第19話 <9ガオー
文字数 3,026文字
素魂喰いの高梨ダイゴが、くるみにあてがわれた海賊屋敷は、屋内の回遊式アトラクションでウォータースライドもあったりして大災疫前は人気の場所だった。
だが、今は天井も落ちてしまって太陽が降り注いでる。
小舟にライドしながらネズ男爵が海賊だったころの物語をたどるという構成になっていて、回遊する両岸にはどんちゃん騒ぎする海賊や宝の山を前にして決闘をする男たちなどが飾ってあった。
実は、その岸がダイゴにはありがたい。
ウバガメ由来の素魂喰いのダイゴは、何時間も水に潜っていられるが、水中で息をすることが出来るわけではないので息継ぎがてら陸に上がる。
陸に上がれば冷え切った体を温めるために昼寝する。
だからこういうちょっとした場所はありがたいのだった。
この日、ダイゴはいつものように昼寝をしていたのだったが、
「ダイゴ。ダイゴってば」
と呼ぶ声がして、目を覚ました。
その声は、先日くるみからしっぽを巻いて逃げた姉の高梨うたのものだった。
「姉さん?」
アトラクションの真ん中は広いプールになっていて、そこに巨大な難破船が設置してある。
ダイゴが寝ていたところからは難破船まではすぐ目の前だった。
そのとものところにうたが銀色のしっぽを垂らし腰かけて、
「いつまでこんなとこに閉じ込められているの? さっさと帰るよ」
そう言って、銀色のしっぽをピシッと鳴らした。
ダイゴは体を硬直させる。
何度あの銀色の鞭でぶたれ赤あざを作り、首を絞められ失神したことか。
いつぞやは股間をしたたかに打たれて、しばらく起き上がれなかったこともあった。
その後遺症で、いまでもカワイイ男子を見るとすぐに股間が熱くなる。
だから、これまでダイゴはうたの言うことを素直に聞いた。
しかし、今は違う。
「ちょっと待て」とダイゴは思っている。
この間くるみに言われて気付いたのだが、そもそもダイゴはうたのように下半身が長尾になっていない。
ダイゴには二本の足があってこうして立って歩くことが出来る。
それに対してうたは足がないから陸に上がれないし、人間を襲うにはダイゴの助けがいる。
「あんた、姉さんなんて言って、嘘じゃない」
それを聞いたうたは探るようにダイゴを見て、
「さては、くるみに入れ知恵されたね。あんたが可愛いからそうやって嘘までついて姉さんから横取りしようとしやがる。本当に強欲な女だよ」
「姉さんはしっぽがあって僕にはしっぽがないって」
うたは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐさまダイゴに向かって、
「はあ? 吸血鬼なんかにあたしたちの何がわかる」
言われてみれば、そうだった。
吸血鬼は素魂喰いのことを見下していた。
子供だったころ先頭になってダイゴをいじめたのも吸血鬼だった。
吸血鬼に俺たちのことが分かってたまるか。
そういう思いはやっぱり素魂喰いにしかわからない。
「でも、ここを出たら帰るところがないよ」
「バカだね。姉さんが寝床を用意してやるって」
うたの用意する寝床は暗い水底の狭い岩の間だ。
そんな窮屈な寝床でうたはダイゴに愚痴を延々と聞かす癖があった。
それはダイゴにとって地獄の時間だ。
そのことを思い出してダイゴは身震いする。
「やっぱり俺はここがいい。そうだ、姉さんもくるみに頼んでここで一緒に暮らそうよ」
ダイゴにとっては精一杯の提案だった。
「うるさいね。つべこべ言わずに帰るんだよ」
首に巻き付いた銀色の鞭がダイゴの首を締め上げる。
ダイゴの目の前に赤い星がきらめきだした。
いつもの景色。やがて星は消えて真っ暗になる。
気付いた時には水の底だ。
海斗は尚弥の父、奥井孝一に市役所の内定を辞退するかもしれないと話した。
奥井孝一はしばらく考えてから、
「そうか。君の将来だ。君が決めなさい」
と案外あっさり目に言った。
それは、あきれ果てたというのでも、関心がないというのでもない、納得したうえでの反応に見えた。
だから海斗は返って申し訳ない気持ちになる。
本当に親身になってくれていることが分かるからだ。
それに、改めて内定辞退を口にして思ったのは、自分の志望動機だった。
シンウラヤス市役所の面接のときに、どのような仕事につきたいかと聞かれ、
「児童福祉課の仕事をしたいです。自分のような子供たちを沢山救いたいです」
と答えたことを思い出した。
ラーメン屋ではそれが出来ないことになる。
そのことを考えると、いくらアイルがかわいいからと言って内定を反故にするのは
わがまますぎるのじゃないかと海斗は再び悩むのだった。
尚弥を心配して来たはいいが、どう声を掛けていいか分からない。
「尚弥、大丈夫か」
最低だ。大丈夫なはずがない。
「尚弥、ゲームしに来たぞ」
子供じゃないんだから。
「尚弥、そろそろ俺たち付き合わないか?」
鬼畜過ぎる。
だから、海斗は尚弥の部屋の前で逡巡していた。
ガチャ!
「いいから、入れ」
と言って、ドアを開けたのは尚弥の方だった。
尚弥は呼び鈴が鳴る音を聞いてから、海斗が部屋の前に立つまでの間ずっと、その足音に聞き耳を立てていた。
部屋の前で足音が止まって、数分経ったがノックの音がない。
で、業を煮やした尚弥のほうからドアを開けに行ったのだった。
「お、おう、学校来てないらしいな」
と言って、海斗が部屋の中に入ってきた。
顔に「心配だ、心配だ、心配だ、心配だ」と大量に書いてあるのに気づいてないようだが、そういう海斗に尚弥は惹かれていると改めて思うのだった。
尚弥が学校に行かないのは、受験勉強が佳境となってきて忙しく、わざわざ学校に行くのが億劫になったからで、別段あのことが引っかかっていたからではない。
しかし、こうして海斗が見舞いに来てしまうと、自分がすねて登校拒否をしたようで、気恥ずかしくなってしまう。
で、二人は無言のまま、レトロゲームをして過ごす。
「「でさ」「あのさ」」
二人の言葉が重なって、それで再び沈黙。
結局二人は、世紀のクソゲー「建設重機喧嘩バトル ぶちギレ金剛!!」をやっただけで何も話さなかった。
でも、尚弥には海斗とすごすそんな時間がとても貴重なものに思えてくるのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ダイゴはせっかくくるみにあてがわれた住処から
再び姉のうたに連れ去られた模様。
心温まるお話を一つ。
ある業界紙でコラムを書いていた記者が転職して専門誌でプレゼント企画の担当になった。
そのプレゼントの応募ハガキの中にコラムを読んでいましたという30代女性からのものを見付けた。綺麗な筆跡で教養あることが分かる文章だった。
業者以外見ないような業界紙の端っこのコラムを読んでくれていて、しかもそれを書いた人間のことを覚えていて、記者が転職したことを知ってこうして手紙で伝えてくれることが記者は奇跡のようでとても嬉しかった。きっと素敵な女性に違いない。記者はそう想像した。
そして記者は、私情を挟むことは反則だけど、その女性にプレゼントを当選させてあげることにした。
その時は10周年記念の特別企画だったため、かわいいソーサーやきれいなネックレス等、その女性が好みそうなものがいくつもあった。
女性の希望商品を見た。
「建設重機喧嘩バトル ぶちギレ金剛!!」一択。
PSのゲームだった。
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
だが、今は天井も落ちてしまって太陽が降り注いでる。
小舟にライドしながらネズ男爵が海賊だったころの物語をたどるという構成になっていて、回遊する両岸にはどんちゃん騒ぎする海賊や宝の山を前にして決闘をする男たちなどが飾ってあった。
実は、その岸がダイゴにはありがたい。
ウバガメ由来の素魂喰いのダイゴは、何時間も水に潜っていられるが、水中で息をすることが出来るわけではないので息継ぎがてら陸に上がる。
陸に上がれば冷え切った体を温めるために昼寝する。
だからこういうちょっとした場所はありがたいのだった。
この日、ダイゴはいつものように昼寝をしていたのだったが、
「ダイゴ。ダイゴってば」
と呼ぶ声がして、目を覚ました。
その声は、先日くるみからしっぽを巻いて逃げた姉の高梨うたのものだった。
「姉さん?」
アトラクションの真ん中は広いプールになっていて、そこに巨大な難破船が設置してある。
ダイゴが寝ていたところからは難破船まではすぐ目の前だった。
そのとものところにうたが銀色のしっぽを垂らし腰かけて、
「いつまでこんなとこに閉じ込められているの? さっさと帰るよ」
そう言って、銀色のしっぽをピシッと鳴らした。
ダイゴは体を硬直させる。
何度あの銀色の鞭でぶたれ赤あざを作り、首を絞められ失神したことか。
いつぞやは股間をしたたかに打たれて、しばらく起き上がれなかったこともあった。
その後遺症で、いまでもカワイイ男子を見るとすぐに股間が熱くなる。
だから、これまでダイゴはうたの言うことを素直に聞いた。
しかし、今は違う。
「ちょっと待て」とダイゴは思っている。
この間くるみに言われて気付いたのだが、そもそもダイゴはうたのように下半身が長尾になっていない。
ダイゴには二本の足があってこうして立って歩くことが出来る。
それに対してうたは足がないから陸に上がれないし、人間を襲うにはダイゴの助けがいる。
「あんた、姉さんなんて言って、嘘じゃない」
それを聞いたうたは探るようにダイゴを見て、
「さては、くるみに入れ知恵されたね。あんたが可愛いからそうやって嘘までついて姉さんから横取りしようとしやがる。本当に強欲な女だよ」
「姉さんはしっぽがあって僕にはしっぽがないって」
うたは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐさまダイゴに向かって、
「はあ? 吸血鬼なんかにあたしたちの何がわかる」
言われてみれば、そうだった。
吸血鬼は素魂喰いのことを見下していた。
子供だったころ先頭になってダイゴをいじめたのも吸血鬼だった。
吸血鬼に俺たちのことが分かってたまるか。
そういう思いはやっぱり素魂喰いにしかわからない。
「でも、ここを出たら帰るところがないよ」
「バカだね。姉さんが寝床を用意してやるって」
うたの用意する寝床は暗い水底の狭い岩の間だ。
そんな窮屈な寝床でうたはダイゴに愚痴を延々と聞かす癖があった。
それはダイゴにとって地獄の時間だ。
そのことを思い出してダイゴは身震いする。
「やっぱり俺はここがいい。そうだ、姉さんもくるみに頼んでここで一緒に暮らそうよ」
ダイゴにとっては精一杯の提案だった。
「うるさいね。つべこべ言わずに帰るんだよ」
首に巻き付いた銀色の鞭がダイゴの首を締め上げる。
ダイゴの目の前に赤い星がきらめきだした。
いつもの景色。やがて星は消えて真っ暗になる。
気付いた時には水の底だ。
海斗は尚弥の父、奥井孝一に市役所の内定を辞退するかもしれないと話した。
奥井孝一はしばらく考えてから、
「そうか。君の将来だ。君が決めなさい」
と案外あっさり目に言った。
それは、あきれ果てたというのでも、関心がないというのでもない、納得したうえでの反応に見えた。
だから海斗は返って申し訳ない気持ちになる。
本当に親身になってくれていることが分かるからだ。
それに、改めて内定辞退を口にして思ったのは、自分の志望動機だった。
シンウラヤス市役所の面接のときに、どのような仕事につきたいかと聞かれ、
「児童福祉課の仕事をしたいです。自分のような子供たちを沢山救いたいです」
と答えたことを思い出した。
ラーメン屋ではそれが出来ないことになる。
そのことを考えると、いくらアイルがかわいいからと言って内定を反故にするのは
わがまますぎるのじゃないかと海斗は再び悩むのだった。
尚弥を心配して来たはいいが、どう声を掛けていいか分からない。
「尚弥、大丈夫か」
最低だ。大丈夫なはずがない。
「尚弥、ゲームしに来たぞ」
子供じゃないんだから。
「尚弥、そろそろ俺たち付き合わないか?」
鬼畜過ぎる。
だから、海斗は尚弥の部屋の前で逡巡していた。
ガチャ!
「いいから、入れ」
と言って、ドアを開けたのは尚弥の方だった。
尚弥は呼び鈴が鳴る音を聞いてから、海斗が部屋の前に立つまでの間ずっと、その足音に聞き耳を立てていた。
部屋の前で足音が止まって、数分経ったがノックの音がない。
で、業を煮やした尚弥のほうからドアを開けに行ったのだった。
「お、おう、学校来てないらしいな」
と言って、海斗が部屋の中に入ってきた。
顔に「心配だ、心配だ、心配だ、心配だ」と大量に書いてあるのに気づいてないようだが、そういう海斗に尚弥は惹かれていると改めて思うのだった。
尚弥が学校に行かないのは、受験勉強が佳境となってきて忙しく、わざわざ学校に行くのが億劫になったからで、別段あのことが引っかかっていたからではない。
しかし、こうして海斗が見舞いに来てしまうと、自分がすねて登校拒否をしたようで、気恥ずかしくなってしまう。
で、二人は無言のまま、レトロゲームをして過ごす。
「「でさ」「あのさ」」
二人の言葉が重なって、それで再び沈黙。
結局二人は、世紀のクソゲー「建設重機喧嘩バトル ぶちギレ金剛!!」をやっただけで何も話さなかった。
でも、尚弥には海斗とすごすそんな時間がとても貴重なものに思えてくるのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ダイゴはせっかくくるみにあてがわれた住処から
再び姉のうたに連れ去られた模様。
心温まるお話を一つ。
ある業界紙でコラムを書いていた記者が転職して専門誌でプレゼント企画の担当になった。
そのプレゼントの応募ハガキの中にコラムを読んでいましたという30代女性からのものを見付けた。綺麗な筆跡で教養あることが分かる文章だった。
業者以外見ないような業界紙の端っこのコラムを読んでくれていて、しかもそれを書いた人間のことを覚えていて、記者が転職したことを知ってこうして手紙で伝えてくれることが記者は奇跡のようでとても嬉しかった。きっと素敵な女性に違いない。記者はそう想像した。
そして記者は、私情を挟むことは反則だけど、その女性にプレゼントを当選させてあげることにした。
その時は10周年記念の特別企画だったため、かわいいソーサーやきれいなネックレス等、その女性が好みそうなものがいくつもあった。
女性の希望商品を見た。
「建設重機喧嘩バトル ぶちギレ金剛!!」一択。
PSのゲームだった。
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル