第30話 <20ガオー
文字数 2,493文字
ゆたかはアイルが海斗をつれて出て行くのを見送ったあと、店のあと片付けをいつもより丁寧に行った。
それが終わると小上がりに腰掛けてしばらくの間、来し方を思い出していた。
アイルが閨 の中で肘立てて電子たばこを一服して言った。
「ラーメン屋さんするから」
いつもより激しい男女の交わりの後だった。
ゆたかはまだ二十歳を過ぎたばかりだったから店を始められるほどの甲斐性はなかった。
「じゃあ、お金貯めなくちゃ」
と、新しく仕事を探す気になったのだったが、
「お店、もうある。あしたからやる」
アイルは事もなげに言った。
昨夜遅く、ゆたかが体に圧迫感を感じて目を覚ますと、アイルが自分の上にのしかかっていた。
ゆたかの鼻の先に顔を寄せてニヤリと笑ったアイルは血まみれで、すでに全裸の肢体にも血糊がべっとりと付いていた。
閨 の中は血の匂いが充満しいやが上にも性的な興奮が高められていて、アイルは貪るような激しさでゆたかを求めたてきた。
二人はそのまま性急で野獣的な行為を朝まで続け、やっと一息ついたところだった。
ゆたかは、いつもは女子高生のようなかわいらしい顔をしたアイルがその凶暴性を爆発させる時があるのを知っていた。
そういうときは片手では収まらない人間が犠牲になることも、性的な衝動がそれに続くこともゆたかは経験済みだった。
そういうときのアイルは何故か血まみれの上、全裸で帰宅した。
だから、アイルが「お店」をどうやって準備したか、ゆたかは想像できた。
次の日「お店」に行ってみると、案の定、中は死体の山だった。
一家惨殺以上の数だったので、おそらく客ごと屠ったのだろう。
ゆたかのラーメン屋のオヤジとしての最初の仕事は、店内にぶちまけられた、血のり、脳汁、肉片、糞尿を綺麗に取り除くことだった。
それはなんとか一人で深夜までに終わらせることができた。
残ったのは血肉のもとの持ち主を裏の空き地に埋めることだった。
生きていればヒトデナシにくれてやることもできたが、奴らはスカベンジャーではないので死体になってしまうと見向きもしない。
だから山のようになった死体は埋めるしかなかった。
人数分の墓穴を掘って埋めるには相当時間がかかりそうだ。
アイルはどこで用意してきたのか、
「本日リニューアルオープン」
という幟を店の前に掲げてやる気満々だ。
ゆたかは他の方法を考えた。
「アイルさん。それバラバラにしてください」
アイルの手で死体を細切れにしてもらい、それらを一つの穴に放り込むことにしたのだ。
そうしてどうにか朝までに支度を間に合わせた。
メニューは、ラーメン、中ラーメン、大ラーメンのみ。
味は全て一緒だ。
こうして、ネオ・ラーメンショップ13校前店がリニューアルオープンし、ゆたかはラーメン屋のオヤジとなった。
その後は何度も経験したが、ゆたかがアイルの後始末をするのはこの時が初めてだった。
気持ちが悪いとか気味が悪いという感情が起きなかったわけではない。
でもアイルと一緒にいると何故か平然と対処することができたのだった。
ゆたかは、唯一の自分の荷物、マジソンスクウェアガーデンバッグから線香をとりだした。
あの日、死体を埋め終わってゆたかが手を合わようとしたら、
「辛気くさい」
とアイルが嫌がったのでしなかったのを思い出し、最後に供養のつもりで用意してきたのだ。
こうやって死者に手を合わせていると、ずっと忘れていた感覚がよみがえってきた。
俺、そういえば人間なんだった。
しばらくそうして蘇り来るものをしみじみ感じていたが、やがて
「アイルのことをよろしく」
と、お門違いなお祈りを済ますと、人生の殆どを過ごした場所を後にしたのだった。
「とりあえずシンウラヤスの街を出よう」
と駅を目指す。
昼間でも人通りの少ない駅前の大通りに人らしい姿は見当たらなかった。
でも吸血鬼はいた。
誰もいないのに駅の階段の下でチラシ配りをしていた。
「こんばんは。若返りたい方に朗報です」
そう言ってチラシを渡してきたのは吸血鬼邂逅協会の受付の吸血鬼だった。
「こんばんは」
「あら、古いほうの坂倉アイル様」
アイルに古いも新しいもないがなとゆたかが思っていると、
「あ、すみません。人間の方の坂倉アイル様」
以前協会に顔を出したときは、たまたまアイル宛ての懸賞金当選の電話に出たことをいいことにアイルになりすまして懸賞金をくすねようとしたのだった。
「その節はどうも」
結局、アイルを見知った夜野まひるにばれて何もしないで帰って来たのだったが。
いや、した。
マンハンの契約書にサインして海斗をスターに推したのだった。
結局アイルにはそのことを言っていなかった。
サインのことはともかく、海斗をスターにしたのは余計だった。
ゆたかはアイルのことを海斗に譲る気で身を引いたのだ。
取り消せないものか、ゆたかはそう思った。
「どうかされましたか?」
吸血鬼が朗らかな笑顔で尋ねてきた。
「伺ったときの方に、今から会うことは出来ませんか?」
そう言うと吸血鬼の表情が能面のように変わった。
「どの者でしょう?」
「パワーがダダ漏れの、いや、えっと、瞳がウルトラマリンブルーでロング髪の」
「分かりかねます」
事務的な応対だった。
やはり無理かと諦めかけたとき吸血鬼が、
「私は今すぐ協会に戻る用事ができてしまいました。私、いつも後ろをいっさい振り返りませんので、誰かが後について扉から入っても気がつかないと思います」
と言って、ゆたかにウインクした。
「それでは、さようなら」
きびすを返して吸血鬼がその場を立ち去ってゆく。
ハイヒールが海砂の浮いた路面を踏む音が響く。
ゆたかはその音を追いかけて吸血鬼邂逅協会へと向かったのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ゆたかがラーメン屋を去って行きました。
でも、少し心残りがあったみたいです。
吸血鬼邂逅協会へそれを取りに行きます。
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
それが終わると小上がりに腰掛けてしばらくの間、来し方を思い出していた。
アイルが
「ラーメン屋さんするから」
いつもより激しい男女の交わりの後だった。
ゆたかはまだ二十歳を過ぎたばかりだったから店を始められるほどの甲斐性はなかった。
「じゃあ、お金貯めなくちゃ」
と、新しく仕事を探す気になったのだったが、
「お店、もうある。あしたからやる」
アイルは事もなげに言った。
昨夜遅く、ゆたかが体に圧迫感を感じて目を覚ますと、アイルが自分の上にのしかかっていた。
ゆたかの鼻の先に顔を寄せてニヤリと笑ったアイルは血まみれで、すでに全裸の肢体にも血糊がべっとりと付いていた。
二人はそのまま性急で野獣的な行為を朝まで続け、やっと一息ついたところだった。
ゆたかは、いつもは女子高生のようなかわいらしい顔をしたアイルがその凶暴性を爆発させる時があるのを知っていた。
そういうときは片手では収まらない人間が犠牲になることも、性的な衝動がそれに続くこともゆたかは経験済みだった。
そういうときのアイルは何故か血まみれの上、全裸で帰宅した。
だから、アイルが「お店」をどうやって準備したか、ゆたかは想像できた。
次の日「お店」に行ってみると、案の定、中は死体の山だった。
一家惨殺以上の数だったので、おそらく客ごと屠ったのだろう。
ゆたかのラーメン屋のオヤジとしての最初の仕事は、店内にぶちまけられた、血のり、脳汁、肉片、糞尿を綺麗に取り除くことだった。
それはなんとか一人で深夜までに終わらせることができた。
残ったのは血肉のもとの持ち主を裏の空き地に埋めることだった。
生きていればヒトデナシにくれてやることもできたが、奴らはスカベンジャーではないので死体になってしまうと見向きもしない。
だから山のようになった死体は埋めるしかなかった。
人数分の墓穴を掘って埋めるには相当時間がかかりそうだ。
アイルはどこで用意してきたのか、
「本日リニューアルオープン」
という幟を店の前に掲げてやる気満々だ。
ゆたかは他の方法を考えた。
「アイルさん。それバラバラにしてください」
アイルの手で死体を細切れにしてもらい、それらを一つの穴に放り込むことにしたのだ。
そうしてどうにか朝までに支度を間に合わせた。
メニューは、ラーメン、中ラーメン、大ラーメンのみ。
味は全て一緒だ。
こうして、ネオ・ラーメンショップ13校前店がリニューアルオープンし、ゆたかはラーメン屋のオヤジとなった。
その後は何度も経験したが、ゆたかがアイルの後始末をするのはこの時が初めてだった。
気持ちが悪いとか気味が悪いという感情が起きなかったわけではない。
でもアイルと一緒にいると何故か平然と対処することができたのだった。
ゆたかは、唯一の自分の荷物、マジソンスクウェアガーデンバッグから線香をとりだした。
あの日、死体を埋め終わってゆたかが手を合わようとしたら、
「辛気くさい」
とアイルが嫌がったのでしなかったのを思い出し、最後に供養のつもりで用意してきたのだ。
こうやって死者に手を合わせていると、ずっと忘れていた感覚がよみがえってきた。
俺、そういえば人間なんだった。
しばらくそうして蘇り来るものをしみじみ感じていたが、やがて
「アイルのことをよろしく」
と、お門違いなお祈りを済ますと、人生の殆どを過ごした場所を後にしたのだった。
「とりあえずシンウラヤスの街を出よう」
と駅を目指す。
昼間でも人通りの少ない駅前の大通りに人らしい姿は見当たらなかった。
でも吸血鬼はいた。
誰もいないのに駅の階段の下でチラシ配りをしていた。
「こんばんは。若返りたい方に朗報です」
そう言ってチラシを渡してきたのは吸血鬼邂逅協会の受付の吸血鬼だった。
「こんばんは」
「あら、古いほうの坂倉アイル様」
アイルに古いも新しいもないがなとゆたかが思っていると、
「あ、すみません。人間の方の坂倉アイル様」
以前協会に顔を出したときは、たまたまアイル宛ての懸賞金当選の電話に出たことをいいことにアイルになりすまして懸賞金をくすねようとしたのだった。
「その節はどうも」
結局、アイルを見知った夜野まひるにばれて何もしないで帰って来たのだったが。
いや、した。
マンハンの契約書にサインして海斗をスターに推したのだった。
結局アイルにはそのことを言っていなかった。
サインのことはともかく、海斗をスターにしたのは余計だった。
ゆたかはアイルのことを海斗に譲る気で身を引いたのだ。
取り消せないものか、ゆたかはそう思った。
「どうかされましたか?」
吸血鬼が朗らかな笑顔で尋ねてきた。
「伺ったときの方に、今から会うことは出来ませんか?」
そう言うと吸血鬼の表情が能面のように変わった。
「どの者でしょう?」
「パワーがダダ漏れの、いや、えっと、瞳がウルトラマリンブルーでロング髪の」
「分かりかねます」
事務的な応対だった。
やはり無理かと諦めかけたとき吸血鬼が、
「私は今すぐ協会に戻る用事ができてしまいました。私、いつも後ろをいっさい振り返りませんので、誰かが後について扉から入っても気がつかないと思います」
と言って、ゆたかにウインクした。
「それでは、さようなら」
きびすを返して吸血鬼がその場を立ち去ってゆく。
ハイヒールが海砂の浮いた路面を踏む音が響く。
ゆたかはその音を追いかけて吸血鬼邂逅協会へと向かったのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ゆたかがラーメン屋を去って行きました。
でも、少し心残りがあったみたいです。
吸血鬼邂逅協会へそれを取りに行きます。
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル