第37話 <27ガオー
文字数 2,013文字
「いくら私どもが人の心を解さないとは言え、一人寂しく深淵の彼方への旅をさせるつもりはございません」
とコンシェルジュAIのイージーは言ったのだった。
「ダイブするのは俺と海斗くんの二人だと」
ゆたかはいつになく生気の感じられない海斗が、ここに連れてこられるまでに受けた仕打ちを想像して怒りがわいてきた。
海斗はアイルと食事に出掛けた。
アイルは今、ウルトラマリンの瞳の戦闘吸血鬼にとらわれの身だ。
おそらく二人で一緒にいるときに襲われたのだろう。
若い二人の恋路を邪魔するなど、大人の風上にも置けない。
アイルの実際年齢はここでは置いておくとしてだが。
アイルはゆたかと海斗の二人分の人質にされたということらしかった。
「佐々木海斗さんにはここに来る理由は説明してあるわね」
イージーが受付の吸血鬼に尋ねると、受付の吸血鬼がイージーの元に走り寄って、何事か耳元にささやいた。
「そう。ならもう一つの手で行きましょう」
とイージーは言って操作盤にタッチし、
「海斗さん用の人質をお願いします」
と、操作盤のマイクに向かって言った。
すると、上空の画面で動きがあって、カメラの前に毛むくじゃらのものが引き出されてきた。
「痛いわね。乱暴にしなくてもちゃんと歩くから」
と顔をしかめてブヒッと鼻を鳴らしたのはマレーバクだった。
先ほど、覗き見をしているところを夜野まひるに捕まったのだ。
イージーは画面を見上げて、それを確認すると、
「佐々木海斗さん。これでどうですか? 梯子になっていただけますでしょうか?」
と海斗に向かって念を押す。
しかしその映像を見ても、海斗は心ここにあらずといった様子で何の反応もない。
そんな海斗の反応をいぶかしげに見ているイージーにゆたかが、
「なんで海斗くんなんです? 彼はアイルとまだ付き合ってもない。ただのラーメン屋の看板娘と客の間柄だ。俺と比べたら絆など取るに足らないじゃなですか?」
と言った。
するとイージーは、
「佐々木海斗さんの場合は絆ではなく、そのインパクトでしょうか?」
「インパクト?」
確かに海斗が現れてからのアイルの変化は異常だった。
それまでの平穏な日常などなかったかのように往事の情動を沸き立たせていた。
「佐々木海斗さんには吸血鬼を虜にする何かがあります。それに期待しての選別なのです」
つまり、半世紀の絆と若き情動とが拮抗したということだった。
結局アイルが選んだのは海斗の方だった。
若き情動が勝ったのだ。
ゆたかはアイルを失った理由を今さら認識するハメになった。
そうするうち、画面を見てもなんともなかった海斗が、急にそわそわし出した。
ゆたかの方を見て目をまん丸くしている。
そんな海斗の視線に気づいて自分の姿を今一度顧みると、全裸だった。
海斗はゆたかの全裸におおいに反応したらしかった。
なぜだか股間を手で押さえてさえいる。
「え? 海斗くんってそういう感じの人だっけ」
ゆたかは自分の裸を見て興奮しているらしい海斗が信じられなかった。
だが、ゆたかはこの混乱した状況ですっかり忘れていた。
それは、今のゆたかは還暦間際の年古した肉体ではなく、
アイルさえ愛を惜しまなかった筋骨隆々の美麗な若き裸体だということを。
突然、
「グオーーー!」
という雄叫びが巨大な空洞に鳴り響く。
その声に驚いて振り向いたイージーは、
「これは!」
と言ったきり絶句してしまう。
「お姉さん。どうしたの?」
受付の吸血鬼が表情を固まらせたままのイージーの顔の前で掌をひらひらさせている。
ついで頬をピタピタとたたいたが微動だにしない。
「もう、また? イージーがバグっちゃった」
それに気を取られていたゆたかが海斗のほうを見ると、そこには海斗ではなく巨大な筋肉の塊、
素魂食いの高梨ダイゴがお不動のように立っていた。
海斗の素魂を飲み込んだダイゴがいつの間にか海斗になりすましていたのだ。
それを見て受付の吸血鬼が、
「なんでイージーは素魂食いを見るとバグるんだろ?」
そう言いながら動かなくなったイージーを抱え、操作盤のマイクに向かって、
「皆さん、作戦失敗です。撤収してください」
というなり、一本橋を走り去って行った。
舞台の上にゆたかとダイゴが取り残された。
周囲に甘い杏の香りが漂いだした。
ダイゴにとってこの美々しい男子は知らない人だ。
即ち喰う気満々のダイゴ。
ゆたかがそれに対峙する。
ゆたかの逃げ道は吸血鬼が走り去った一本道とダイゴの後ろのらせん階段のみ。
絶体絶命。
どうするゆたか。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
何故だかダイゴを見てバグるイージー。
そしてダイゴに見初められちゃった若い裸体のゆたか。
どうするゆたか。
アイルは助かるのか?
今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
とコンシェルジュAIのイージーは言ったのだった。
「ダイブするのは俺と海斗くんの二人だと」
ゆたかはいつになく生気の感じられない海斗が、ここに連れてこられるまでに受けた仕打ちを想像して怒りがわいてきた。
海斗はアイルと食事に出掛けた。
アイルは今、ウルトラマリンの瞳の戦闘吸血鬼にとらわれの身だ。
おそらく二人で一緒にいるときに襲われたのだろう。
若い二人の恋路を邪魔するなど、大人の風上にも置けない。
アイルの実際年齢はここでは置いておくとしてだが。
アイルはゆたかと海斗の二人分の人質にされたということらしかった。
「佐々木海斗さんにはここに来る理由は説明してあるわね」
イージーが受付の吸血鬼に尋ねると、受付の吸血鬼がイージーの元に走り寄って、何事か耳元にささやいた。
「そう。ならもう一つの手で行きましょう」
とイージーは言って操作盤にタッチし、
「海斗さん用の人質をお願いします」
と、操作盤のマイクに向かって言った。
すると、上空の画面で動きがあって、カメラの前に毛むくじゃらのものが引き出されてきた。
「痛いわね。乱暴にしなくてもちゃんと歩くから」
と顔をしかめてブヒッと鼻を鳴らしたのはマレーバクだった。
先ほど、覗き見をしているところを夜野まひるに捕まったのだ。
イージーは画面を見上げて、それを確認すると、
「佐々木海斗さん。これでどうですか? 梯子になっていただけますでしょうか?」
と海斗に向かって念を押す。
しかしその映像を見ても、海斗は心ここにあらずといった様子で何の反応もない。
そんな海斗の反応をいぶかしげに見ているイージーにゆたかが、
「なんで海斗くんなんです? 彼はアイルとまだ付き合ってもない。ただのラーメン屋の看板娘と客の間柄だ。俺と比べたら絆など取るに足らないじゃなですか?」
と言った。
するとイージーは、
「佐々木海斗さんの場合は絆ではなく、そのインパクトでしょうか?」
「インパクト?」
確かに海斗が現れてからのアイルの変化は異常だった。
それまでの平穏な日常などなかったかのように往事の情動を沸き立たせていた。
「佐々木海斗さんには吸血鬼を虜にする何かがあります。それに期待しての選別なのです」
つまり、半世紀の絆と若き情動とが拮抗したということだった。
結局アイルが選んだのは海斗の方だった。
若き情動が勝ったのだ。
ゆたかはアイルを失った理由を今さら認識するハメになった。
そうするうち、画面を見てもなんともなかった海斗が、急にそわそわし出した。
ゆたかの方を見て目をまん丸くしている。
そんな海斗の視線に気づいて自分の姿を今一度顧みると、全裸だった。
海斗はゆたかの全裸におおいに反応したらしかった。
なぜだか股間を手で押さえてさえいる。
「え? 海斗くんってそういう感じの人だっけ」
ゆたかは自分の裸を見て興奮しているらしい海斗が信じられなかった。
だが、ゆたかはこの混乱した状況ですっかり忘れていた。
それは、今のゆたかは還暦間際の年古した肉体ではなく、
アイルさえ愛を惜しまなかった筋骨隆々の美麗な若き裸体だということを。
突然、
「グオーーー!」
という雄叫びが巨大な空洞に鳴り響く。
その声に驚いて振り向いたイージーは、
「これは!」
と言ったきり絶句してしまう。
「お姉さん。どうしたの?」
受付の吸血鬼が表情を固まらせたままのイージーの顔の前で掌をひらひらさせている。
ついで頬をピタピタとたたいたが微動だにしない。
「もう、また? イージーがバグっちゃった」
それに気を取られていたゆたかが海斗のほうを見ると、そこには海斗ではなく巨大な筋肉の塊、
素魂食いの高梨ダイゴがお不動のように立っていた。
海斗の素魂を飲み込んだダイゴがいつの間にか海斗になりすましていたのだ。
それを見て受付の吸血鬼が、
「なんでイージーは素魂食いを見るとバグるんだろ?」
そう言いながら動かなくなったイージーを抱え、操作盤のマイクに向かって、
「皆さん、作戦失敗です。撤収してください」
というなり、一本橋を走り去って行った。
舞台の上にゆたかとダイゴが取り残された。
周囲に甘い杏の香りが漂いだした。
ダイゴにとってこの美々しい男子は知らない人だ。
即ち喰う気満々のダイゴ。
ゆたかがそれに対峙する。
ゆたかの逃げ道は吸血鬼が走り去った一本道とダイゴの後ろのらせん階段のみ。
絶体絶命。
どうするゆたか。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
何故だかダイゴを見てバグるイージー。
そしてダイゴに見初められちゃった若い裸体のゆたか。
どうするゆたか。
アイルは助かるのか?
今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル