第45話 <4ガッオ 

文字数 3,320文字

「銭湯族ですか?」

海斗は、第二ワンガン湾岸計画道路の戦い以来、久しぶりにネオラーメンショップ13高校前店を訪れていた。

高校に卒業証書を取りに来ての帰りだ。

というのも、海斗はダイゴに呑まれた後遺症で体調を崩してしまい卒業式に出席出来なかったのだ。

シアン化合物で強引に幽体離脱をさせられたのだから、その影響がでたのだろう。

「銭湯を好んで巣くう人外だ。大災厄後ずぐだったが、彼らは自分の銭湯を拠点にして銭湯族同士で覇権を争った。君のような若者が多かったと聞いてる」

と言ったのは自分も十分若いラーメン屋のオヤジだった。

ラーメン屋のオヤジは、もとは60近いおっさんだったがあの戦いに先立って吸血鬼邂逅協会に若返らされたのだ。

その後帰ってきてからは坂倉アイルの性的猛攻にあって、頬はげっそりとやつれ目は落ちくぼんでしまっている。

ラーメンの味も何だか薄いような気がする海斗なのだった。

 オヤジの昔話は続く。

銭湯族たちは、戦いによって近隣の銭湯族を併呑していき、最後にはネオカントーの全銭湯族をまとめる男が現れた。

「マツノ湯の猫実文男。伝説の銭湯族だ」

カウンターの向こうでラーメン箸を振りかざしながら、オヤジが興奮気味に言った。

「誰?」

「知らないのか? まあ、30年近く前のことだから無理もないが、マツノ湯に行ったことは?」

「一度だけ」

海斗は、高校入学前にふらふらしていた頃、ウラヤスを歩いていて、

「タオルと石けん貸します」

という看板を見て、手ぶらで暖簾をくぐったことがあった。

そのころは客もちらほら来る普通の銭湯だった。

ただ、番台にガリガリの老人がミイラのように鎮座していたのを覚えていた。

「それが猫実文男だよ。あんなになったのは一人娘を失ってからだ」

それまで調子よく語っていたオヤジが、急にそわそわとしだした。

「海斗くん。そろそろアイルが帰ってくる」

海斗はアイルとはあれ以来だがここで会ったら、やあ久しぶりではすまなさそうだった。

「じゃ、お代ここに置いておきます。ごちそうさま」

そう言うと、海斗はネオラーメンショップ13高校前店を後にした。



 坂倉アイルが裏口から入って来て

「お店開けたの?」

と、ゆたかに声を掛けた。

最近は店を閉たまま二人で閨で過ごすことが多かったので、ラーメン屋は休業状態が続いていたのだ。

ゆたかが振り返ると、アイルは口の周りに血糊をべっとり着けていて、今まさに何者かを捕食してきた様子だった。

目はギラギラとしていてまだ欲望を満たし切れてないように見える。

これで海斗と鉢合わせしていたら、きっとおぞましいことになっていただろう。

「ん? 海斗くんがいたんだね」

お見通しのようだった。

同時にアイルの中で何かが膨れ上がるのを察したゆたかは、

「聞きたいことがあるんですけど?」

とアイルに質問をする。

「なに?」

アイルはそう言うと、その増大したものの色を変え、ゆたかに向けて来た。

あの戦い以来、アイルはゆたかの声を聞くと全てを忘れたかのようにしなだれかかって来るのだった。

そうなると、後はくんずほつれず閨に転がり込むのが二人のトレンドだ。

アイルは早速ゆたかの手を取って奥の上がりに連れて行こうとする。

若返ったとは言えただの人のゆたかは吸血鬼の強力に抗えるはずもなく、上がりに連れ込まれる。

アイルの勢いはそれで止まらず、ゆたかの服を引き千切り、次いで自分の着ているものを脱ぎ捨ててその妖艶な肢体を露わにした。

今にも食いかからんと銀色の牙を剥き出しにしているアイルに気圧されながらも、

「どうして、海斗くんだったんですか?」

あの時、アイルはゆたかを捨てて海斗を次の店主に据えようとした。

今はもとの鞘におさまったが、ゆたかの心のどこかにそのことが引っかかっていた。

アイルは、濡れた瞳でゆたかの目を見据え、二の腕を赤い舌でひと舐めしてから、

「あの子の腕がね、この腕にそっくりだったから」

と、牙を立てて甘噛みしたのだった。



「だからよ。マレーバクの姐さん。おらぁーもう食えたもんじゃねえって、親方に言ってくれろや」

くるみたちが世間話をしていると、部屋の外からしゃがれた声が響いてきた。

「ネコさん。違うって。オオカミの親方はあんたのこと食べたりしないの」

マレーバクの声がする。

「だからよ。俺は腕もこんなにつっぱらかっちまって言うこと聞かねーし、毛並みだってぼろぼろだ。うまくねーよ。スープの出汁にだってなりゃしねーから」

「違うって言ってるだろう。もうやだよ。この人」

声は部屋の入り口の側まで来て、途絶えてしまった。

オオカミが右腕のクイーン・ヌーに目配せする。

クイーン・ヌーが後ろに控えた一族のヌーに目配せすると、そのヌーが部屋を出て行った。

「あーあ、こんなところでクソたれて」

出て行ったヌーの呆れ気味の声が聞こえてきた。

次いで、

「だから、おらぁー食えたもんじゃねーのよ」

としわがれた声の主が言ったのだった。

 それからヌー一族がネコの尻を洗いに出て、連れ戻ってきた時は日が暮れてしまっていた。

くるみたちも待ちくたびれてしまって、全員がオオカミの部屋のなかでゴロゴロと寝そべっている始末だ。

「すまんこってス」

つっぱらかった右腕ではない方で頭を掻きながら薄毛のネコが入り口に立った。

「つい、おらぁーお払い箱になるかと思って、慌てちまった」

オオカミは自分の玉座に座ると、

「まあ、勘違いは誰にでもある。そこに座ってくれ」

と、部屋の隅の空いてる椅子を勧めたのだった。

くるみと如月ののかも最初の椅子に戻っている。

クイーン・ヌーだけは座れないので、オオカミの横で蹲踞の姿勢だ。

因みにマレーバクは3つめのベビーバナナの房にかぶりついたところだった。

「猫実ヌコのことが聞きてーって?」

ネコの右腕は肩から喉元に引き付ける形でまっすぐなまま固まっている。

そのため、しゃべると顎が二の腕にあたり常に顎をしゃくり上げながら話しをするのだった。

「すまないが、よろしく頼む」

オオカミがその先を促した。

「あいつぁー、やさいいネコだったよ。名前はヌコってだけ言ってたな」

宿狼となってジャンクヤードに現れた時、オオカミが前世を観るとマツノ湯の飼い猫と出た。

オオカミは詳細は本人には知らせない。

ヌコにも知らせることはしなかったが、いつの間にかそれを知るようになった。

それは動画サイトのせいだった。

ネコやヌコたちが動画サイトで猫動画を観てほっこりしていたときに「マツノ湯のミャーチャンネル」というのを見つけた。

それで、ヌコは自分の前世のことを詳しく知り、次いで自分がこの世に残した念を思い出した。

宿狼の前世が動画に残っているというのは、飼い猫や飼い犬だった場合よくあることだった。

大災疫前に人間が彼らのことを動画サイトにアップすることが流行ったからだ。

宿狼たちにしてみたら、おぼろげにしか残らないことが、動画サイトでまざまざと見せられることになる。

勿論よいこともあるが、よくないこともある。

それは、本当は忘ていいことなのに、再びその身に前世のしがらみを引き受けてしまうことだ。

それが宿狼ヌコに起こったのだった。

「それからだ。あいつの様子が変わったのは」

何かにとりつかれたかのように、吸血鬼を探し回るようになった。

宿狼が吸血鬼の敵でないのは皆が知るところだ。

ジャンクヤードの猫仲間は、皆そんなヌコを心配していたが、誰も止めることは出来なかった。

「ある日、いなくなっちまった。この世から消えたのよ」

そして宿狼ヌコは、戦闘吸血鬼猫実ヌコとなってマツノ湯に現れたのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

坂倉アイルとゆたかのカップルは、その後もよろしくやっているようで安心です。

猫実ヌコは戦闘吸血鬼の前は宿狼でした。

その前はミャーというマツノ湯の猫でした。

猫実ヌコがこの世に残した念というのはなんだったのでしょうか?

気になります。


次週の公開も水曜19時です。

今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル
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