第21話 <11ガオー
文字数 2,720文字
シンデルカモ城のネズ男爵秘密の部屋の衝立カーテンの中でくるみがシャワー後の着替えをするその近くで、海斗はくるみのデコ木刀のメンテをしていた。
くるみが着替える衣擦れの音がやけに耳に響いて、落ち着いて木刀をデコれずにいる海斗はふと、大事なことを忘れていたことに気が付いた。
それは、坂倉アイルの気持ちを確かめていなかったことだ。
あの日、ラーメン屋のカウンターの中でアイルと一緒になったところをお客さんたちに冷やかされて、それがあたかも公認の印のような気がしていたが、その前は勿論その後もアイルにちゃんと確認したことはなかった。
もし、これがオヤジの早とちりでアイルがまったく関知していなかったとしたら、市役所の内定を取り消したいだのと奥井孝一に相談したことも全くの見当違いということになる。
「早く確認しなきゃだな」
そう思う海斗なのだった。
「ガオくん」
衝立カーテンの向こうからくるみが海斗を呼んだ。
「はい?」
「ガオくん、ラーメン屋の娘となんかあった?」
アイルが海斗をスター認定にしたと思っているくるみは、アイルを怒らせるようなことを海斗がしたのではと思ったから聞いたのだったが、
今まさにアイルとのことを考えていた海斗はド直球の質問をぶつけられて
「いえ、まだ告ってません」
と口走ってしまう。
「何言ってんの? ガオくん」
である。
くるみは海斗からそこら辺の事情をふんふんと聞きながら、
「ガオくんは、アイルが戦闘吸血鬼ってことは知らんのね」
と思っている。
教えてやってもいいが、如月ののかのように取って喰おうってわけではなさそうなので放っておくことにする。
「じゃあ、ガオくんをスター認定したのは誰なんだ?」
とりあえず海斗のスター認定が解除されるまでは、海斗の身の回りを気に掛ける必要がありそうだった。
ネオワンガン道はかつてはネオワンガンの海岸に沿ってボウソウまで続くハイウエーだったが、今は高架だったところもところどころ落下して車が行き来できるような道ではなくなっている。
月夜の晩、くるみがその道を南に向かっている。
雑草が生い茂ったアスファルトの道を駆け、取り残された橋脚から橋脚の間を軽やかに飛びこえながら、ストレスフリーで進んでゆく。
右手にはネオワンガンの海が月光にきらめき、そのはるか遠くにボウソウの山並みが見えていた。
行く手の道をもうもうたる煙が横切っている場所に来た。
くるみは足を止め、その煙の発生地に目をやった。
ネオワンガン道を脇に少し入った所に、いくつものゴミの山があって、その山の頂から煙が立ち登っていた。
鼻に着くゴミ山の匂い。
生ごみ臭とも腐敗臭も違う、饐えた化学臭。
ジャンクヤードだ。
そのゴミ山の中に廃材を組み立てて頂上に潜水艦を載せた巨大な建築物があった。
それこそ宿狼の親分、前世読みのオオカミが棲む城だ。
「オオカミー!」
くるみがジャンクヤードの門前まで来て叫ぶと、トタンで出来た門が開いて中からぬべーっとした顔をして、体はがっちりとしているが手足がやたらと細い宿狼が出て来た。
「ヌーの姐さん。オオカミはいるかい?」
オオカミの右腕、クイーン・ヌーだった。
「何の用だ? あの潜水艦なら返さないよ」
城の頂上を指さしながら言った。
この潜水艦、元は旧ネズ男爵シーにあったノーパンチラッス号で、ヌー一族がくるみとの小競り合いで奪取した戦利品の一つだった。
「そんなんじゃないから」
くるみがここに来た目的はマンハンの情報収集だった。
星形みいの行方を捜した時も、宿狼のネットワークを頼った。
今回も軽い気持ちでやって来たのだったが、くるみがクイーン・ヌーを押しのけてヤード内に入ると、集まった宿狼たちの間に緊張が走った。
いまは殺り合わなくなったと言っても、以前はくるみのラダー(特殊技)のせいで散々死ぬ目に遭っていた連中だから、その恐怖は体に染みついているのだった。
「くるみ! よく来た」
と柔和だが大音量の声が城から響いて来た。
その場にいた全員の視線がそっちに向けられる。
月の光を浴びたテラスに立っていたのは、身の丈3mはあろうかという銀狼、
ジャンクヤードの主、オオカミだった。
「上がって来い」
とくるみに手招きする。
それでようやく宿狼たちの恐怖の緊縛は解けたようだった。
もちろんオオカミは宿狼の中では桁違いに強いが、戦闘吸血鬼で最強のラダーを持つくるみの敵ではない。
タイマンでもラダーを使わずに勝てる。
それでも宿狼たちにしてみればオオカミの存在は、そのことを忘れさせるだけのものがある。
オオカミのためなら死ねるという必死の気概がそうさせるのだ。
くるみがゴミの山を縫って城まで行く途中、至る所にヌー一族が身を潜めていた。
その全員が数本のダイナマイトを腹の晒 に抱き込んでいた。
何かあったら一族全員でくるみに押し寄せ爆死するつもりだったのだ。
くるみは出がけに、宿狼にならって狼煙を挙げ、
「今から行くから」
と伝えたのだったが、くるみは狼煙は素人なので十分に伝わらず、宿狼たちにいらぬ心配を掛けたらしかった。
オオカミはくるみに円座を勧めながら、
「マンハンのことか?」
と聞いて来た。
オオカミも今回のマンハンを不審に思っているとのことだった。
「おかしいんだって」
と渋い顔をして、
「スター認定者が少なすぎだって」
通常のマンハンは参加数を鑑て30人程度認定される。
「ところが今回はノラくんだけだ」
「ノラ? 誰?」
「海斗だ。くるみのとこにやっかいになってるだろ」
「ガオくんか」
「なんだガオくんって?」
「あ、海斗。あいつ何かって言うとガオガオいうから」
くるみとオオカミは目を見合わせて海斗の掴みどころの無さを二人でしみじみ噛みしめたのだった。
「それで、俺たちも調べようって協会に偵察入れたら帰ってこねえ」
くるみは協会で宿狼に会ったのを思い出す。
「ひょっとしてそれマレーバク?」
「そうだが、何でくるみが知っている?」
「あんなに表立ってて偵察って笑」
宿狼のやることがあいかわらず裏の無いことにくるみは笑えて来るのだった。
とにかく真正直が宿狼の特性なのだ。
「しかし、なんでガオくん?」
とくるみが独り言つと、オオカミが気になることを口にした。
「まあ、前世が前世だからな」
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ジャンクヤードの主、前世読みのオオカミさんの登場です。
身の丈3mの銀狼。
海斗の前世について何か知っているようです。
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
くるみが着替える衣擦れの音がやけに耳に響いて、落ち着いて木刀をデコれずにいる海斗はふと、大事なことを忘れていたことに気が付いた。
それは、坂倉アイルの気持ちを確かめていなかったことだ。
あの日、ラーメン屋のカウンターの中でアイルと一緒になったところをお客さんたちに冷やかされて、それがあたかも公認の印のような気がしていたが、その前は勿論その後もアイルにちゃんと確認したことはなかった。
もし、これがオヤジの早とちりでアイルがまったく関知していなかったとしたら、市役所の内定を取り消したいだのと奥井孝一に相談したことも全くの見当違いということになる。
「早く確認しなきゃだな」
そう思う海斗なのだった。
「ガオくん」
衝立カーテンの向こうからくるみが海斗を呼んだ。
「はい?」
「ガオくん、ラーメン屋の娘となんかあった?」
アイルが海斗をスター認定にしたと思っているくるみは、アイルを怒らせるようなことを海斗がしたのではと思ったから聞いたのだったが、
今まさにアイルとのことを考えていた海斗はド直球の質問をぶつけられて
「いえ、まだ告ってません」
と口走ってしまう。
「何言ってんの? ガオくん」
である。
くるみは海斗からそこら辺の事情をふんふんと聞きながら、
「ガオくんは、アイルが戦闘吸血鬼ってことは知らんのね」
と思っている。
教えてやってもいいが、如月ののかのように取って喰おうってわけではなさそうなので放っておくことにする。
「じゃあ、ガオくんをスター認定したのは誰なんだ?」
とりあえず海斗のスター認定が解除されるまでは、海斗の身の回りを気に掛ける必要がありそうだった。
ネオワンガン道はかつてはネオワンガンの海岸に沿ってボウソウまで続くハイウエーだったが、今は高架だったところもところどころ落下して車が行き来できるような道ではなくなっている。
月夜の晩、くるみがその道を南に向かっている。
雑草が生い茂ったアスファルトの道を駆け、取り残された橋脚から橋脚の間を軽やかに飛びこえながら、ストレスフリーで進んでゆく。
右手にはネオワンガンの海が月光にきらめき、そのはるか遠くにボウソウの山並みが見えていた。
行く手の道をもうもうたる煙が横切っている場所に来た。
くるみは足を止め、その煙の発生地に目をやった。
ネオワンガン道を脇に少し入った所に、いくつものゴミの山があって、その山の頂から煙が立ち登っていた。
鼻に着くゴミ山の匂い。
生ごみ臭とも腐敗臭も違う、饐えた化学臭。
ジャンクヤードだ。
そのゴミ山の中に廃材を組み立てて頂上に潜水艦を載せた巨大な建築物があった。
それこそ宿狼の親分、前世読みのオオカミが棲む城だ。
「オオカミー!」
くるみがジャンクヤードの門前まで来て叫ぶと、トタンで出来た門が開いて中からぬべーっとした顔をして、体はがっちりとしているが手足がやたらと細い宿狼が出て来た。
「ヌーの姐さん。オオカミはいるかい?」
オオカミの右腕、クイーン・ヌーだった。
「何の用だ? あの潜水艦なら返さないよ」
城の頂上を指さしながら言った。
この潜水艦、元は旧ネズ男爵シーにあったノーパンチラッス号で、ヌー一族がくるみとの小競り合いで奪取した戦利品の一つだった。
「そんなんじゃないから」
くるみがここに来た目的はマンハンの情報収集だった。
星形みいの行方を捜した時も、宿狼のネットワークを頼った。
今回も軽い気持ちでやって来たのだったが、くるみがクイーン・ヌーを押しのけてヤード内に入ると、集まった宿狼たちの間に緊張が走った。
いまは殺り合わなくなったと言っても、以前はくるみのラダー(特殊技)のせいで散々死ぬ目に遭っていた連中だから、その恐怖は体に染みついているのだった。
「くるみ! よく来た」
と柔和だが大音量の声が城から響いて来た。
その場にいた全員の視線がそっちに向けられる。
月の光を浴びたテラスに立っていたのは、身の丈3mはあろうかという銀狼、
ジャンクヤードの主、オオカミだった。
「上がって来い」
とくるみに手招きする。
それでようやく宿狼たちの恐怖の緊縛は解けたようだった。
もちろんオオカミは宿狼の中では桁違いに強いが、戦闘吸血鬼で最強のラダーを持つくるみの敵ではない。
タイマンでもラダーを使わずに勝てる。
それでも宿狼たちにしてみればオオカミの存在は、そのことを忘れさせるだけのものがある。
オオカミのためなら死ねるという必死の気概がそうさせるのだ。
くるみがゴミの山を縫って城まで行く途中、至る所にヌー一族が身を潜めていた。
その全員が数本のダイナマイトを腹の
何かあったら一族全員でくるみに押し寄せ爆死するつもりだったのだ。
くるみは出がけに、宿狼にならって狼煙を挙げ、
「今から行くから」
と伝えたのだったが、くるみは狼煙は素人なので十分に伝わらず、宿狼たちにいらぬ心配を掛けたらしかった。
オオカミはくるみに円座を勧めながら、
「マンハンのことか?」
と聞いて来た。
オオカミも今回のマンハンを不審に思っているとのことだった。
「おかしいんだって」
と渋い顔をして、
「スター認定者が少なすぎだって」
通常のマンハンは参加数を鑑て30人程度認定される。
「ところが今回はノラくんだけだ」
「ノラ? 誰?」
「海斗だ。くるみのとこにやっかいになってるだろ」
「ガオくんか」
「なんだガオくんって?」
「あ、海斗。あいつ何かって言うとガオガオいうから」
くるみとオオカミは目を見合わせて海斗の掴みどころの無さを二人でしみじみ噛みしめたのだった。
「それで、俺たちも調べようって協会に偵察入れたら帰ってこねえ」
くるみは協会で宿狼に会ったのを思い出す。
「ひょっとしてそれマレーバク?」
「そうだが、何でくるみが知っている?」
「あんなに表立ってて偵察って笑」
宿狼のやることがあいかわらず裏の無いことにくるみは笑えて来るのだった。
とにかく真正直が宿狼の特性なのだ。
「しかし、なんでガオくん?」
とくるみが独り言つと、オオカミが気になることを口にした。
「まあ、前世が前世だからな」
---------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ジャンクヤードの主、前世読みのオオカミさんの登場です。
身の丈3mの銀狼。
海斗の前世について何か知っているようです。
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル