第18話 <8ガオー

文字数 2,763文字

シンウラヤスの西を流れるエド川放水路沿いは護岸壁になっている。

まるで旧ネズ男爵リゾートを守る城壁かのように延々と続いている。

ただよく見ると一か所だけ切り込みが出来ていて、そこは漁船の停泊港なのだった。

通称、ホリエモンドック。

もとは地域の名を取ってホリエドックと言ったが、

財界で名を馳せたホリエモンというヒト型エコノミーロボットがネズ男爵リゾートに敵対的買収を試みて失敗、そして失踪、

数か月後、ここでスクラップ(遺体)となって発見された。

自壊(じさつ)ともネズ男爵リゾートの手の者に暗壊(あんさつ)されたとも言われたが真相は闇の中だ。

それ以降、ここはホリエモンドックと呼ばれるようになった。

大疫災の前の昔話だ。

 そのホリエモンドックの中を月明かりが白く照らしている。

ホリエモンのスクラップ(遺体)が発見されてからというもの、ここに停泊する漁船は一艘もない。

朽ちて沈下した船が一艘あるだけのドックに、繰り返しちゃぷちゃぷという波の音が響いている。

そこに最強美少女JK吸血鬼、京藤くるみがいた。

しかも水面に向かって四つん這いになっている。
 
「グエ! ゲェゲェーーー!」

ドックの水面に何か吐いているようだ。

「ひでえ食あたりだ」

喉に指を突っ込んで、さらに、

「グエ! オエ! ゲェゲェーーー!」

とやっている。

それでも吐けないらしく片手の甲が半分隠れるぐらい口のなかに突っ込みだした。

そして最後は、アニメなら影絵レベルのおぞましい状態で、人の頭ほどもある深紅の水晶玉ようのものを口から吐き出すと、

「あの派生系はウチの口には合わねーってのに」

と言ったのだった。

血とよだれの口元を海水を掬って洗いながら、

「派生(ぬし)わかったうえで吸収しないとな」

と言って立ち上がった。

吐き出した深紅の水晶玉が水面に浮いている。

くるみはそれを拾うとドックのコンクリート壁に向かって投げつけようとしたが、思いとどまって再び水の中に放り投げた。

それは水面に浮いてしばらくしてパチンと音を立てて割れ、中から血煙が立ちあがった。

その血煙は水面に揺蕩(たゆと)うて、だんだん一つの形を成してゆき、やがて可愛らしい女子高生の姿になった。

青ざめ痩せこけてはいたが、それは紛れもない如月ののかだった。

掟を破って海斗を籠絡し、くるみにやられた吸血鬼だ。

くるみはののかを吐き戻したのだ。

そしてくるみは、ホリエモンドックの水底に沈んで行く如月ののかに向かって

「ゆっくりおやすみ」

と言ったのだった。

こうしてしばらく海水に漬かっていれば、吸血鬼の強靭な生命力で復活し、再び世界を跋扈できるようになる。

「急に腹減ったな。何か喰いに行くか」

といって、くるみはホリエモンドックを後にした。



 放課後、佐々木海斗は進路の相談をしようと、奥井尚弥のいる進学教室を訪ねて行った。

「尚弥いる?」

とドアのそばでふざけ合っている男子生徒らに声を掛ける。

「いや、あいつここんとこ学校来てないよ」

やっぱり、アウティング(意思に反して他者にカミングアウトされること)されたことが応えているのかもしれない。

海斗はそう思って、今日は尚弥のところに行ってみることにする。

 シンウラヤスから一時間に一本の電車に乗りシンフナバシへ向かう。

ここは全線高架になっていて、眺めがよいから海斗は好きだった。

空は遠くどこまでも晴れ、海の向こうのボウソウの山並みが、昔と変わらぬ姿で大疫災前からの時間を紡いでいる。

でもネオワンガンの町並みに視線を戻すと、そこは復興してきたといいながら、まるで時間が止まったようにくすんだ色の風景一辺倒なのだ。

ここに昔は人が溢れ沢山の車が行きかっていた。そんなこと誰が想像できるだろう。

 シンフナバシに着くと駅前のアーケード街には人が多く行き来していた。

密集を避ける風潮のなかでこれだけ人が集まるということは、一種異様な風景だが、それだけこの街に魅力があるということなのだろう。

さすがネオワンガン特区の中心地だ。

その繁華街の中心ににょきっと建っているのが、尚弥の家があるタワマンだった。

ロビーだけでも、海斗が生きた葦原ぐらいの広さがあって、最初に見た時はみんなをここに連れてきて住まわせたいと思ったくらいだった。

ガラス張りの壁が雨露を完全に遮ってくれる。

寒い日に紫色の唇をしていた仲間たちの顔が思い浮かんで、今でも胸が痛くなる海斗だった。

 エレベーターで最上階を目指す。

尚弥の両親はシンフナバシ市役所に勤めている。

ネオワンガン特区の中でもシンフナバシ市役所の職員はエリート中のエリートだ。

住まう所も他とは比べ物にならない。

「ピンポーン」

海斗が呼び鈴と言うものを見たのも実はこの尚弥の家が最初だった。

ガチャ。

扉を開けて出て来たのは、海斗の父親だ。

下のオートロックで既に名前を告げていたので、呼び鈴を押すのを玄関で待っていた感じだった。

「海斗くん、よくきたね。尚弥なら部屋にいる。どうぞ」

と海斗を招じ入れる。

「ご無沙汰しています」

「内定おめでとう」

間接照明の廊下で前を歩きながら尚弥の父親が言った。

「ありがとうございます。奥井さんのおかげで内定いただけたようなものです」

海斗はそう尚弥の父親、奥井孝一に挨拶をした。

実際に海斗の就活に口利きをしてくれたのはこの奥井孝一だった。

奥井孝一とは尚弥に会う前からの長い付き合いだ。

実は、海斗のブルーシートに訪ねて来たシンウラヤス市役所の主任とは奥井孝一だったのだ。

当時はシンウラヤス市役所に在任していたが、今は本部の教育局で課長を務めている。

そういう縁で何かと海斗の進路を気にしてくれていたのだった。

海斗は尚弥に申し訳なく思った。

そんなつもりはなかったものの、尚弥を口実にして奥井孝一に会いに来たようになったからだった。

いや、それは嘘だ。

尚弥の家に行けば奥井孝一に会えるかもという期待がまったくなかったわけではない。

今の悩みを相談すべき最適任者は誰かと言われれば奥井孝一以外にいないのだから。

 市役所にそのまま就職するか、アイルと結婚してラーメン屋の主人になるか。

この二つの分かれ道は、海斗の将来をまったく違うものにするにちがいない。

しかし、その選択が世界の行く末をも変えてしまうということまでは、今の海斗に分かろうはずもなかった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

ここで、吸血鬼の生態を描いてみました。
基本的に素魂喰いと似た感じで吸収するらしいことが知れました。

パチンと割れた深紅の水晶玉から出て来たのは、如月ののかです。
また海斗に言い寄って悪さしないか心配です。

今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル

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