第62話 <1ガオン 

文字数 2,863文字

「それじゃあ、ののかとヌコ、後を頼む」

旧ネズ男爵リゾートのワールドゲートで、ガオくんこと海斗と、素魂食いのダイゴを連れたくるみが言った。

「くるみネーネー元気でね。あたしたちネーネーが帰って来るまで、ここを死守するから」

と言ったのは猫実ヌコ。今やCEO(最高経営責任者)のくるみの右腕、COO(最高執行責任者)といってもよい地位になっている。

「くるみ姉さん。気を付けて。シンウラヤスの外にはまだまだ強い大本の吸血鬼がいますから」

如月ののか。ピンクメッシュが髪全体に広がって、さらにくるみ化が進行している。

「わかった。ののかも出すものそろそろ決めろよ」

くるみが心配そうに言った。

実はあれから3か月も経ったのに、ののかは未だに亜空間から出すものを決められずにいた。

「ハトの次はウサギか?」

弁天ナナミが横から茶々を入れる。

ナナミは自分よりも全然年が行っているはずのののかが、くるみの娘ということが気に入らないのだ。

くるみはそういうこといっさいを分かった上で、

「まあ、ウチが大本になったから、係累子のお前も強くなってる。大概の戦闘吸血鬼なら大丈夫と思うが、もしママとかが攻めてきたら呼んでな」

と笑顔で言ったのだった。

ママ。大本の吸血鬼の筆頭と言われる最強中の最強。猫実サキ。

くるみと、双子の姉ウルトラマリンの戦慄、夜野まひるの母でもある。

しかし、その居場所は誰一人把握していない。

古来より付き従って来た弁天ナナミもそれは一緒なのだ。

「サキママに会ったら、ナナミが寂しがってるって言ってね。くるみん」

弁天ナナミは、現在マツノ湯と旧ネズ男爵リゾートを毎日往復して、そのシステム全体を統括していた。

いわばくるみ一派のCTO(最高技術責任者)だ。

で、CA(Corporate Adviser/顧問)の猫実文男とCAO(最高会計責任者)の富岡ツルは前のままマツノ湯で湯治中で、ここにはいない。

 大本の吸血鬼は本拠を定めると、あまり動くことはないと言われているけれど、ここシンウラヤスの旧ネズ男爵リゾートは、地の利がいいので欲しがるものもいるかもしれない。

その地の利こそ、地下の亜空間トンネルの存在だった。

この星の人外のほとんどが、この地に来るのにこの亜空間トンネルを通ってきた。

ということは、すべての人外の退路を抑えているわけだから、地の利と言わずになんといえばいいか。

 70年ほど前、房総半島の向こう、太平洋から謎の疫病がやってきて大勢の人を消し去ってしまった。

それが大災疫だと人々は理解している。

その消えた人々の間隙を埋めるように人外が現れ出したため、大災疫と人外はワンセットと思われている。

しかし、それはどうやら違うようなのだ。

たまたまタイミングが重なっただけで、人々が消え去ったことと人外の出現は別物なのだ。

その証拠に、マツノ湯一派のような銭湯族やオオカミたち宿狼のように大災疫前から存在する人外も沢山いたのだった。

とまれ、人々が消え失せたことと人外が現れたこととを別にしないと、本当の敵がだれか見失うことになるだろう。

ただ、その情報は何者かによってコントロールされていて、人々の耳目にふれることは皆無なのだった。

それを正す必要がある。



 それはまず置いておいて、今回の旅の目的はくるみの元から1年前に消えた星形みいを探すことだ。

ここしばらく、くるみは戦いに明け暮れていたので、肝心な人探しが滞ってしまっていたが、

松月院えのきを倒して大本の吸血鬼に成り代わりネオワンガン地域を盤石にした今、まさに出発の時を迎えていた。

 まずは何処を探すかだ。

そのヒントになるのが、第二ワンガン計画道路の戦いの時のあの驚きだった。

くるみは鉄鋼団地の倉庫の大屋根の上で、双子の姉の夜野まひると鍔を競り合った。

その時、まひるが手にしていたデコ長槍の刃文が目に入った。

それは丁子文であったが、そこらにあるものとは比べようもないほど美しいものだった。

それに気づいてくるみは驚いた。驚いた隙に夜野まひるには逃げられた。

何故驚いたか。

「星形丁子文」だったからだ。

直刃に見立てながら、さらに沸き立つような刃文。

星形みい独特の細やかな文が浮き上がっていた。

獲物をデコるのはくるみのオリジナルで、夜野まひるのそれは真似っこだ。

まだマツノ湯で共に暮らしていた頃、それでケンカをしたこともあった。

「てめ、真似んな!」

「真似たのはくるみちゃんでしょ?」

「あんだと? グラディウス」

と怒ったくるみはラダーを発動しようとしてサキママに止められたのだった。

おそらくは、夜野まひるは、くるみの「星形丁子文」がうらやましくて、みいを拉致、強制的にデコらせたに違いない。

 今、夜野まひるの居場所は分っていない。

第二湾岸計画道路の戦いで、くるみの斬撃に耐えかねて旧京葉線の高架を逃げて行ってから、行方が知れない。

ただ、情報屋のオオカミの調べによると、それ以前は大本の吸血鬼の元にいたらしい。

それが中央バーチに巣食う大本吸血鬼の大宮ヌマオのところだという。

 大宮ヌマオの根城は中央バーチのネオ若葉区にある。

旧バーチ市街からネオ・トーガネまで伸びる幹線道路、ネオ・トーガネ街道はカソリ貝塚を過ぎたあたりから突然田園風景なにる。

その広大な田んぼを見下ろす丘陵の斜面に200年前に建てられた小学校がある。

それがネオチシロ小学校、大宮ヌマオの住処だった。

くるみは今、そこを目指している。

夜野まひるはもういないかもしれない、ましてや星形みいなど期待も薄い。

だが、現在くるみの手元にある手がかりは、それしかないのだ。

行かねばなるまい。

 くるみは旧ネズ男爵リゾートに残る者たちに手をふると、弁天ナナミが用意した真新しい単車にまたがった。

もちろん、ガオくんが車体全体をスワロフスキでデコってくれている。

「行くよ」

付き従うはガオくんこと佐々木海斗と素魂喰いの高梨ダイゴ。

まるで助さん格さんのごとき二人を連れ、中央バーチを目指して、くるみはアクセルを全開にしたのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

今回から、「ミイのばか! もう知らない!」の章です。

作者すら忘れかけていた、くるみの最初の目的、

最愛の人、星形みい探しの旅の始まりです。

最初の目的地は、中央バーチの若葉区は、旧チシロ小学校。

どんなところなんでしょうか?

作者も行ったこともないので詳しく知りません。

でもご心配なく。

今からゴーゴレマップのストリートビューでロケハンして、イメージを膨らませていこうと思っていますので。

あとCEOとかCOOとか。

くるみのところはこれまでのマツノ湯一派株式会社から完全持株会社に移行し組織変更もしたらしいです。

マツノ湯一派KKあらため、マツノ湯HD。以後お見知りおきを。


今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル
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