第41話 <31ガオー

文字数 2,715文字

 坂倉アイルの相方、ゆたかと素魂食いの高梨ダイゴの間にらせん階段を倒しかけたのはくるみだった。

くるみがらせん階段を下りて来て目の当たりにしたのは、ダイゴがゆたかを羽交い締めにせんとするところだったから、すかさずデコ木刀を抜いて、らせん階段の根元をたたっ切ったのだ。

それはちょうどうまい具合に二人の間に倒れて、ダイゴの急激な情欲に水を浴びせかけることに成功はしたが、ゆたかのほうは思わぬ結果になってしまった。

くるみはまず舞台の中央に転がっているダイゴの元に行き、

「ガオくん呑んだろ? 出せ」

と言って、デコ木刀を喉元に突きつけた。

するとダイゴは、

「あ、くるみ。若い人ならとっくに吐き出したよ」

と言ったので次に対処するのはゆたかということになった。

 大空洞の中空に飛び出したゆたかは、すでに自由落下を始めていた。

くるみはそれを確認するとダイゴに、

「ウチをゆたかに向かってぶん投げろ!」

といったのでダイゴは、

「ゆたか? 誰?」

と相変わらずぼけをかますので、

「裸のあいつだ!」

「あー、ね」

とやっと理解してくるみを片手で持ち上げた。

「あ、ちょっと待て。これ行ったらどうやって帰る?」

「しらないよ。そんなの」

と今にも空洞の底に向かって投げようとするので、

「待てって」

とくるみは言って一端ダイゴの手を払って操作盤の所に行きマイクを取った。

そして、

「アイルー! 相方が梯子になっちまうぞ!」

と叫んだのだった。

相変わらず上空には第二ワンガン計画道路のアスファルトが大写しになっていて、そこにアイルがぐったりと横たわっている。

「やれ!」

くるみがアイルの反応を見るより先にダイゴに叫ぶと、

ダイゴはくるみを再び片手で持ち上げ、大空洞の深淵にむかって最大バカ力でぶん投げたのだった。



 ゆたかは自由落下の最中だった。

すでに舞台の袖は、遙か彼方に遠ざかって、このあてどのない旅に身を任せる他ない状態だった。

横方向を見ると遠くに空洞の壁面がぼんやりみえる。

それがかろうじてシンウラヤスと地続きであることを感じさせたが、自分の行き先の、さらに下の方はそれすらも見えなくなっていて、ゆたかを心細くさせた。

しかし、寒い。

若い肉体だろうとこれは辛い。

このままさらに下降していけば、梯子になるより先に凍え死ぬ。

「あのAI吸血鬼、人間の脆弱さをなめてたんだな」

そんなことを考えていると、上のほうから何かが近づいてくるのが見えた。

はじめは小さな点だったが、時々キラキラッと光ったかと思うとグンと勢いを増して近づいてくる。

やがてそれが間近まで来て、純白のセーラー服でピンク髪の吸血鬼だと知れると、ゆたかは懐かしさがこみ上げてきて涙を流したのだった。

「ゆたか、これにつかまれ」

差し出されたデコ木刀の刀身は、ところどころスワロフスキが剥げ落ちていて、ここまで来るのにずいぶんとキラキラを消費したことを思わせた。

「助かりました」

「まだ助かっちゃいねーよ。ウチだってこれを遡るのは無理ゲーだ」

と平気な顔をしてくるみが言うので、ゆたかは

「じゃあ、くるみさんも梯子に?」

「ウチはならねーけども、あっちに帰ることにはなるな」

と言ったのだった。

「帰る?」

「ウチらの出所にな」



 アイルの様子に変化が起きたのは

「ゆたかが梯子になっちまうぞ!」

というくるみの声を聞いてからだ。

それまでぐったりと横たわって動きそうもなかったアイルが、まず腕を立てて身を起こすと、そのままふらふらと立ち上がった。

アイルはその姿勢のまま、うなり声を発し全身から陽炎を立たせ始めた。

アイルから漏れ出る陽炎に気圧されて、オオカミたちは近くの陸堤防に隠れてそれを見守った。

そしてアイルが

「ふんぬっ!」

と大きく力むと、オオカミたちの目前に棒鉄塔ほどの太さの黒弦が生え出してきたかと思うと、それが天に向かってぐんぐん伸びていったのだった。



 くるみがゆたかに空洞の由来を語っている時、

「やっと来たか」

と言って、するすると伸びてきた黒弦をくるみが掴んだ。

「くるみさんたちって地底人なんですか?」

とゆたかが聞くと、

「ちげーよ。掘り下げてあるからって何でも地底と思うな」

と下を指さした。

ゆたかが下を見ると、足下に地球の球体が青く眩しく見えていた。

「天の川のどっかに繋がってる」

と言って上を指すと、そこには銀河がこれまで見たこともないような輝きで広がっていた。

くるみとゆたかはアイルが放った棒鉄塔状の黒弦につかまって、ゆっくりと地上に降りて行ったのだった。



 ゆたかに再会してからというもの、アイルはずっとゆたかの若返った肉体をなでさすっていて、今にもっしゃぶりつきそうな眼で見つめ、

「ね、早くかえろうよ」

と言い続けていていた。

ゆたかはアイルを抱きかかえると、

「ありがとうございました」

とくるみたちに頭を下げて、第二ワンガン計画道路を去って行った。

 オオカミたちと分かれたくるみは、マイハマ駅前でうろつくダイゴを見つけて、

「ガオくんはどこへやった?」

と聞くと、

「ロッカーに預けたんだけど、どこのロッカーだか忘れちゃった」

と言ったので、一緒に探すことになった。

駅の構内のロッカーにはいなかった。

バス乗り場の奥にあるロッカーセンターにもいなかった。

結局いたのは、便所の掃除道具がおいてあるロッカーの中だった。

「ガオくん。起きろ」

くるみが言うと、

「ガオー」

夢から覚めた人のように伸びをして言った。

「またか。なんねーのよ素魂食いに喰われたって」

「ガオー」

「だから、それやめろ。モテねーぞ」

「はい」

「帰るぞ」

と言われて海斗が狭いロッカーから身をよじって出ると、そこにダイゴがいたものだから、

「ガオー」

と驚いてそこにしゃがみ込んでしまった。

それにくるみが、

「もう喰わねーから。こいつはダイゴ、ダイゴ挨拶しとけ」

と言ったので海斗は、

「あの、その節は」

とお辞儀をした。

ダイゴも決まり悪そうに、

「お友達なのに食べたりしてごめんね」

と言って謝った。

こうしてくるみは、家なし親なし再び彼女なしの海斗と家なし彼氏なし再び姉なしのダイゴの二人の脇侍を連れて、シンデルカモ城へと帰って行ったのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

アイルとゆたかのラーメン屋は続けていけそうでなによりです。
海斗はアイルとの将来がとざされたので市役所の内定取り消しを再び取り消さなければならなさそうですが、はたしてうまくいきますことか?

今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル

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