第74話 <13ガオン 

文字数 2,374文字

 くるみはネオ・チシロ小学校周辺を人を訪ねて回った。

最初に訪ねたのは学校前のガソリンスタンド、アオチ燃料店だった。

バイクの給油ついでに店の人に聞いてみたのだ。

ヤードで油まみれになって車の修理をしていたおじさんが出てきて、

「60年前の事件ね。ここの店主の子が犠牲者の一人だって聞いてるよ」

と言った。

くるみは店主に会いたいと言ったが、

「亡くなったよ。ここも別の人の経営になってるしね」

この人は経営が変わる前から務めているので、たまたま聞いて知っていたということだった。

「もしかして、その子のあだ名って、ジュンギかノンカって言いませんでしたか?」

「あだ名までは知らないよ」

「ありがとうございます。他当たってみます」

バイクのエンジンをかけると、裏手の住宅地を調べに行っていた素魂喰いの高梨ダイゴが戻ってきて、

「くるみちゃん。事件のこと知ってる人がいたよ」

と報告した。

「どんな?」

「一人住まいのおばあちゃんで、ずっと息子さんを待ってるって」

早速の当事者の出現に、くるみは急いでガソリンスタンド脇の細いジャリ道にバイクを向けたのだった。

 そこは背後に赤茶けた崖が迫り平屋の集合住宅が並ぶ、うらぶれた場所だった。

ほとんどの家の窓にはベニヤ板がはめられていて、人が住んでる気配がしない。

「ここ人が住んでるのか?」

「わずかみたいだけど……。その棟の端の部屋みたいだよ」

ダイゴが指した玄関ドアは表面が細く剥がれてすだれのようになっていた。

本当に人がいるのかといぶかしく思いながらくるみはドアをノックする。

「すみません。お話を聞かせて……」

と言いかけたとき、カチャリと鍵が開く音がしてドアが開いた。

暗い部屋の中からヴァンパイアの住処のような臭いが漂い出てきて、くるみは一瞬身構えたが、

「お入りなさい」

と請じ入れてくれたのはパジャマ姿の小柄な老婆だった。

しわだらけの顔はどう見てもヴァンパイアではなさそう。



「うちの子のことが聞きたいって?」

盆にのせて持ってきたお茶をちゃぶ台に並べながら老婆が言った。

「うちの子は、クラスで一番の下っ端だったのよ。だから、あの子はイヤイヤ連れて行かれたの」

と言った。

「ガソリンスタンドの子が無理強いしたに決まってる。あの子、青大将ってあだ名だけあって血も涙もない子だったからね。責任とってもらいたいよ」

どうやらガソリンスタンドの子はノンカとジュンギでなかったらしい。

「お子さんのあだ名はなんと言いましたか?」

「うんこ垂れよ。入学式でウンチをもらしてしまってね。それ以来ずっといじめられてたの」

この老婆の息子も、ジュンギでもノンカでもないようだった。

「お母さんは、11人の中にジュンギとかノンカってあだ名の子がいたことを知ってますか?」

「知らないね。あたしが知らないってことはニュータウンの子じゃないかね」

ニュータウンというのは、ネオ・チシロ小学校周辺地域から田んぼを隔てた先の丘陵地にある団地のことだ。

ニュータウンとは言っても造成されたのは60年以上前のことだという。

 老婆はその後も積もりに積もった話をし続けた。

ただそれは老婆自身の人生に対する愚痴ばかりであって息子のことは最初の話で尽きてしまっていた。

「ありがとうございました」

くるみとダイゴがようやく暇を告ることが出来たのはドアをたたいてから3時間後のことだった。

「また来ておくれ」

玄関先にずっと立って見送ってくれた老婆は本当に名残惜しそうだった。

駐輪場までの道でダイゴが、

「あのおばあさんもずっとあそこに閉じ込められてるみたいだったね」

と言った。

事件に巻き込まれて解決の糸口すらない中、時間だけが過ぎて行ったのだ。

そこにいたのは朽ち果てゆく住居で息子の帰りを待ちながら愚痴を言うしかない老婆の姿だった。

くるみは事件が残した爪痕の一端を見た気がした。

「お母さんたちは、息子の帰りをずっと待っていたんだって」

くるみは小学少女たちの言葉の意味を胸に刻んだのだった。

 

 如月ののかとガオくんこと佐々木海斗が夜のネオ・トーガネ街道を疾走していると、くるみからニュータウンの児童公園にいると連絡があった。

公園を見つけ敷地に入ると、明滅する街灯の明かりの中、ダイゴがブランコに揺られているのが目に入った。

くるみを探すと、

「ののか、ごくろうさん。ガオくんもありがとう」

と、ジャングルジムの上から声が掛かった。

振り仰ぐと、くるみが夏の銀河を背にののかを見下ろしていた。

ののかは、冬のふれあいすぎ公園でくるみに初めて会った時の戦慄を改めて思い出し背筋が凍り付く思いがした。

「くるみさん、あたしはこれから何を?」

「人捜しを手伝って」

頭数で呼ばれたようだった。

ののかはその答えに拍子抜けしてしまったが、半分は納得したのだった。

留守番役には猫実ヌコのような強者を残したほうがいいからだ。

そしてダイゴが、

「片っ端から呼び鈴押して、ノンカとジュンギって知ってますかって聞いて回るんだよ」

せわしなくピンポンを押す仕草をしながら説明した。

「ほぼ空き家で反応なしだがな」

大災疫での人工激減はここにも影響を及ぼしていたのだった。

「いたとしても60年も前のことだから人も入れ替わっててね」

今のところ手がかりなしという。

「人間はそろそろ寝る時間だろうから、また明日の朝からお願い」

と言うと、くるみはジャングルジムの鉄骨に寄りかかって夜空を仰いだのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

くるみたちは「ノンカとジュンギ」というあだ名を頼りに、メカ・ヌマオの謎に挑みます。


今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル
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