第46話 <5ガッオ 

文字数 2,627文字

 くるみと如月ののかたちがオオカミのジャンクヤードにいた時、海斗は奥村尚弥の家を訪ねていた。

「大学合格おめでとう。一流大学だそうじゃない」

海斗が尚弥に言うと、尚弥は照れた様子で、

「ありがとう。一流だったのは昔のことだよ。今はネオ・バカ田大学の隣の大学って……」

「そういう謙遜の仕方はどうかと思うけど……。だって100倍の競争率だったんだろ」

「ああ、よく5000人も受験生がいたよ」

大学でも他の教育機関と同じく、1学年の定員を50人と決めてあるのだった。

「何学部だっけ?」

「AIコミュニケーション学部。ていうか、それしか学部ないけど」

「何を勉強するの?」

実は尚弥にも何を勉強するか、まだはっきりとは把握できていなかった。

合格通知書と一緒に送られてきたシラバスを見てみたが、

「AIとのコミュニケーション能力を磨く」

とあって、思っていた内容と違うような気がしていた。

尚弥が想像していたのは、AIの仕組みを研究したり、AI製造の技術を習得したり。

そういうものだと思っていたのだった。

「それはそうと、海斗。内定辞退は取り消したんだろ?」

海斗も本当に知りたくて聞いたのではなさそうなので、尚弥は話題を変えた。

 今日、海斗が尚弥を訪ねて来たのは、卒業式に出られなかったので尚弥にちゃんとお別れの言葉を言うためだった。

しかし一番の用件は、尚弥の父、奥村孝一に内定辞退取り消しの件で相談したかったからだった。

 海斗は、可愛い奥さんと一緒に気兼ねなく店を切り盛りするのと、エリート街道だけれどきっと退屈な職場でおとなしく書類に向かうのとを天秤にかけて、前者を取った。

いえば、一旦は自分の人生に一石を投じてしまったのだから、それを取り戻すというのは虫が良すぎるというのは分かっている。

しかし前者の道が閉ざされた今、すがるのは内定辞退取り消し以外ない海斗なのだった。

「いいや。しようとしたんだけど、一切の連絡が取れなくて……」

何度も担当者に連絡しようとしたが、まったくつながらなくなってしまった。

窓口に足を運んだが、そういう部署はないと門前払いをくらってもいた。

それで、以前からお世話になっている奥村孝一に取りなしてもらえないか相談に来た。

「そうなんだ。親父ならもうすぐ帰ると思うけど」

そう言ってかれこれ3時間、世紀のクソゲー『建設重機喧嘩バトル ぶちギレ金剛!! 』をプレイしている二人だった。

「俺、そろそろ帰るわ」

と言って、海斗が立ち上がると、

「そうか? なんかすまないね。親父が帰ったら伝えておくから」

と尚弥も立ち上がった。

 エレベーターホールまで海斗を送って行く。

別れ際に海斗が、

「ありがとう。じゃあ、大学頑張れよ」

「ああ、海斗もな」

と尚弥は言ったが、海斗には差し当たって何もないことに気付いて申し訳なくなった。

 尚弥が家に戻ると、

「海斗くんは元気だったかい?」

玄関で待っていたらしい奥村孝一が言った。

「まあね。でもどうして会ってやらなかったの? 内定辞退取り消しなんて父さんの一声でなんとでもなるでしょう?」

と食い気味に尚弥が言うと、奥村孝一はあまり見せたことがない厳しい顔で、

「お前は大学の勉強に集中しなさい」

と言って書斎に戻って行ったのだった。



「やつらの銭湯をつぶせば北バーチーはウチらが制覇することになる! 気合い入れてIKEA!」

単車総勢100台の先頭を切ってネオワンガン道を突き進むのは、猫実サキ。

シンウラヤスを統べる猫実文男の愛娘だ。

目指すはシンミナミフナバシ。

大災疫前は、ららぽーととかIKEAとか商業施設が乱立していた場所だ。

「IKEAはもうありませんけど、姉貴!」

すぐ隣を走るのは側近中の側近、弁天ナナミだ。

身長は2m越え。ケンカはめっぽう強いが、こまかいことが気になる性格だった。

「ダジャレは聞き流せって言ってんだろ!ナナミ」

そう言ったのは、もう一人の側近富岡ツル。

IQ200。猫実文男がマツノ湯で旗揚げした時から智謀策略でつかえている。

そして、猫実サキがダジャレを指摘されるのが一番嫌いなことを身をもって知る女でもあった。

ドッカーーーン!

「言わんこっちゃない」

弁天ナナミが乗った単車が、猫実サキのどてっぱらキックで吹っ飛び、ネオワンガン道の高架を飛び出していった。

「誰かナナミ拾って来い!」

数台が隊列を離れ、インターから下の道へ降りて行く。

猫実サキの一団はそれには構わず先へと突き進んでゆくのだった。

「ミャーよ。寒くないかい?」

猫実サキがライダースーツのジッパーを少し緩めて胸中のモコモコに話しかける。

「ミヤー」

顔を上げて返事をしたのは、猫実サキの愛猫ミャー。猫時代の猫実ヌコだ。

「あと少しで、あったかい風呂桶の上で寝かせてやるからな」

ミャーはこのころすでに15才を超えていて、すでに自分の足では歩けなくなっていた。

猫実サキの遠征は長い時で1週間以上かかる。

留守の間にミャーが寂しい思いをしないように、猫実サキは必ず懐に忍ばせて連れて来ていたのだ。

勿論、危ない目に会わせないため戦闘中は信頼できる味方に預けたが、勝利すると一番最初に風呂を沸かし、桶の上に板を敷いてミャーを寝かせてやるのが常だった。

 猫実サキは再びシッパーを閉じると、アクセルを目いっぱい吹かし、夕闇迫るネオワンガン道を突き進んでいった。

 銭湯族が群雄割拠した大災疫直後。

猫実文男が率いるマツノ湯軍団はネオワンガン地域を制圧し北バーチーに勢力を伸ばしつつあった。

その切り込み隊長が猫実サキだ。

猫実サキの勢いはとどまるところを知らなかった。

それは文男がシンウラヤス・シンギョウトクを手中に収めた速さの10倍して北バーチーの各所に散らばる銭湯を蹂躙していった。

いわば、文男伝説の実体を娘のサキが支えていたと言っても過言ではなかったのだ。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

ガオくんの市役所就職は完全に閉ざされたようです。

どうも行政とAIとのつながりがきな臭くなってきた感じがします。

そして猫実サキの登場です。

あれ? この人もくるみと同じくダジャレを指摘されるのを嫌ってます。

何か繋がりがあるんでしょうか?


次週の公開も水曜19時です。

今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル

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