第33話 <23ガオー
文字数 2,756文字
ゆたかは吸血鬼にしてコンシェルジュAIのイージーの後に付いて、吸血鬼邂逅協会の入った廃ビルの階段を地下2階まで降りていった。
ハイヒールのイージーは床に溜まった海砂のせいで歩きそうにしながら暗がりを奥まで進んでゆく。
そして廊下のつきあたりまでくると、大きな赤錆びた鉄の扉の前で立ち止まった。
イージーは扉の操作盤のボタンをいくつか押してセキュリティーを解除し、その重そうな扉を片手で押し開ける。
扉の前に吹き溜まった海砂がズズズと中に崩れ落ちていった。
「中へどうぞ」
と招き入れられてゆたかが入ってみると、中は二人並べるぐらいの廊下で、2列のフットライトが奥までまっすぐ続いていた。
「私に付いてきてください」
そう言ってイージーはゆたかの前に立って歩き出す。
ゆたかが歩き出して気づいたのは微妙に前方に向かって傾斜していること。
「下がってますね」
とゆたかが言うと、
「はい。少しずつ前方に傾斜しています」
と言った。
ゆたかとイージーはしばらくそのまま無言で歩いていたのだったが、イージーが、
「坂倉アイル(人間)様は、旧ネズ男爵リゾートにランドとシーの2つのテーマパークがあったのはご存じですね」
と言ってきた。
「はい」
それは大概の者が知っていることだ。
「ならば、もう一つテーマパークの計画が有ったことをご存じですか?」
「いいえ、知りません。どんなテーマパークだったんでしょうか?」
「ネズ男爵ギャラクシーです。銀河をコンセプトとしたテーマパークが計画されていました」
ゆたかも「陸・海ってあるんだから次は空だな」などというたわいない話をかつて耳にしたことがあったが、それはあくまで冗談の範囲だと思っていた。
「うそ」
「そうです。当時も皆嘘だと思いました。ところがネズ男爵はそれを実際の計画として、候補地まで準備していたのでした」
「どこにそんなものを作る気だったのでしょう?」
シンウラヤスにそんな土地などないから、おそらく他の地域にでも計画していたのだろうが、あいにくゆたかにその知識にはなかった。
「今からそこにお連れします」
それからゆたかがずいぶん歩いたと思うようになった頃、廊下の勾配が平らになり、はるか下から重々しいホワイトノイズ音が聞こえて来るようになった。
気付くと左右に壁はなく、上も天井が見えなくなって、ゆたかには漆黒の空間に放り出されたように感じられた。
「お気をつけください。廊下の真ん中を歩き、絶対にフットライトから外に出ないようにお願いします」
イージーが初めて立ち止まり、後ろを振り向いて言った。
ゆたかはそれを聞いて中腰になる。
「それでいいです」
と頷くと再び前を向いて進み出す。
ゆたかのはるか前方には、そこだけぼんやりと明るくなった空間が見えている。
「あそこが目的地?」
声がイージーに聞こえたのか聞えなかったのか以前に、ゆたかは声に出したのか心で思ったのかすら分からなくなっていた。
それは、この空間の沈黙があまり深いため、発した音の全てを吸い込んでしまうからかもしれなかった。
それからも二人は黙々と歩き続け、十数分経ってようやくその明るい場所にたどり着いたのだった。
ゆたかがその場所に立つと、そこは広めの丸舞台のようになっていて、中心には上に向かってらせん階段が伸びていた。
そして、その階段を何者かが降りてくる音が降って来ていた。
しかもそれは一人の足音ではない。
どうやらゆたかと同じようなのがもう一組ここにやって来るようだった。
「しばらく待ちますが、坂倉アイル(人間)様にはいいものをご覧に入れましょう」
と言って、イージーが手元の操作パネルをいじりだした。
すると、上空の暗闇から、
ガーン。ガーン。ガーン。ガーン。
と断続的に轟音がしだした。
見ると、それまで暗闇だった天井の一角が明るくなった。
それは一つ一つが巨大なパネルのようで、
ガーン。ガーン。ガーン。ガーン。
と音が響く度にゆたかが見上げる漆黒の天井が段々と星空へと変わって行くのだった。
そして、無限の星空が上空全面に映し出されてようやく轟音は止み、ゆたかにもこの空間の広大さが把握できるようになった。
その空間は、高さはカサイリンカイ公園の大観覧車以上、広さはネズ男爵リゾート全部を合わせた以上の巨大なドームなのだったのだ。
その空間の底面、ゆたかたちがいる場所から下は、どこまで続くかわからない巨大な空洞になっていた。
ゆたかはその空洞に渡された糸のように細い橋を歩いてきたらしかった。
「ネズ男爵はここにネズ男爵ギャラクシーを建設する予定だったのです」
イージーの冷めたい声が虚空の中に溶けてゆく。
「中止になったのは予算の問題ですか?」
これだけの空間をアトラクションで埋め尽くすには、地上のネズ男爵リゾートあと2つでもきかなさそうだった。
「いいえ、大災疫が来てしまったのです」
「それは残念。完成してたらそれまで以上に繁盛したでしょうに」
ゆたかはタイミングの問題と思ったが、イージーが言ったのはまったく違うことだった。
「この真下から、大災疫がやって来てしまったのです」
大災疫はボウソウの向こうの太平洋からやって来たと、人々は信じていた。
ゆたかもそれは一緒だった。
でもその真相を知っている者は一人もいなかった。
思えば、最初に大災疫の犠牲者が出たのは、このネズ男爵リゾートだった。
それは人がたくさん集まる場所。
この国で最も人が蝟集する場所だったからだ。
そう、ニュースでも分析されていた。
しかしこの下から大災疫が来たのだとすれば、最初の発現場所がネズ男爵リゾートになるのはあたりまえのことだ。
ならば、ネズ男爵がこんな巨大な穴など掘らなかったら、大災疫はなかったのだろうか?
「大災疫は地底から来たのでしょうか?」
「そうではないと考えます。何故ならこの真下の空間はどこに繋がっているか分からないからです」
ゆたかはイージーが吸血鬼邂逅協会で言った、
「梯子を掛ける」
という言葉を思い出した。
「もしかして、この穴に梯子を掛けるのですか」
「お察しの通りです」
「で、その梯子はどこに?」
それを聞くとイージーはゆたかの目をじっと見つめて、
「あなたです。坂倉アイル(人間)様。あなたに梯子になっていただきます」
と言ったのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ゆたかはコンシェルジュAIのイージーに連れられて、
旧ネズ男爵リゾートの地下にある巨大な空洞に連れてこられます。
そこで、イージーから意外な真実を聞き出しました。
ゆたかの運命は?
今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
ハイヒールのイージーは床に溜まった海砂のせいで歩きそうにしながら暗がりを奥まで進んでゆく。
そして廊下のつきあたりまでくると、大きな赤錆びた鉄の扉の前で立ち止まった。
イージーは扉の操作盤のボタンをいくつか押してセキュリティーを解除し、その重そうな扉を片手で押し開ける。
扉の前に吹き溜まった海砂がズズズと中に崩れ落ちていった。
「中へどうぞ」
と招き入れられてゆたかが入ってみると、中は二人並べるぐらいの廊下で、2列のフットライトが奥までまっすぐ続いていた。
「私に付いてきてください」
そう言ってイージーはゆたかの前に立って歩き出す。
ゆたかが歩き出して気づいたのは微妙に前方に向かって傾斜していること。
「下がってますね」
とゆたかが言うと、
「はい。少しずつ前方に傾斜しています」
と言った。
ゆたかとイージーはしばらくそのまま無言で歩いていたのだったが、イージーが、
「坂倉アイル(人間)様は、旧ネズ男爵リゾートにランドとシーの2つのテーマパークがあったのはご存じですね」
と言ってきた。
「はい」
それは大概の者が知っていることだ。
「ならば、もう一つテーマパークの計画が有ったことをご存じですか?」
「いいえ、知りません。どんなテーマパークだったんでしょうか?」
「ネズ男爵ギャラクシーです。銀河をコンセプトとしたテーマパークが計画されていました」
ゆたかも「陸・海ってあるんだから次は空だな」などというたわいない話をかつて耳にしたことがあったが、それはあくまで冗談の範囲だと思っていた。
「うそ」
「そうです。当時も皆嘘だと思いました。ところがネズ男爵はそれを実際の計画として、候補地まで準備していたのでした」
「どこにそんなものを作る気だったのでしょう?」
シンウラヤスにそんな土地などないから、おそらく他の地域にでも計画していたのだろうが、あいにくゆたかにその知識にはなかった。
「今からそこにお連れします」
それからゆたかがずいぶん歩いたと思うようになった頃、廊下の勾配が平らになり、はるか下から重々しいホワイトノイズ音が聞こえて来るようになった。
気付くと左右に壁はなく、上も天井が見えなくなって、ゆたかには漆黒の空間に放り出されたように感じられた。
「お気をつけください。廊下の真ん中を歩き、絶対にフットライトから外に出ないようにお願いします」
イージーが初めて立ち止まり、後ろを振り向いて言った。
ゆたかはそれを聞いて中腰になる。
「それでいいです」
と頷くと再び前を向いて進み出す。
ゆたかのはるか前方には、そこだけぼんやりと明るくなった空間が見えている。
「あそこが目的地?」
声がイージーに聞こえたのか聞えなかったのか以前に、ゆたかは声に出したのか心で思ったのかすら分からなくなっていた。
それは、この空間の沈黙があまり深いため、発した音の全てを吸い込んでしまうからかもしれなかった。
それからも二人は黙々と歩き続け、十数分経ってようやくその明るい場所にたどり着いたのだった。
ゆたかがその場所に立つと、そこは広めの丸舞台のようになっていて、中心には上に向かってらせん階段が伸びていた。
そして、その階段を何者かが降りてくる音が降って来ていた。
しかもそれは一人の足音ではない。
どうやらゆたかと同じようなのがもう一組ここにやって来るようだった。
「しばらく待ちますが、坂倉アイル(人間)様にはいいものをご覧に入れましょう」
と言って、イージーが手元の操作パネルをいじりだした。
すると、上空の暗闇から、
ガーン。ガーン。ガーン。ガーン。
と断続的に轟音がしだした。
見ると、それまで暗闇だった天井の一角が明るくなった。
それは一つ一つが巨大なパネルのようで、
ガーン。ガーン。ガーン。ガーン。
と音が響く度にゆたかが見上げる漆黒の天井が段々と星空へと変わって行くのだった。
そして、無限の星空が上空全面に映し出されてようやく轟音は止み、ゆたかにもこの空間の広大さが把握できるようになった。
その空間は、高さはカサイリンカイ公園の大観覧車以上、広さはネズ男爵リゾート全部を合わせた以上の巨大なドームなのだったのだ。
その空間の底面、ゆたかたちがいる場所から下は、どこまで続くかわからない巨大な空洞になっていた。
ゆたかはその空洞に渡された糸のように細い橋を歩いてきたらしかった。
「ネズ男爵はここにネズ男爵ギャラクシーを建設する予定だったのです」
イージーの冷めたい声が虚空の中に溶けてゆく。
「中止になったのは予算の問題ですか?」
これだけの空間をアトラクションで埋め尽くすには、地上のネズ男爵リゾートあと2つでもきかなさそうだった。
「いいえ、大災疫が来てしまったのです」
「それは残念。完成してたらそれまで以上に繁盛したでしょうに」
ゆたかはタイミングの問題と思ったが、イージーが言ったのはまったく違うことだった。
「この真下から、大災疫がやって来てしまったのです」
大災疫はボウソウの向こうの太平洋からやって来たと、人々は信じていた。
ゆたかもそれは一緒だった。
でもその真相を知っている者は一人もいなかった。
思えば、最初に大災疫の犠牲者が出たのは、このネズ男爵リゾートだった。
それは人がたくさん集まる場所。
この国で最も人が蝟集する場所だったからだ。
そう、ニュースでも分析されていた。
しかしこの下から大災疫が来たのだとすれば、最初の発現場所がネズ男爵リゾートになるのはあたりまえのことだ。
ならば、ネズ男爵がこんな巨大な穴など掘らなかったら、大災疫はなかったのだろうか?
「大災疫は地底から来たのでしょうか?」
「そうではないと考えます。何故ならこの真下の空間はどこに繋がっているか分からないからです」
ゆたかはイージーが吸血鬼邂逅協会で言った、
「梯子を掛ける」
という言葉を思い出した。
「もしかして、この穴に梯子を掛けるのですか」
「お察しの通りです」
「で、その梯子はどこに?」
それを聞くとイージーはゆたかの目をじっと見つめて、
「あなたです。坂倉アイル(人間)様。あなたに梯子になっていただきます」
と言ったのだった。
---------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ゆたかはコンシェルジュAIのイージーに連れられて、
旧ネズ男爵リゾートの地下にある巨大な空洞に連れてこられます。
そこで、イージーから意外な真実を聞き出しました。
ゆたかの運命は?
今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル