第4話 <3ガーオ

文字数 2,649文字

くるみがデコ木刀を手に通用口からテラスに出てみると、風に嫌なにおいが混じっていた。

あいつの匂いだ。

緑のクマあたりを見る。

一番近いアトラクションの屋根の上に人影が見える。

「ともかのやつ」

くるみは一歩踏み込むと11月の夜空に向かって飛び出した。

飛んだわけではない。20m下の屋根に飛び降りたのだ。

屋根伝いに緑のクマのもとへ急ぐ。

くるみの行く手を枯れすすきが邪魔をする。

何年も放置していたせいで、コンクリ屋根の上は薄が生い茂っているのだ。

それをデコ木刀で薙いでは突き進む。

くるみが通った後に刃薄が舞い上がる。

そして最後のヘリを踏んで飛び、ヒトデナシの群れに紛れる。

周りを見ると、ヒトデナシは一か所に寄せていた。

その中心に海斗がいるのは明らかだった。

くるみは地面を蹴って飛ぶとその中心に降り立った。

やはり海斗が地面にのびて白目をむいていた。

「ガオくん、大丈夫か?」

海斗の目が開いて、

「ガオ?」

「なんねーって、ヒトデナシに喰われたって。そもそも喰われてねーだろ」

くるみは、海斗を助けて壁に凭れ掛からせると月影の中に出た。

今度はヒトデナシがくるみを取り囲む形になった。

ヒトデナシは腹が減った、はやく人を喰わせろなど勝手なことを喋ってうるさい。

ところが、

「ともか! 降りてこいや」

とくるみが叫ぶと一斉に沈黙した。

そして、くるみと海斗からゆっくりと遠ざかって距離を置く。

ネズ男爵のホラーの館。

その屋根の風見鶏の上にちょこんと腰かけた人影がある。

白いガータータイツに真っ赤なエナメル靴をはいて
胸元レースの黒いゴシックワンピ、細い胴体をコルセットで絞めつけている。

赤いゆるふわ髪に自慢の小顔。赤い大きな瞳がきらきらと輝いていた。

「くるみちゃん、そろそろお城を明け渡しなさいな」

赤坂ともか。ここからさらに海寄りにある最終処理場跡を根城にする吸血鬼だ。

ヒトデナシを自在に操る吸血鬼で、やたらとしつこい。

このしつこさがヒトデナシの攻撃にも出ている。

直ぐに殺さない。ギリギリで生かして執拗に恐怖を与え続ける。

恐怖で血に旨味を加えるためだ。

血も凍る恐怖のレシピ。なぶり殺し系レシピの代表格だ。

くるみにとっては、この旧ネズ男爵リゾートの領有をめぐってことある毎にちょっかいを出してくる、迷惑な奴である。

「お前は最終処理場がお似合いだ」

とくるみが言うと、

「あそこは暗くて臭くていけない。あたしはもっと華やかな場所がいいの」

だからここに住みたい。

「お前もなかなか嫌な匂いしてるぞ」

「あーー、そういうこと言っちゃいけないんだ。いじめにつながるから」

「そうかよ。お前がヒトデナシを使ってやってることに比べたら大したことでないがな」

このあたりでヒトデナシに喰われたら、たいがい赤坂ともかの仕業と見ていい。

「あんたみたいな、いけすかない女こそあそこに住むべきなの」

と言うと手を挙げてヒトデナシをくるみにけしかけた。

ヒトデナシの数は100以上。

最強にして最高の美少女吸血鬼とはいえ、多勢に無勢は抗えそうにない。

「ガオ!」

海斗が立ち上がり身構えた。

「何者でもないお前はおとなしくしてろ。気持ちはありがとう」

そういうと、くるみの肩の辺りからもうもうと湯気が立ち始める。

そして周囲の空気が陽炎のように揺らめきだした。

くるみが、デコ木刀を逆手に持つと、

「グラディウス」

逆刃のデコ刀で背後の虚空を切り裂いた。

80年代に流行ったシューティングゲームの名を冠するくるみのラダー(特殊技)が発動されたのだった。

切り裂かれた隙間のヘリに真っ黒い手が掛かる。その手の指先から黒い液体を滴らせている。

また一つ。また一つ。手が増えて行く。

そして、その手が隙間を押し広げると、真っ黒い胴体が出てきた。

何体も何体も、手の数だけにゅうっと黒い肩をこの世に突き出してくる。

そして、その胴体にはどれも首がなかった。

首なしの黒い胴体が次々に隙間から現れてそしてついに体全体を露わにした。

上半身は黒いセーラー服。下半身は黒いロングスカート。右手に黒い木刀、左手に潰した黒革鞄。全身黒い液体でずぶぬれだった。

その数およそ50か。

80年代のスケ番さながらの首なし真っ黒軍団が、ヒトデナシと対峙する。

ヒトデナシが真っ黒スケ番に向かって躍りかかる。

真っ黒スケ番は左手の黒カバンでそれを払いのける。

ヒトデナシが黒カバンの一撃で弾き飛ばされるのは、それが鉄板入りのカバンだからだった。

一撃がずいぶんと重いのだ。

首なし黒スケ番たちははじき飛ばしたヒトデナシにまたがると、

「フンヌ」

と、黒木刀を胸のあたりに突き刺してゆく。

黒木刀で突かれたヒトデナシは、その場で湯気を立てて溶け出し、黒い汁と化す。

赤坂ともかのヒトデナシは、くるみの首なし黒スケ番の敵ではなかった。

ヒトデナシが後退し始める。

「ちょっと、あんたたち、逃げたら今晩のおかずなしだからね」

戦意を削ぎ落されたヒトデナシの中から不平の声が上がる。

中の一人が後ろを向いて逃げ出した。それにつられてヒトデナシは総崩れ、勝負はついた。

月明かりの下、真っ黒首なしスケ番たちがゆらゆらと揺れ、足元のいたるところに黒いしみが広がっていた。

「くるみ! 次はお姉ちゃん連れて来るから」

と、ともかは叫ぶと屋根の上から忽然と消えた。

いやいや、吸血鬼だってそんなことできない。

赤坂ともかは建物の後ろに落っこちただけだだった。

アトラクション裏手の道をてけてけと走り去る後姿が見えていた。

「ガオ?」

「だから、ガオはいいから。君、何かになりたい人なの?」

「いいえ」

「なら、ちゃんとしゃべれ」

「後を追いかけなくていいのかと」

「それな。でも、いい暇つぶし相手だから」

「ガーオ」

「なるほどって言った?」

「はい」

「なんかわかるようになってきたっぽい」

「ガオ」

「ドヤるとこか? その前にチャック閉めろ。出っぱなしだぞ」

「ガオ!?」

トイレで小をしたままのひこばえがチャックからこんにちはしていた。

「ガオーーーー」

月影清かなネオワンガンに海斗の悲鳴がこだました。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

くるみが放つ「グラディウス」は異世界から死神レディースを呼び出すラダーか?
トリマ、くるみにとっては赤坂ともか程度じゃ暇つぶしです。

今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

takerunjp
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