第17話 <7ガオー

文字数 2,993文字

 ゆたかが協会に出入りするようになったのは、半年前の電話がきっかけだった。

 ある晩、店を閉めて片づけをしていると、

「ちょっと、小口ネギ切らしたから買い物いってくるね」

と言って、アイルが出て行った。

アイルが何か隠し事があって出かける時、必ず口実に使うセリフだ。

そもそも小口ネギを誰が使うのか?

店で? いやいや。

使うとしても家で食べる納豆に入れるくらいのものだ。

ゆたかは納豆が嫌いだし吸血鬼のアイルは人の血液以外口にしないのだ。

それなのに、アイルは50年変わらず同じ口実を使い、しかもバレてないと思っている。

で、大概夜陰に紛れてイケメンを捕まえては血をすすって帰って来る。

口の周りを血糊でべっとり赤くして。

血が欲しければ自分のをやるのに、最近はそれも御無沙汰になってしまった。

「また、男漁りか」

ゆたかは独り言ちて、治りかけのぎっくり腰をいたわりつつ片付け仕事をこなしていた。

クロ電話が鳴った。

「はい、ネオ・ラーメンショップ・13高校前店です」

「ご当選、おめでとうございます!」

と女の人の甲高い声が響いた。

「は?」

「協会です。お申込みいただいた懸賞に当選されました」

ゆたかには懸賞に応募した覚えはなかった。

「何のことでしょうか?」

と聞くと、

「明日、お越しください。賞金をお渡しします」

と言って切れた。

この強引な対応。協会としか名乗らない横柄さ。

ゆたかには心当たりがあった。

吸血鬼邂逅協会。

アイルは新しい真夫探しにお見合いサークルを使っているらしい。

まったくもって腹立たしいことだ。

しかし、ゆたかには選択権など端から存在しない。

「少しくらい退職金もらってもいいだろ」

せめてもの意趣返しにと、ゆたかは次の日、アイルにだまって出かかることにした。



「小口ネギ切らしたから買って来るよ」

と言った時のアイルの表情は見ものだった。

遠くの故郷の子守唄でも聞いたのか、妙にほっこりした顔をしていた。

どうやらアイルは小口ネギという言葉を聞くと思考が止まるらしい。

「はーい」

と言って、こんな昼間の忙しくなる時間帯に出て行くゆたかをとがめることすらしなかった。

 しかし、ゆたかは吸血鬼邂逅協会の扉の前に立って、ものすごく後悔した。

アイルを出し抜くつもりで来たが、ここはそもそも吸血鬼が出入りする場所だ。

自分のような人間が来たとなれば、飛んで火にいるなんとやらで食餌にされるのは目に見えている。

で、帰ろうと思った瞬間、中から扉が開いてスーツ姿の女の人が、

「お待ちしておりました。どうぞ中へ」

と招じ入れようとした。

一目で吸血鬼と分かる相貌に腰が抜けそうになる。

「賞金をお受け取りに来られた坂倉様ですね。どうぞ、大金があなた様を待ってますよ」

という言葉に、いやまして恐怖を募らせる。

大金が吊るされた餌にしか思えなかったから。

「さ、さ、中へ」

とても諦めてはくれなさそうな態度に、ゆたかは吸血鬼に促されるまま、扉の中に入ったのだった。

通されたのは会議室のような部屋だった。

「しばらくお待ちください」

と先ほどの吸血鬼が部屋を出て行きがてら、

「坂倉様が当所初の人間のお客様なんですよ」

と嬉しそうに言った。

 しばらく待っていると扉が開いて片手にブリーフケースを持って入ってきたのは、紺青のストレート髪にウルトラマリンブルーの瞳の女。

それは、明らかに戦闘吸血鬼だった。

戦闘吸血鬼がそれと分かるのは、応力と言われる他者を圧っする力を全身から感じるからだ。

アイルは自在にそれを制御して消し去ることが出来る。だからゆたかとも一緒に住める。

だが、この戦闘吸血鬼は抑えているつもりなのかもしれないが、応力が嫌味なほど駄々洩れだった。

ゆたかはアイルと長年過ごしてきたから応力に耐えて何とか立っていられたが、普通の人間だったら倒れていただろう。

「アイルはどうした?」

死ぬ時が来たとゆたかは観念する。

やっぱりこんなとこ来るんじゃなかったとも思った。

「アイルには言ってきたのか?」

「いいえ」

正直に答える。

戦闘吸血鬼はしばし考えた後、ブリーフケースから書類の束を取り出すと、

「めんどうでなくていい。アイルの名義貸しをお前に頼む。ハンコは持って来たか?」

「ハンコはないです」

「受け取りの時は何でもハンコ必須だろが」

ハンコなんて大災疫前にその存在を消して久しいが、吸血鬼はどうしたものか旧態依然なものが好きだ。

すると戦闘吸血鬼はゆたかの手を取って親指を食い破ると、書類の表に押付けた。

「契約成立だ」

ゆたかは、えらいことになったと思った。

アイルに殺されかねない案件だ。

戦闘吸血鬼は書類を手元に引き寄せながら、

「べっ! べっ! しかしまずい血だな。アイルもよくお前なんかと一緒にいるよ」

散々な言いようだ。

ゆたかだとて好きで血がまずくなったわけではないのだ。

これでも若い頃はアイルを恍惚とさせたことだってあるのだとゆたかは言いたかった。

しかし、この若そうな戦闘吸血鬼にそんなこと言ってもしかたがないことくらいは、ゆたかは自分の衰えを自覚していた。

「名義貸しの訳を聞いてもいいですか?」

曰く、自分の名前で「マンハン」を開催すると問題があるから、他の戦闘吸血鬼に内密に名義を借りたいと思って、実績0のアイルに頼むことにしたと言う。

「何だ? 見返りが欲しいのか?」

ゆたかはそんなつもりではなかったのだったが、

「契約書の通り、アガリの10%がアイルのものになる」

「それはアイルさんに渡されるのですか?」

「ああ。直でな」

これから、このことがアイルにバレるのを戦々恐々と過ごし、最後は退職金もなく捨てられるのか。

ゆたかは自分の行く末が悲惨なものにしか思えなくなった。

死んだ方がましとさえ思えてきた。

すると、戦闘吸血鬼が、

「お前にスターを決めさせてやる。駄賃だ」

と言って、書類の中ほどをめくって一覧表を提示した。

それを見てゆたかは直ぐさま、一番終わりの欄に、

「佐々木海斗、18才、13ネオワンガン高校3年」

と書き込んだのだった。

「ヒント欄も書いてくれ」

ヒントとは、そのスターについてハンターに掲示される特徴で、特定できてしかもわかりにくいものが良いとされる。

ゆたかはそれで、

「ガンプラマニアの親なし家なし彼女なし男」

と書いた。

この時代に親なし家なし彼女なしはざらにいるが、ガンプラマニアは存在しない。

なぜならガンプラなんてどこにも売ってないからだ。闇ですら流通していない。

しかし、海斗は自分を説明するとき何故かガンプラ趣味を口にする。

店に最初に来た時もそうだった。

「ボク、ガンプラが趣味なんです」

ゆたかは大災疫前の生まれだからかろうじて知っていたが、今の世の中だれがガンプラなんて知っているだろう。変な子だなとその時思った。

それをゆたかは思い出したのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

「マンハン」の主催者は夜野まひる
海斗をスター認定したのは坂倉アイルの真夫のゆたかでした。

だいたいそんなところだろうとは思ってました。

さて、坂倉アイルと京藤くるみは戦うことになるのでしょうか?
夜野まひるはこの二人とどう絡んでくるのか?

今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。


真毒丸タケル


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