第23話 <13ガオー
文字数 2,383文字
冬休みになって、海斗はネオ・ラーメンショップ・13高校前店でアルバイトをしている。
坂倉アイルの店だ。
アイルの父親のラーメン屋のオヤジがぎっくり腰で家でねたきりになり、男手が足りなくて困っていたところを、海斗が手伝いますよと申し出て始まったことだった。
「海斗くん、本当にたすかるよ」
窮地に手を差し伸べた形だから、アイルからは寸胴鍋を右から左に移動しただけで感謝される。
居心地のいいバイトだった。
ただ、アルバイトが決まる前からオヤジには早くプロポーズしてしまえとけしかけられていたこともあって、アイルと二人きりで厨房に立っているとどうしても意識してしまう。
常連客からも結婚式はいつだ? とか、もうやっちまったのか? とか冷やかされるから、アイルもそれなりに意識はしているのだろう。
でも海斗は婚前交渉もせずに、もとい交際もせずにプロポーズはないと思うから、まず告るつもりでいた。
しかし、なかなかそのチャンスがない。
アルバイトを始めたころは仕事をこなすことに追われてそれどころじゃなかったし、
ようやく仕事に慣れてきたころになったらオヤジのぎっくり腰もよくなって店に戻ってきたからアイルと二人きりと言うことがなくなってしまった。
流石に焚きつけているオヤジ本人を前に、というか父親の前で、
「アイルさん、僕と付き合ってください」
とは言い出せなかった。
とはいえ、オヤジは何かというと、
「ホレ! 今だ! 言っちまえ」
とけしかけるのだったが。
ところが正月明けの初仕事の後、そのチャンスが突然やって来た。
正月早々ラーメンを食べに来る客は少なく、夕方過ぎたあたりからか客足も止まったので、時間より少し早いが店を閉めることになった。
片づけが終わって海斗がカウンターでオヤジとくつろいでいると、アイルが厨房奥のスペースから出て来た。
見ると、いつもは着ないような明るめの可愛らしいワンピースに着替えている。
そして海斗に近づいて来て、
「海斗くん。一緒にご飯食べに行かない?」
とアイルから誘ってきた。
オヤジはというと、手まねで行け行けとしながら、
「いててて、また腰の調子が」
なんて言っている。
お父様の許しが出たならばここは断る理由はない。
海斗はすかさず、
「いいですよ」
と答えたのだった。
坂倉アイルは、そろそろゆたかを追い出して海斗をラーメン屋の主人に据えるつもりになっていた。
お互いの気持ちという面では、自分は海斗に気があるとゆたかに伝えさせていたし、海斗もそれを受け入れているようだったからスムーズに事が運びそうだ。
そうなると次は海斗の周辺を整理する段なのだが、家なし親なしというだけならばゆたかの時のような乱暴なことをしなくてもよい。
だが、海斗には飼い主の京藤くるみというサイコパスがいた。
おそらく自分が海斗に惹かれるのと同じ匂いを嗅いで、飼っているのだろう。
海斗をくれと言って、あの女がはいそうですかと渡すはずもない。
どうしたって戦うことになる。
アイルとくるみとはお互い戦闘吸血鬼だが、くるみの発生の方が大本により近い。
だからアイルがくるみと戦って勝てるか分からない。
アイルはそのことで頭が痛かった。
夜の海風が冷たく頬を刺す中、アイルは海斗といっしょにマイハマ鉄橋を渡っている。
マイハマ鉄橋は、旧ネズ男爵リゾートの裏を流れる旧エド川にかかる鉄道橋だ。
以前は鉄道橋に並行してネオワンガン道の橋が架かっていたが今は落下して通行できない。
で、徒歩で旧エド川を渡ろうとすればこのマイハマ鉄橋を行くしかないのだった。
ラーメン屋を出てからもう30分は経っている。
「どこにいくんです?」
心なしか声を震わせて海斗が聞いた。
「カサイリンカイ公園だよ」
アイルが指さす向こう岸に、木々の影の向こうにまるで闇夜に隠れているかのような大観覧車が見えていた。
大災疫前、カサイリンカイ公園は旧カサイリンカイ水族館と大観覧車で有名だった。
水族館はマグロの回遊で知られ、巨大な水槽に銀色の体を翻して泳ぐ数百匹のマグロの姿は壮観で、それを見に全国から水族館ファンが訪れたものだった。
大災疫後は旧ネズ男爵リゾートと同様、人が寄らなくなって廃館となり放置されたままだ。
大観覧車の方はと言えば、昔は夜になるとネオンがシンウラヤスからも見えたものだったが、今は動くことなのない巨大なオブジェと化している。
アイルの後を追いかけながら海斗は
「あんなところに食べ物屋さんなんかなかったよな」
と思っている。
と同時に海斗らしい妄想を膨らませてもいた。
実は公園は恋人たちが夜な夜ないいことをするところだったからだ。
初デートにして、初エッチか?
海斗にはあまりに刺激が強すぎる展開に胸のワクワクが止まらなかった。
当然のことながら、アイルにはそんなつもりは微塵もない。
アイルがわざわざ海斗をここに連れて来たのは、海斗を会わせたいモノがいたからだった。
それは、大観覧車を根城にする戦闘吸血鬼、張能 サヤだった。
ゆたかに会うずっと前にアイルは張能サヤとの戦いに敗れ、今の生き方、戦わない生き方を選ぶことになった。
アイルはその因縁深い張能サヤに頭を下げて、くるみに対する共同戦線を願い出るつもりなのだ。
その人質として海斗を差し出す。
今夜はそのための誘い出しだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ガオくんはどうやらアイルに人質としてさしだされてしまうようです。
カサイリンカイ水族館に巣食う張能サヤとはいったいどんな戦闘吸血鬼なのか。
登場人物がいや増してゆくこの物語、いったいどこへ向かっているのか?
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
坂倉アイルの店だ。
アイルの父親のラーメン屋のオヤジがぎっくり腰で家でねたきりになり、男手が足りなくて困っていたところを、海斗が手伝いますよと申し出て始まったことだった。
「海斗くん、本当にたすかるよ」
窮地に手を差し伸べた形だから、アイルからは寸胴鍋を右から左に移動しただけで感謝される。
居心地のいいバイトだった。
ただ、アルバイトが決まる前からオヤジには早くプロポーズしてしまえとけしかけられていたこともあって、アイルと二人きりで厨房に立っているとどうしても意識してしまう。
常連客からも結婚式はいつだ? とか、もうやっちまったのか? とか冷やかされるから、アイルもそれなりに意識はしているのだろう。
でも海斗は婚前交渉もせずに、もとい交際もせずにプロポーズはないと思うから、まず告るつもりでいた。
しかし、なかなかそのチャンスがない。
アルバイトを始めたころは仕事をこなすことに追われてそれどころじゃなかったし、
ようやく仕事に慣れてきたころになったらオヤジのぎっくり腰もよくなって店に戻ってきたからアイルと二人きりと言うことがなくなってしまった。
流石に焚きつけているオヤジ本人を前に、というか父親の前で、
「アイルさん、僕と付き合ってください」
とは言い出せなかった。
とはいえ、オヤジは何かというと、
「ホレ! 今だ! 言っちまえ」
とけしかけるのだったが。
ところが正月明けの初仕事の後、そのチャンスが突然やって来た。
正月早々ラーメンを食べに来る客は少なく、夕方過ぎたあたりからか客足も止まったので、時間より少し早いが店を閉めることになった。
片づけが終わって海斗がカウンターでオヤジとくつろいでいると、アイルが厨房奥のスペースから出て来た。
見ると、いつもは着ないような明るめの可愛らしいワンピースに着替えている。
そして海斗に近づいて来て、
「海斗くん。一緒にご飯食べに行かない?」
とアイルから誘ってきた。
オヤジはというと、手まねで行け行けとしながら、
「いててて、また腰の調子が」
なんて言っている。
お父様の許しが出たならばここは断る理由はない。
海斗はすかさず、
「いいですよ」
と答えたのだった。
坂倉アイルは、そろそろゆたかを追い出して海斗をラーメン屋の主人に据えるつもりになっていた。
お互いの気持ちという面では、自分は海斗に気があるとゆたかに伝えさせていたし、海斗もそれを受け入れているようだったからスムーズに事が運びそうだ。
そうなると次は海斗の周辺を整理する段なのだが、家なし親なしというだけならばゆたかの時のような乱暴なことをしなくてもよい。
だが、海斗には飼い主の京藤くるみというサイコパスがいた。
おそらく自分が海斗に惹かれるのと同じ匂いを嗅いで、飼っているのだろう。
海斗をくれと言って、あの女がはいそうですかと渡すはずもない。
どうしたって戦うことになる。
アイルとくるみとはお互い戦闘吸血鬼だが、くるみの発生の方が大本により近い。
だからアイルがくるみと戦って勝てるか分からない。
アイルはそのことで頭が痛かった。
夜の海風が冷たく頬を刺す中、アイルは海斗といっしょにマイハマ鉄橋を渡っている。
マイハマ鉄橋は、旧ネズ男爵リゾートの裏を流れる旧エド川にかかる鉄道橋だ。
以前は鉄道橋に並行してネオワンガン道の橋が架かっていたが今は落下して通行できない。
で、徒歩で旧エド川を渡ろうとすればこのマイハマ鉄橋を行くしかないのだった。
ラーメン屋を出てからもう30分は経っている。
「どこにいくんです?」
心なしか声を震わせて海斗が聞いた。
「カサイリンカイ公園だよ」
アイルが指さす向こう岸に、木々の影の向こうにまるで闇夜に隠れているかのような大観覧車が見えていた。
大災疫前、カサイリンカイ公園は旧カサイリンカイ水族館と大観覧車で有名だった。
水族館はマグロの回遊で知られ、巨大な水槽に銀色の体を翻して泳ぐ数百匹のマグロの姿は壮観で、それを見に全国から水族館ファンが訪れたものだった。
大災疫後は旧ネズ男爵リゾートと同様、人が寄らなくなって廃館となり放置されたままだ。
大観覧車の方はと言えば、昔は夜になるとネオンがシンウラヤスからも見えたものだったが、今は動くことなのない巨大なオブジェと化している。
アイルの後を追いかけながら海斗は
「あんなところに食べ物屋さんなんかなかったよな」
と思っている。
と同時に海斗らしい妄想を膨らませてもいた。
実は公園は恋人たちが夜な夜ないいことをするところだったからだ。
初デートにして、初エッチか?
海斗にはあまりに刺激が強すぎる展開に胸のワクワクが止まらなかった。
当然のことながら、アイルにはそんなつもりは微塵もない。
アイルがわざわざ海斗をここに連れて来たのは、海斗を会わせたいモノがいたからだった。
それは、大観覧車を根城にする戦闘吸血鬼、
ゆたかに会うずっと前にアイルは張能サヤとの戦いに敗れ、今の生き方、戦わない生き方を選ぶことになった。
アイルはその因縁深い張能サヤに頭を下げて、くるみに対する共同戦線を願い出るつもりなのだ。
その人質として海斗を差し出す。
今夜はそのための誘い出しだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ガオくんはどうやらアイルに人質としてさしだされてしまうようです。
カサイリンカイ水族館に巣食う張能サヤとはいったいどんな戦闘吸血鬼なのか。
登場人物がいや増してゆくこの物語、いったいどこへ向かっているのか?
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル