが抹消したせいで」

と言われた。

「命なしよりましです。ありがとうございました。ガーオ」

と海斗は礼をした。「ガオ」が口癖になってしまっている。

聞けば京藤くるみは海斗と同じ第13ネオワンガン高校3年生だった。

くるみは夜間高校に通っていたので海斗は知らなかったのだ。

因みに、くるみが夜間に通うのは吸血鬼だからではない。

朝起きられないからだ。

この世紀末の吸血鬼は夜行性ではあるが、ののかでもわかるとおり太陽などなんともない。

年齢は海斗と同じ18才。

本当の年齢は不明。

ののかのように300才とかありそうだが、ののかがひよっこと言っていたところから推して吸血鬼的には若年なのだろう。

もしかしたら犬や猫のように、人間に直したら的な意味合いでの18才と言うこともあり得る。

「高校生コンビですね」

と海斗が言うと、

「コンビではない」

とくるみは一蹴した。



日が昇るころ、大窓に暗幕が下りた。

「夕方まで寝る。今日は学校に行くつもりだから」

と言って、くるみはベッドに入って寝息を立て始めた。

こういう行動を見るとやはり太陽が苦手なのかと思ってしまうが、多くの若者がそうなのと同じでくるみの生活が単に昼夜逆転しているだけなのだ。

彼らは吸血によって生命を維持するから吸血鬼と呼ばれているが、十字架もニンニクも太陽も、古来弱点とされたものとは無縁である。

そもそも太陽光で死ぬ生物など、地球で生きられるはずがないだろう。

もしいたとしても洞窟の奥から一生出てこないような生き方をするか、
アリジゴクのように土の中から獲物を狙うか。

それはもはや人の形をした吸血鬼ではない。

ニンニクにアレルギーを持つ吸血鬼はいるが、それも関西人が納豆嫌いと言うのとほぼ一緒。

十字架は人間が捏造した権威でしかないから論外。

彼らの身体能力の高さと特異能力の多彩さ。

それこそが人類の抵抗を無力化させこの世紀末を吸血鬼のものにした要因だった。

ただ、彼らは群れない。だから政治的に支配しない。

恐怖と力のみで支配する。



海斗は8時にここを出れば遅刻せずに登校できそうなので、それまでデコ作業をすることにする。

くるみは急がなくていいと言ったが、海斗はなるはやで仕上げて見て貰おうと思っている。

というのも、この木刀のバエをくるみがとても気にしていたからだった。

夜の戦いの合間にも、何度も素振りをしてはパラパラ落ちるスワロフスキを拾い集めていた。

「付きすぎず取れにくいようにしてくれ」

それがくるみの要望だった。

「木刀が敵にあたった時に、十数個跳ね散らばるのがいい」

海斗にはなかなかに難しい要望だった。

ガンプラではパーツを剥がれやすくは作らないからだ。

前任者の星形みいはその絶妙のバランスをわきまえていた。

「こうやってぶん回して相手にあたるとだな」

と言ってデコ木刀を振り回し、

「あたった瞬間、キラキラキラと煌めいて飛び散って」

手をティンクルティンクルリトルスターして、

「パラパラパラといい音して落ちるんだ。みいがやると」

べた褒めだった。技術よりも星形みいという存在を。

それで海斗はなんとかくるみが満足いくようにデコってあげようと思った。

このそっけないが心優しい吸血鬼の心に開いた穴を少しでも埋めてあげたくなったのだ。




海斗が高校へ行くと、ののかのことはまだ噂にもなっていなかった。

今後、海斗が言わない限りののかが吸血鬼だったことは知られることはないだろうし、

このまま学校に現れなくても誰も気にもしないだろう。

それはこの高校の生徒が薄情だからではない。

大災疫以降、身近な人が突然目の前からいなくなったり、いつの間にか死んでいたりというのは、当たり前になったからだ。

大災疫は太平洋からボウソウの山並みを超えて襲来したと言われている。

しかし、それを見た人は誰もいない。

何故なら大災疫は現象だからだ。

最初に発現したのはここネオワンガン地域だった。

人が集まる場所で突然人が消える。そういう現象だ。

倒れたり、叫んだり、震え出したりなどしない。フッと消える。

これまでもこれからも存在していないかのように、その場で消えてしまう。

最初にその現象がメディアにとりあげられたのが、ここネズ男爵リゾートだった。

「アトラクションに乗って出てきたら、後ろの人がいなくなってた」

「外で列に並んでて屋内に入ったら誰も並んでなかった」

「トイレに入った友達が出てこないから上から見たら、スマフォだけが落ちてた」

まるで都市伝説が現実となったかのようだった。

しかし、それが大都市の繁華街やイベント会場、飲食店で発現するようになり、地方都市に飛び火して全国に広まって、一気に人口が激減していった。

そして10年で全人口が大災疫前の10%になってしまう。

対策らしい対策もとれぬまま、とにかく密集しない以外に方法がなく、その後も人口は減り続け今や国民は1000万人にも満たなくなってしまった。

それはこの国だけの現象ではない。世界中が同じなのだ。

こうした急激な人口減は生産や流通に大打撃を加え、経済を止め、社会を崩壊させてしまった。

その隙間に現れたのが、吸血鬼やヒトデナシなど人外の存在だった。

それでもネオワンガン特区は生き残った人々の努力で復興してきた。

まずは教育からというのが未来に希望を託した人たちの想いだった。

だからネオワンガン特区は教育施設が充実している。

ただ密集できないので、一学年十数名。

一つの学校で50名を定員とするため、ネオワンガン高校は第50までナンバリングされている。

幸い箱は余るほどあった。

海斗とくるみが通う第13ネオワンガン高校は、シンウラヤス市内を流れるサカイ川べりにある。

大災疫前までそこにあった旧県立高校の校舎を再利用して開校した。

ただ旧県立高校の校舎は、ネズ男爵ランドより古く、シンウラヤス地域が埋め立てられてすぐの建設の砂塵が舞う中で出来たので老朽化もひどい。

教室の壁はところどころヒビ割れがはしり、天井は至る所から雨漏りがしているし、液状化で校舎が傾き廊下が坂になっている。

悪い奴らがそれをカタパルト代わりにロケット花火を打ち上げるなんていうことは日常だ。

そういう高校に海斗とくるみは通っている。


---------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

大災疫。
密が禁忌なところとか。
どっかで見知ったような現象です。

また、この世紀末の吸血鬼はちょっと弱点がみあたらないくらいの強者です。
その中でも戦闘吸血鬼はけた外れの強さを誇ります。
くるみも星形みいも戦闘吸血鬼です。

もしよろしければ、☆お気に入りやファンレターを頂けますと毎日の励みになりうれしいです。

今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み