第29話 <19ガオー

文字数 2,603文字

 高梨ダイゴはカサイリンカイ公園を猛ダッシュしながら精一杯頭を振り絞って考えた。

今自分の腕の中にある海斗をどうしたらいいかをだ。

もともとダイゴは考えるのが得意ではなかった。

獲物が目の前にあったら喰う。

そうやって反射的に生きてきた。

「それではダメだよ」

と教えてくれた人がいた。

勿論、姉の高梨うたではない。

小学校の先生かと言えば、そうでもない。

それは、ダイゴを最初に小学校に誘ってくれた少女、醍醐(だいご)エバだった。

醍醐エバとダイゴとは、ダイゴが小学校3年で同じクラスになってから、シンネコザネ中学を卒業するまで友達だった。

その間ずっとダイゴの側にいて、色々なことを教えてくれたのだった。

高校は醍醐エバが、ネオワンガンで一番頭がいい人が行く第1ネオワンガン高校に進学したから別れ別れになってしまった。

因みにダイゴも第13ネオワンガン高校に進学したが、姉のうたが無駄だと言って行かせてくれなかったため中途退学扱いになっている。

 その醍醐エバと小学校に行くようになってすぐ、知らない子がダイゴに話しかけてきた。

その子は急に目の前に現れたから、ダイゴは捕食姿勢になって抱きかかえてしまった。

すると醍醐エバが、

「ダメだよ。知らない人だからって食べちゃ。友達かもしれないじゃん」

と言った。

「知らない人は友達じゃないよ」

とダイゴが答えると、

「今は友達じゃないけど、友達になる子かもしれないじゃない。ならそれは友達ってことだよ」

ダイゴはなるほどなと思った。

でも疑問が残った。

「友達になるかもしれない子って、どうやったらわかるの?」

すると醍醐エバは少し考えて、

「じゃあ、こう考えたらどうかな。この子はあたしのお友達なの。ダイゴくんとあたしは友達でしょ。なら、ダイゴくんも友達になれるかもしれないって」

それがダイゴが初めて知った考えるということだった。

「友だちの友だちだったら友だちになるかもしれない。だから知らない人でも食べちゃダメ」

今、高梨ダイゴが考えているのはそのことだった。

 姉の高梨うたにたたき起こされて、カサイリンカイ水族館に獲物を捕獲にきたまではよかった。

巨大な空の水槽の中にそれを見付けた時は、捕食衝動が勝って分厚いガラスをぶち破り、勢いで抱きかかえるとそのまま素魂を吸い出した。

さて、姉のもとに戻ろうとして水族館の通路を歩いていて、腕の中の素魂の主の顔を見ると、それに見覚えがあった。

「ガオくんじゃん」

かつてもダイゴにとって海斗は獲物だった。

11月にはねぐらの水門の上で抱き合い胴体をねじり上げて気絶もさせた。

京藤くるみの邪魔が入らなかったら素魂を喰っていたはずだ。

つまり、知らない人だった。

でも、今はどうか。

京藤くるみは居心地のいい住むところをくれた。

釣りをしたいと言った自分に付き合ってくれた。釣れなかったけど。

たくさんいろんなことを教えてくれた。

だからくるみはダイゴにとって友達だった。

そのくるみが海斗のことをダイゴに話してくれた。

それは醍醐エバが自分のお友達のことを話すのと同じ話し方だった。

ダイゴは醍醐エバがお友達のことを話すときは一生懸命聞いたものだった。

何故なら、その子はいずれダイゴの友達になるかもしれない、食べてはいけない人だからだ。

「食べちゃダメだったじゃん」

ようやく気付いたダイゴは咄嗟に行き先を変えた。

それまではこの素魂の主を姉の待っている旧エド川に連れて行けばよいと思っていた。

でも海斗と気が付いた今、ダイゴは海斗のことをくるみのもとに届けなければと思い直していた。

 問題があった。

旧エド川の水面で待っている姉の高梨うたをどうやって回避するかだ。

川に近づけばきっとうたが海斗をよこせと迫るだろう。

上流の旧カサイ橋まで迂回する方法もあるが遠すぎた。

旧カサイ橋は坂倉アイルと張能サヤとが戦ったテイタイ島のすぐ近くなので、ここから4、5kmあるのだ。

そんなに時間を掛けていては、取り込んだ素魂が消化されて海斗の体に戻せなくなる。

なら、今吐き出して戻せばいいようなものだがダイゴはそんな機転は利かない。

頑なにくるみに海斗を返すときに吐き出そうと思っている。

「しかたない」

ダイゴは意を決してこのままマイハマ橋を走って渡ることにした。

 ダイゴが鉄道橋を渡り始めたら旧エド川の水面から姉の声がかかった。

「ダイゴ! それをこっちへお寄こし」

ダイゴは無視して速度を上げる。

ダイゴの足が鉄橋を渡るけたたまい音が暗闇の水面に鳴り響く。

「ダイゴ! お前!」

姉はダイゴが獲物を横取りすると思った。

いくらダイゴがバカだと言ってもこの獲物の価値ぐらいわかるだろう。

「させるか!」

姉はその銀色の尾をダイゴの足に向けて放つ。

しゅるしゅると伸びる銀の鞭は、見事にダイゴの足首に絡みついてその動きを止める。

いつもならそれでダイゴは観念して、

「姉さん許して」

とおとなしくなるはずだった。

しかし、今回のダイゴは違った。

まず、水中に引きずり込まれないよう足を思いっきり踏ん張った。

次いで足首に絡みついた銀の(くびき)を掴むと、上腕の力を爆発させ引きちぎったのだ。

鉄道橋の下から魚類系素魂食いの叫び声がした。

最早それを気遣うダイゴではない。

ダイゴは対岸のシンウラヤスに向かって再び猛ダッシュを始めた。

対し自慢の尾を引きちぎられた素魂食いは、怒りでもはや獲物のことなど忘れてしまっていた。

「殺す!」

水面から飛び上がり敵の前に出ると、全身のウロコを逆立てて毒針を一気に放つ。

必殺の裏技だった。こういう時のために誰にも知らせず隠していた技だ。

しかしダイゴの爆走が一瞬早く、素魂食いはショルダーアタックをまともに喰らった。

爆速の巨体の破壊力は素魂食いを真っ二つにするのに十分だった。

暗黒の水底に、苦悶に歪む素魂食いの上体とともに銀色の尾びれがゆらゆらと沈んで行く。

それは呪われた(くびき)からダイゴが解放された証なのだった。

「急がなくちゃ」

ダイゴは振り向きもせず、寒風吹きすさぶ鉄路をシンデルカモ城へ駆け続けた。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

海斗を食べちゃったダイゴ。
悪縁を絶ってくるみのもとへ急行です。

今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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