第59話 <18ガッオ
文字数 2,589文字
猫実ヌコはラダー習得に余念が無かった。
ようやく如月ののかが言っていた「亜空間切り裂き」というのが出来るようになった。
「デコ木刀を逆手に持って、こう!」
綺麗に空間に横一文字の筋が入った。
その亀裂はしばらく中空に漂っていて、中からおぞましい音を漏れ出させているが、ジュッと音がしたかと思うと、跡形も亡くきえうせてしまう。
その間約20秒。
その間にそこから何かを取り出さねばならなかった。
「何かな?」
猫実ヌコは思案した。
ところが何も浮かんでこない。
「ののか姉さん、何を出せばいいのかな?」
「それは人それぞれって言 ったろ」
未だに出すモノを決めかねているののかに聞いても埒があかなかった。
そこで猫実ヌコはくるみに聞くことにする。
久しぶりに湯を張ったマツノ湯の湯舟で、
「くるみネーネー。何を出せばいいと思う?」
「それな。分からない時は、お前の心臓に聞けばいいのよ」
と言われたのだった。
「自分の心臓か」
湯の温度がぬるすぎて長く入ってられない猫実ヌコは、
「先にあがるね」
と言って湯舟を出ると、くるみが、
「ヌコよ。出たらこの壁の雑草、全部むしり取るように弁天ナナミに言ってくれ」
見ると、富士山の絵が隠れてしまうほどのツタが壁一面に茂っていた。
「わかりました」
そう返事をして脱衣場に出た。
扉を閉めた時、猫実ヌコの耳に微かだが耳慣れた音が聞こえた。
ショボ!
しかし猫実ヌコはそれを、くるみが湯舟から出た音と思ってそのまま服を着ると出て行ってしまった。
実際は、ラダーで銭湯の壁になった松月院えのきがくるみのことを丸呑みした音だったのに。
弁天ナナミは猫実ヌコからくるみの伝言を聞いて脱衣場に来ていた。
ベンチの上の網かごにはくるみの可愛い制服が脱ぎっぱなしになっている。
「ホントに子供の頃とかわんないよ」
と、久しぶりでくるみのお世話をするのが嬉しすぎる弁天ナナミは、いそいそと脱ぎっぱなしの制服を畳んだのだった。
そしてドアをガラガラとあけてびっくりする。
正面の壁に艶やかな緑とパッションピンクのツタが生えまくっていたからだ。
「これか? 本当にいつの間に」
と言って湯舟に近づいて行く。
「くるみん?」
湯気の中にくるみを探したが、いなかった。
「くるみん?」
もう一度名前を呼んだ時だった。
「はーーーーい」
と言ってツタが返事をしたかと思うと巨大に膨れ上がって弁天ナナミに迫ってきた。
「何? 何なに?」
と後ろじさったが、時遅く膨れ上がった壁に巨大な裂け目が出たかと思ったら、一呑み。
弁天ナナミも松月院えのきの胃袋へと落ちていった。
如月ののかは猫実ヌコとのラダーの練習に飽きて、電子たばこをふかしに駐車場のベンチに座っていた。
「出せっていわれてもね。思いつかんよ」
と言って一服すると、何かが頬に揺れた。
「なんだ?」
とそれを手に取ると、見たこともないような緑とピンクの巨大な葉っぱだった。
「邪魔だな」
とその葉っぱを手で払いながら振り返ると、駐車場の壁一面にその緑でピンクで巨大な葉っぱが繁茂していた。
それを見てののかが、
「こんなに草生えてたっけ?」
と思ってよく見たら、そのツタの葉っぱの奥に中に血走った目と真っ赤に避けた巨大な口があった。
「なんだてめーは」
とベンチから飛び退き手にしていたデコ木刀を逆手に持って亜空間を切り裂いた。
空間に横一文字の漆黒の筋が入り、
「いでよ!」
とののかが叫ぶと、そこから数百羽の白ハトがバタバタと飛び出してきて羽根を散らばらせながら、青く広がる大空へと飛び去っていった。
平和よ永久に。
「ちがうって!」
と言ったが後の祭り、ののかも他の者同様、松月院えのきの餌食となってしまったのだった。
その後は、残りの猫実文男と富岡ツルもあっけなく松月院えのきの腹の中。
こうしてかつて関東を爆速で制覇し、勇名を轟かせた名門銭湯族マツノ湯一派は松月院えのきひとりに制圧されてしまったのだった。
忘れていた。
いちおう猫実ヌコも新参ながらマツノ湯一派の一員だった。
マツノ湯一派というよりくるみ一派と言った方がいいけれども。
ただ首領の京藤くるみがやられてしまった今、猫実ヌコにその看板を背負わせるのは重すぎるような気もする。
猫実ヌコは、ののかが「休憩ね」と言ってなかなか帰ってこないのに業を煮やして、旧ウラヤスの町を探しに出ていた。
「どうせふけたんだろ」
ののかがよく行く旧ウラヤス駅前のパチンコ屋を探すが見つからない。
「スロット回した後は、これな」
と言って、ネオ・イチゴマックシェークを飲みに立ち寄る、元ハラカツ書店ビルのネオ・マックにも行ってみたが、いなかった。
「どこ行きやがった」
もう、イライラが限界に来ていた。
「おとなしくしてたらつけあがりやがって」
仮にも姉である。
言葉の乱暴さは、戦闘吸血鬼の凶暴性ゆえなのだった。
「ギッチギチにしてやる」
その時、駅前に白ハトの大群が舞い降りてきた。
それがクッククック言って猫実ヌコの周りに集まって来た。
終いにハトで見えなくなるほど地面が真っ白くなってしまう。
「なんだ?」
と猫実ヌコが見ていると、
そのハトたちが口々に、
「エノキ、エノキ、エノキ」
と言い出した。
「ママが? いや元ママがどうした?」
そう言うと、全てのハトが飛び上がり今度は空中に絵を描き始めた。
それによると、
「エノキ」
「クルミタベタ」
「デカイノタベタ」
「ノノカタベタ」
「ジジータベタ」
「ツルタベタ」
「ツギオマエ」
と言っていた。
背後から、声がした。
「裏切りやがって! ネコが!」
振り返ると、元ハラカツ書店ビルの壁全体が松月院えのきの顔になっていた。
松月院えのきの最強ラダー「ビル壁」の発動である。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
松月院えのきVSマツノ湯一派+くるみ軍団。
首領のくるみが食べられてしまいました。
残るは猫実ヌコばかり。
ただ、大本の吸血鬼はその係累を必ず凌駕すると言います。
くしくも猫実ヌコにとって松月院えのきは累計母。
ひとりでどこまで戦えるのか?
ラダー未習得の新参者は、くるみ軍団の命脈を保つことが出来るのか?
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル
ようやく如月ののかが言っていた「亜空間切り裂き」というのが出来るようになった。
「デコ木刀を逆手に持って、こう!」
綺麗に空間に横一文字の筋が入った。
その亀裂はしばらく中空に漂っていて、中からおぞましい音を漏れ出させているが、ジュッと音がしたかと思うと、跡形も亡くきえうせてしまう。
その間約20秒。
その間にそこから何かを取り出さねばならなかった。
「何かな?」
猫実ヌコは思案した。
ところが何も浮かんでこない。
「ののか姉さん、何を出せばいいのかな?」
「それは人それぞれっ
未だに出すモノを決めかねているののかに聞いても埒があかなかった。
そこで猫実ヌコはくるみに聞くことにする。
久しぶりに湯を張ったマツノ湯の湯舟で、
「くるみネーネー。何を出せばいいと思う?」
「それな。分からない時は、お前の心臓に聞けばいいのよ」
と言われたのだった。
「自分の心臓か」
湯の温度がぬるすぎて長く入ってられない猫実ヌコは、
「先にあがるね」
と言って湯舟を出ると、くるみが、
「ヌコよ。出たらこの壁の雑草、全部むしり取るように弁天ナナミに言ってくれ」
見ると、富士山の絵が隠れてしまうほどのツタが壁一面に茂っていた。
「わかりました」
そう返事をして脱衣場に出た。
扉を閉めた時、猫実ヌコの耳に微かだが耳慣れた音が聞こえた。
ショボ!
しかし猫実ヌコはそれを、くるみが湯舟から出た音と思ってそのまま服を着ると出て行ってしまった。
実際は、ラダーで銭湯の壁になった松月院えのきがくるみのことを丸呑みした音だったのに。
弁天ナナミは猫実ヌコからくるみの伝言を聞いて脱衣場に来ていた。
ベンチの上の網かごにはくるみの可愛い制服が脱ぎっぱなしになっている。
「ホントに子供の頃とかわんないよ」
と、久しぶりでくるみのお世話をするのが嬉しすぎる弁天ナナミは、いそいそと脱ぎっぱなしの制服を畳んだのだった。
そしてドアをガラガラとあけてびっくりする。
正面の壁に艶やかな緑とパッションピンクのツタが生えまくっていたからだ。
「これか? 本当にいつの間に」
と言って湯舟に近づいて行く。
「くるみん?」
湯気の中にくるみを探したが、いなかった。
「くるみん?」
もう一度名前を呼んだ時だった。
「はーーーーい」
と言ってツタが返事をしたかと思うと巨大に膨れ上がって弁天ナナミに迫ってきた。
「何? 何なに?」
と後ろじさったが、時遅く膨れ上がった壁に巨大な裂け目が出たかと思ったら、一呑み。
弁天ナナミも松月院えのきの胃袋へと落ちていった。
如月ののかは猫実ヌコとのラダーの練習に飽きて、電子たばこをふかしに駐車場のベンチに座っていた。
「出せっていわれてもね。思いつかんよ」
と言って一服すると、何かが頬に揺れた。
「なんだ?」
とそれを手に取ると、見たこともないような緑とピンクの巨大な葉っぱだった。
「邪魔だな」
とその葉っぱを手で払いながら振り返ると、駐車場の壁一面にその緑でピンクで巨大な葉っぱが繁茂していた。
それを見てののかが、
「こんなに草生えてたっけ?」
と思ってよく見たら、そのツタの葉っぱの奥に中に血走った目と真っ赤に避けた巨大な口があった。
「なんだてめーは」
とベンチから飛び退き手にしていたデコ木刀を逆手に持って亜空間を切り裂いた。
空間に横一文字の漆黒の筋が入り、
「いでよ!」
とののかが叫ぶと、そこから数百羽の白ハトがバタバタと飛び出してきて羽根を散らばらせながら、青く広がる大空へと飛び去っていった。
平和よ永久に。
「ちがうって!」
と言ったが後の祭り、ののかも他の者同様、松月院えのきの餌食となってしまったのだった。
その後は、残りの猫実文男と富岡ツルもあっけなく松月院えのきの腹の中。
こうしてかつて関東を爆速で制覇し、勇名を轟かせた名門銭湯族マツノ湯一派は松月院えのきひとりに制圧されてしまったのだった。
忘れていた。
いちおう猫実ヌコも新参ながらマツノ湯一派の一員だった。
マツノ湯一派というよりくるみ一派と言った方がいいけれども。
ただ首領の京藤くるみがやられてしまった今、猫実ヌコにその看板を背負わせるのは重すぎるような気もする。
猫実ヌコは、ののかが「休憩ね」と言ってなかなか帰ってこないのに業を煮やして、旧ウラヤスの町を探しに出ていた。
「どうせふけたんだろ」
ののかがよく行く旧ウラヤス駅前のパチンコ屋を探すが見つからない。
「スロット回した後は、これな」
と言って、ネオ・イチゴマックシェークを飲みに立ち寄る、元ハラカツ書店ビルのネオ・マックにも行ってみたが、いなかった。
「どこ行きやがった」
もう、イライラが限界に来ていた。
「おとなしくしてたらつけあがりやがって」
仮にも姉である。
言葉の乱暴さは、戦闘吸血鬼の凶暴性ゆえなのだった。
「ギッチギチにしてやる」
その時、駅前に白ハトの大群が舞い降りてきた。
それがクッククック言って猫実ヌコの周りに集まって来た。
終いにハトで見えなくなるほど地面が真っ白くなってしまう。
「なんだ?」
と猫実ヌコが見ていると、
そのハトたちが口々に、
「エノキ、エノキ、エノキ」
と言い出した。
「ママが? いや元ママがどうした?」
そう言うと、全てのハトが飛び上がり今度は空中に絵を描き始めた。
それによると、
「エノキ」
「クルミタベタ」
「デカイノタベタ」
「ノノカタベタ」
「ジジータベタ」
「ツルタベタ」
「ツギオマエ」
と言っていた。
背後から、声がした。
「裏切りやがって! ネコが!」
振り返ると、元ハラカツ書店ビルの壁全体が松月院えのきの顔になっていた。
松月院えのきの最強ラダー「ビル壁」の発動である。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
松月院えのきVSマツノ湯一派+くるみ軍団。
首領のくるみが食べられてしまいました。
残るは猫実ヌコばかり。
ただ、大本の吸血鬼はその係累を必ず凌駕すると言います。
くしくも猫実ヌコにとって松月院えのきは累計母。
ひとりでどこまで戦えるのか?
ラダー未習得の新参者は、くるみ軍団の命脈を保つことが出来るのか?
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル