第24話 <14ガオー
文字数 2,638文字
大観覧車のてっぺんに、立て膝をして片足を下に垂らし張能サヤが座っている。
艶のある黒髪をボブにして黒曜石のようなその瞳で世界を睥睨している。
ネイビーブルーのセーラー服に白のリボン、超ミニスカートの下は白のニーハイソックスに黒のローハーを履いている。
張能サヤはここで月影まばゆいネオワンガンの海を眺めるのが好きだった。
「実際、一番眺めがいいだろ」
大観覧車の頂上がネオワンガン地域のランドマークの中で一番の高所だからだ。
張能サヤはそれが自慢だった。
カサイリンカイ公園から旧エド川を4、5Kmさかのぼったところにテイタイ島という中の島がある。
張能サヤは以前はそこを根城にしていたのだったが、ずいぶん前にいられなくなってここに流れて来た。
そのころはこんな海風の吹きすさぶような場所は好きでなかったが、住み出したらいっぺんに気に入ってしまった。
なにより人間たちが何もないのに夜な夜な来ては、夏も冬も関係なくお互いの身体を温め合うのが面白かった。
そっち方面のことを張能サヤに教える者などいない。
何してんだろ?
好奇心に駆られた張能サヤはそれを観察するのが日課になっていた。
端から見ると単なる草陰のデバガメなのだが、本人は人間たちを陰から見守るガーディアンだと自負していた。
今、張能サヤは夕方に来た男女のカップルが十分に暖を取って顔を火照らせながら公園から出て行くのを見送って、この高所で次の観察対象がやって来るのを待っていた。
おりしも冷たい1月の寒風が吹きつけて来ていたが、吸血鬼のサヤには何のストレスにもならなかった。
それはどうやらマイハマ鉄橋を渡ってくるカップルの女も同じようだ。
この寒夜にワンピース1枚なんて人間技じゃない。
「アイルか。何しに来やがった」
テイタイ島、大災疫前はエイタイ島と言った。
現在の呼称は、坂倉アイルと張能サヤとが戦った後からだ。
まだ、シンウラヤスの勢力図が今のようでなかった大災疫の直後、坂倉アイルはエイタイ島の張能サヤに戦いを挑んだ。
アイルにとってはシンウラヤス全域を手中に収める直前で、旧エド川に浮かぶ小島の主を排除すれば、テリトリーにちょっかいを出す戦闘吸血鬼はいなくなるという状況だった。
もとより慎重派のアイルは自分一人で戦闘吸血鬼相手に戦をしかけるほどバカではなかった。
素魂喰い、ヒトデナシ、普段は戦闘を好まない宿狼をかき集めて1000からの大軍勢で一斉攻撃を仕掛けた。
張能サヤが昼に弱いのを知った上で、昼討ちを掛けて万全を期した上だ。
しかし、すべては張能サヤの思惑のうちで、助っ人に頼んだ人外どもは全滅して、坂倉アイルは張能サヤと対峙することになる。
そうして旧エド川を挟んでエイタイ島の張能サヤとシンウラヤスの坂倉アイルのにらみ合いが3週間続いたある日、
目の前の川中を3個の黄色いガーガーちゃんが流れて来たのを機に、張能サヤが最終ラダー(特殊技)を発動、一瞬で坂倉アイルの右半身を吹っ飛ばした。
止めを刺しに躍りかかろうとした張能サヤは、同時に放たれた坂倉アイルの最終ラダーのせいで脊髄ごとエイタイ島にはりつけにされて身動きできず、坂倉アイルの逃亡を許してしまう。
その後、半身を失った坂倉アイルは全回復に数年を要し、エイタイ島にはりつけにされた張能サヤは脱出するだけで同じだけの日数がかかった。
脱出にそれだけ時間がかかったのは、殺した素魂喰いから放出されたシアン化カリウムがエイタイ島を汚染し、張能サヤの体力を常時けずったせいだった。
おまけに旧エド川に流出した毒気のせいで、シンウラヤスの漁業も全壊滅してしまう。
それで野ざらしの張能サヤの姿や旧エド川の状況を見た近隣住民が
「サヤさん手痛いねー」
「テイタイ島だねー」
となって、現在の呼称となったのだった。
その空隙を漁夫 ったのがくるみだった。
「誰もいねーじゃん。じゃあ、ここに住むべ」
と言って、シンデルカモ城を根城に定めたのだ。
坂倉アイルにとって張能サヤはリベンジ相手だ。
だが、あの時くらったラダーの衝撃は、回復後も梅雨になると右半身をじくじく不快にさせるほどにアイルの体に刻まれたものだった。
その後、戦いの場から遠ざかって張能サヤと相まみえないようにして生きてきたのは、次に戦ってこの前以上の戦果を上げられるとは思えなかったからだ。
「次は相対死 だな」
その言葉の意味(※)をよく知ることなく坂倉アイルは思うのだった。
海斗は公園の敷地内を歩きながら、黙々と先を行くアイルに声をかけるべきか思案していた。
「疲れたんすけど」
軟弱な奴と思われそうだ。
「いつ飯にありつけますかね?」
どうせこの先に飯屋なんてない。嫌みすぎる。
「ちょっとここで休憩しませんか?」
下心丸出しだ。
するとアイルが急に振り返って、
「もう少しだから」
と言った。
アイルの背後の闇に大観覧車がその威容を隠しているのが海斗の目に入った。
昔はネオンが消えていても、航空障害灯でその在処が遠くからもわかったものだが今はそれも消えて久しい。
ピカ!
大観覧車の頂上あたりで光が瞬いた。
次の瞬間、海斗はものすごい勢いで後方に吹っ飛ばされていた。
さっきまでいたあたりでもうもうと上がる土煙。
土煙が風に流されて現れたのはせっかくのワンピースに土をかぶって立つアイルだった。
その目の前に、なかったはずの真っ黒い数本のぶっとい杭。
アイルは地面にぶっささった杭の一本を片手で引き抜いて、
「海斗くん。そこにいて」
と言うなり夜空に向かってその杭を一投、次いで正面に爆速で駆けだした。
海斗は戦慄した。
アイルから圧倒的な力を感じたからだ。
それはあの夜、如月ののかが、
「いいよ、抱いて」
と言って豹変し爆発させた以上のものだった。
そのせいで海斗は気を失ったのだ。
「やっぱそうだったの?」
海斗は吸血鬼にばかり人気の自分に嫌気がさしてきた。
---------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
坂倉アイルと張能サヤとは過去に死闘を演じたライバル同士。
二人の戦闘吸血鬼は出会えば戦うことになるのに、アイルはどうやって共同戦線を張るつもりなのでしょうか?
※相対死とは、情死、心中死に対する江戸幕府の法制用語。アイルは相討ちの意味だと思っている。
来年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
艶のある黒髪をボブにして黒曜石のようなその瞳で世界を睥睨している。
ネイビーブルーのセーラー服に白のリボン、超ミニスカートの下は白のニーハイソックスに黒のローハーを履いている。
張能サヤはここで月影まばゆいネオワンガンの海を眺めるのが好きだった。
「実際、一番眺めがいいだろ」
大観覧車の頂上がネオワンガン地域のランドマークの中で一番の高所だからだ。
張能サヤはそれが自慢だった。
カサイリンカイ公園から旧エド川を4、5Kmさかのぼったところにテイタイ島という中の島がある。
張能サヤは以前はそこを根城にしていたのだったが、ずいぶん前にいられなくなってここに流れて来た。
そのころはこんな海風の吹きすさぶような場所は好きでなかったが、住み出したらいっぺんに気に入ってしまった。
なにより人間たちが何もないのに夜な夜な来ては、夏も冬も関係なくお互いの身体を温め合うのが面白かった。
そっち方面のことを張能サヤに教える者などいない。
何してんだろ?
好奇心に駆られた張能サヤはそれを観察するのが日課になっていた。
端から見ると単なる草陰のデバガメなのだが、本人は人間たちを陰から見守るガーディアンだと自負していた。
今、張能サヤは夕方に来た男女のカップルが十分に暖を取って顔を火照らせながら公園から出て行くのを見送って、この高所で次の観察対象がやって来るのを待っていた。
おりしも冷たい1月の寒風が吹きつけて来ていたが、吸血鬼のサヤには何のストレスにもならなかった。
それはどうやらマイハマ鉄橋を渡ってくるカップルの女も同じようだ。
この寒夜にワンピース1枚なんて人間技じゃない。
「アイルか。何しに来やがった」
テイタイ島、大災疫前はエイタイ島と言った。
現在の呼称は、坂倉アイルと張能サヤとが戦った後からだ。
まだ、シンウラヤスの勢力図が今のようでなかった大災疫の直後、坂倉アイルはエイタイ島の張能サヤに戦いを挑んだ。
アイルにとってはシンウラヤス全域を手中に収める直前で、旧エド川に浮かぶ小島の主を排除すれば、テリトリーにちょっかいを出す戦闘吸血鬼はいなくなるという状況だった。
もとより慎重派のアイルは自分一人で戦闘吸血鬼相手に戦をしかけるほどバカではなかった。
素魂喰い、ヒトデナシ、普段は戦闘を好まない宿狼をかき集めて1000からの大軍勢で一斉攻撃を仕掛けた。
張能サヤが昼に弱いのを知った上で、昼討ちを掛けて万全を期した上だ。
しかし、すべては張能サヤの思惑のうちで、助っ人に頼んだ人外どもは全滅して、坂倉アイルは張能サヤと対峙することになる。
そうして旧エド川を挟んでエイタイ島の張能サヤとシンウラヤスの坂倉アイルのにらみ合いが3週間続いたある日、
目の前の川中を3個の黄色いガーガーちゃんが流れて来たのを機に、張能サヤが最終ラダー(特殊技)を発動、一瞬で坂倉アイルの右半身を吹っ飛ばした。
止めを刺しに躍りかかろうとした張能サヤは、同時に放たれた坂倉アイルの最終ラダーのせいで脊髄ごとエイタイ島にはりつけにされて身動きできず、坂倉アイルの逃亡を許してしまう。
その後、半身を失った坂倉アイルは全回復に数年を要し、エイタイ島にはりつけにされた張能サヤは脱出するだけで同じだけの日数がかかった。
脱出にそれだけ時間がかかったのは、殺した素魂喰いから放出されたシアン化カリウムがエイタイ島を汚染し、張能サヤの体力を常時けずったせいだった。
おまけに旧エド川に流出した毒気のせいで、シンウラヤスの漁業も全壊滅してしまう。
それで野ざらしの張能サヤの姿や旧エド川の状況を見た近隣住民が
「サヤさん手痛いねー」
「テイタイ島だねー」
となって、現在の呼称となったのだった。
その空隙を
「誰もいねーじゃん。じゃあ、ここに住むべ」
と言って、シンデルカモ城を根城に定めたのだ。
坂倉アイルにとって張能サヤはリベンジ相手だ。
だが、あの時くらったラダーの衝撃は、回復後も梅雨になると右半身をじくじく不快にさせるほどにアイルの体に刻まれたものだった。
その後、戦いの場から遠ざかって張能サヤと相まみえないようにして生きてきたのは、次に戦ってこの前以上の戦果を上げられるとは思えなかったからだ。
「次は
その言葉の意味(※)をよく知ることなく坂倉アイルは思うのだった。
海斗は公園の敷地内を歩きながら、黙々と先を行くアイルに声をかけるべきか思案していた。
「疲れたんすけど」
軟弱な奴と思われそうだ。
「いつ飯にありつけますかね?」
どうせこの先に飯屋なんてない。嫌みすぎる。
「ちょっとここで休憩しませんか?」
下心丸出しだ。
するとアイルが急に振り返って、
「もう少しだから」
と言った。
アイルの背後の闇に大観覧車がその威容を隠しているのが海斗の目に入った。
昔はネオンが消えていても、航空障害灯でその在処が遠くからもわかったものだが今はそれも消えて久しい。
ピカ!
大観覧車の頂上あたりで光が瞬いた。
次の瞬間、海斗はものすごい勢いで後方に吹っ飛ばされていた。
さっきまでいたあたりでもうもうと上がる土煙。
土煙が風に流されて現れたのはせっかくのワンピースに土をかぶって立つアイルだった。
その目の前に、なかったはずの真っ黒い数本のぶっとい杭。
アイルは地面にぶっささった杭の一本を片手で引き抜いて、
「海斗くん。そこにいて」
と言うなり夜空に向かってその杭を一投、次いで正面に爆速で駆けだした。
海斗は戦慄した。
アイルから圧倒的な力を感じたからだ。
それはあの夜、如月ののかが、
「いいよ、抱いて」
と言って豹変し爆発させた以上のものだった。
そのせいで海斗は気を失ったのだ。
「やっぱそうだったの?」
海斗は吸血鬼にばかり人気の自分に嫌気がさしてきた。
---------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
坂倉アイルと張能サヤとは過去に死闘を演じたライバル同士。
二人の戦闘吸血鬼は出会えば戦うことになるのに、アイルはどうやって共同戦線を張るつもりなのでしょうか?
※相対死とは、情死、心中死に対する江戸幕府の法制用語。アイルは相討ちの意味だと思っている。
来年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル