第27話 <17ガオー

文字数 2,811文字

 京藤くるみが、ジャンクヤードで宿狼たちと最近のマンハンについて意見交換をしていると、クイーン・ヌーの手下のヌーが血相変えてご注進に上がった。

「オフクロ、マレーバクから狼煙だ」

それに反応してオオカミが、

「あいつ、生きてたのか」

と立ち上がる。

「で、なんて言ってきたんだい?」

とクイーン・ヌー。

「今からノラくんが二人が攻めてくる、だそうです」

それを聞いたオオカミが、少しあきれた様子で、

「相変わらず訳が分からん」

マレーバクは狼煙が下手というのは、ジャンクヤードでは周知のことだった。

「緊急避難用の狼煙を使ってたそうです」

「だからってセンテンスくらいはちゃんとできるだろ」

そう言うとオオカミは腕を組んで考え始めた。

「ガオくんがここを攻めてくるってのは、ないな」

とくるみは言ったが、それには宿狼たちも異論はなかった。

「他に何か情報は?」

とオオカミがご注進のヌーに聞くと、

「それが、狼煙が焚かれたのがカサイリンカイ公園の方で、旧ネズ男爵ランドにむけられてたそうです」

それを聞いたクイーン・ヌーが、

「そりゃ、くるみ宛ての狼煙なんじゃないか」

とくるみを見て言った。

カサイリンカイ公園で焚かれた狼煙に何者かが攻めてくるとあったなら、くるみが思いつくのは、

「張能サヤ」

だけだった。

その名がくるみの口から発せられたのを聞いて、宿狼たちにおののきが走る。

大災疫の直後、まだシンウラヤスの主権が定まっていなかった時、坂倉アイルが張能サヤに挑みかかった。

その時、オオカミの元からも何人かが参戦したが、全員帰ってこなかった。

坂倉アイルに加担した宿狼は鬼神のような張能サヤに殲滅されたからだ。

それから張能サヤの名は宿狼たちに戦慄とともに記憶されている。

ところが、くるみには張能サヤに攻められるいわれはない。

くるみがシンウラヤスの支配権を漁夫ったのは事実だが、それも昔の話なのだから。

「いまさら」

である。

「二人なんだろ。もう一人は誰だ?」

オオカミが思案顔で言った。

二人と言うからには大群引き連れてということではないだろう。

おそらく戦力が近しい者と組んでのことだろうが、だとすると戦闘吸血鬼だが、

くるみに心当たりはなかった。

まさかそれが坂倉アイルだとは、ジャンクヤードにいる者は想像もしない。

いまの坂倉アイルは、完全にラーメン屋の女将という印象しかないからだ。

「マレーバクがカサイリンカイ公園にいるってのが、解せね-」

オオカミが首をひねる。

確かに、くるみが会ったのは吸血鬼邂逅協会だった。

そこからどうやってカサイリンカイ公園へ、しかもSOSをしてくるということは見物しに行ったわけでもない。

「つながってる?」

「誰とよ」

「クソ女と」

くるみ史上、最低最悪の存在にして、最強の女、夜野まひる、くるみの双子の姉のことだった。

張能サヤと夜野まひるが繋がっている。

このことは図らずも今回の騒動の本質を言い当てた形になったが、そのことが坂倉アイルの生活に大きな影響を及ぼしているとは誰も思っていなかった。



 張能サヤはマイハマ鉄橋を渡りながら、目の前を歩く坂倉アイルが隙だらけのように見えていた。

昔、自分に攻めかかって来たときのアイルは、敵にしてあっぱれだった。

1000を超える軍勢をそろえ、本来没交渉であるはずの人外同士をまとめて、自分たちの得にもならない戦いに前のめりにさせた手腕は、希代の名将を思わせた。

だが、今のアイルはまるで恋にのめり込む女子高生のように何一つ周りが見えていない。

「ラーメン屋ってのは、そんなにいいものか?」

張能サヤは、つい聞いてみたくなった。

「そんなことないよ。でも、人は誰しも口に糊して生きてゆくものだから」

と答えが返ってきた。

「そもそも(ろん)でお前は人ではないがな」

と思いながら、張能サヤはシンウラヤスの支配権を得たときは、アイルのラーメン屋だけは残してやろうと思うのだった。

ただ、そのときアイルが生きていればの話ではあるが。



 数ヶ月前、

張能サヤはちょうど、男子同士のカップルが体を温め合うのを観察中だったのだが、

それを押しても惹かれる気配を感じた。

張能サヤは急ぎ大観覧車に上って、その気配が近づいてくるシンキバ方面に目を向けた。

気配の主は嫌みなほどその応力をダダ漏れにしながらネオワンガン道をこちらに向かって移動してきていた。

「グエゲ!」

張能サヤは挨拶代わりに光の球をその存在に向けて放つ。

光の球は近くに着弾し土煙を上げたが、

土煙の中で何かが光ったと思った次の瞬間、大観覧車の真下から高速でキラキラが飛んできて張能サヤの喉元でピタリと止まった。

おそるおそる手に取ると、穂先から石突きまでスワロフスキでデコられた長槍だった。

「返してくれる?」

と背後で声がしたので振り返ると、そこに立っていたのは、

紺青の髪は腰のあたりまで真っ直ぐのび、透き通るような肌に切れ長の目、ウルトラマリンブルーの瞳をした女だった。

張能サヤが手にしたデコ長槍を差し出すと、それを受け取って

「夜野まひる。よろしく」

ともう片方の手を差し出した。

握手とかする奴を初めて見た張能サヤはちょっと引いてしまったが、敵意は感じられなかったのでそれに応えて手を出した。

そして張能サヤはすぐに手を離す。

その手が、皮膚が張り付いてしまうかと思うほど冷たかったからだ。

「で、早速相談なんだけどさ」

そう言って、夜野まひるが話出したのは「京藤くるみちゃんシンデルカモ城から出て行け作戦」だった。

作戦名だっさと思ったが、それは言わずに話に乗ることにしたのは、成功した暁には張能サヤにシンウラヤスの支配権をくれると言ったからだ。

張能サヤはカサイリンカイ公園が好きだった。

同時に対岸にある旧ネズ男爵リゾートも悪くないと思っていた。

特に水族館の屋上から対岸を見たときに、建物の数々がまるで竜宮城のように夕日に輝いて見えるとき、一層強く思った。

シンウラヤスの支配権を得ればあれが手に入る。

悪くない提案だった。

「で、あんたは何目的?」

と聞くと、

「あたしはシンデルカモ城だけあればいい」

と言った。

あんなものほしがる奴がいるのかと張能サヤは思った。

夜野まひるのことは、あまり欲のない部類の戦闘吸血鬼という認識をした。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

マレーバクの狼煙が正確だったら、夜野まひるの陰謀はくるみに察知されることはなかったのかもしれません。

ということは、マレーバクはいいことをしたのです。

ジャンクヤードの住人は皆、直の前世が動物で現世はじめて宿狼になった者ばかり、まだ生きずらさの中で生活しています。
でも、精一杯やってれば、こんなことも起きるのです。


今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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