第39話 <29ガオー

文字数 3,160文字

 鋼鉄団地には、鋼鉄を一時的に保管する巨大な倉庫が立ち並んでいる。

鉄道高架からは倉庫群が密集しているせいか、さほどには見えないが、近くに寄るとその異常な大きさに驚いてしまう。

今、夜野まひるが立っているのはそんな倉庫の屋根の上だった。

まひるのいる屋根もフットボールの試合が十分できるほどの広さがゆうにある。

まひるはそこで、人質(坂倉アイルとマレーバク)の見張りは張能サヤに任せ、最強の妹、京藤くるみが来るのを待っていた。

「くるみちゃん早く来ないかな」

まひるは久しぶりに相まみえる妹との闘いに少し上気していた。

思えば最後に戦ったのはもう何年も前のこと。

くるみがまひるのデコ長槍を真似て自分の得物をスワロフスキでデコったくせに、

「まひる! 人の真似すんな」

と言いがかりを付けてデコ木刀で殴りかかってきたとき以来だ。

あの時は、数時間の殴り合いの末ママに止められて決着が付かなかった。

「くるみちゃん、なんでかあたしの時はラダー(特殊技)つかわないんだよね」

と独りごちた。

「ラダー使ってくれれば一瞬でけりがつくのに。アイルみたいに」

と言って、下のアスファルトのアイルに目をやったのだった。

アイルは己がラダーの、深黒の(つる)に全身を貫かれて磔になっている。

「さっきから、うるさいな」

と、夜野まひるは真上に目を向ける。

 第二ワンガン計画道路はシンウラヤスの埋め立て地を東西に横切っているが、それと並行して棒鉄塔が列をなしている。

鉄塔は一般的に鉄骨組みだが、棒鉄塔とは長大なロウソクのような形態をしているものをいう。

その棒鉄塔が先ほどから風もないのにビシビシビシと音を立てて鳴っているのだ。

「なにかね」

そして、まひるは再び第二ワンガン計画道路の彼方に目をやった。

まひるからはサカイ川にかかるイリフネ橋までの直線が見えている。

イリフネ橋は漁船が通れるよう高く設計されているため、その向こうの直線は見えないのだった。

「来た」

そのイリフネ橋のてっぺんに京藤くるみが現れた。

くるみは銀色に輝く何かに乗ってこちらに向かってくる。

「くるみちゃん格好いい」

まひるは取りあえず(ハート)を送っておいた。

それにつけても、気になるのはくるみの背後の灰色をした壁だった。

それは第二ワンガン計画道路の幅いっぱいに広がって、数十メートル上空から滝のように落ちているように見える。

「なあ、上の人。この地響きはなんだ?」

アスファルトでアイルの見張りをしている張能サヤが声を掛けてきた。

そういえば、倉庫の大屋根も小刻みに振動している。

地面では相当の揺れらしく張能サヤが、バランスを崩してよろけていた。

その刹那、張能サヤの首から血煙が上がった。

くるみが突き出したデコ木刀が張能サヤの喉元を貫いていた。

キラキラキラーン、パラパラパラ。絶妙のエフェクトがかかる。

くるみは数百mあるイリフネ橋から一瞬で距離を詰め、初手で張能サヤのオヤジのゲロラダーを封じたのだった。

それは夜野まひるたちに身構えることすら許さなかった。

くるみは返すデコ木刀で屋根まで飛び上がり夜野まひるを襲う。

まひるはデコ長槍で押し返すのがやっとで、刹那が(たが)えば股下から脳天まで真っ二つにされていただろう。

それほどくるみの斬撃はすさまじかった。

「くるみちゃん。強くなったね」

まひるがくるみの力押しを必死で戻しながら言った。

「まひる。おまえ誰と組んでやがる」

くるみが両手でデコ木刀を押しながらまひるの所業を難じた。

くるみはまひるがAIと与してることを言ったのだ。

「誰とも組んでないよ。あたしはあたしがやりたいようにするだけ」

その時、何かに気が付いたくるみの力が若干弱まった。

それを逃さず夜野まひるは長槍を押して距離を取る。

「グエゲゲ!」

アスファルトから張能サヤがラダーを発動する。

瞬時にくるみの頬を光玉が掠めていく。

張能サヤはくるみに突き破られた喉から直接光玉を噴射したのだった。

張能サヤがまともだったらくるみの頭は消し飛んでいたかも知れない。

しかしくるみは、衝撃で倉庫の屋根をころげただけで助かった。

その間にまひるは隣の倉庫の屋根に飛び移って体勢を整える。

ちょうどそのとき、地下からの、

「皆さん、作戦失敗です。撤収してください」

というアナウンスの声が入った。

ところが張能サヤは

「は? 知るか!」

中空に飛び上がり、くるみに向かって喉経由の光玉を連射した。

「グエゲゲゲ!」

横一列の光玉がくるみを襲う。

くるみはそれをデコ木刀で弾き飛ばしながら、まひるのいる倉庫の大屋根に飛び移る。

まひるは先ほどのアナウンスでもはや戦う意志を喪失させていたので、

くるみの寄せが迫る前に次の倉庫へ飛びし去って行く。

くるみが追えばまた次の大屋根へ。さらに大屋根へ。

最後にまひるはガスタンクの天辺に立つと、そこから鉄道高架に飛び移りマイハマ方面へ走り去ったのだった。

深追いは禁物とそれを見送ったくるみは、第二ワンガン計画道路へ戻る。

 その頃張能サヤは坂倉アイルの前に立って、

ぶひゅひゅぶばひゅひゅぶひゅ(俺はお前みたいな小市民が大嫌いなんだ)

と丹田に親指を突き当てていた。

張能サヤは怒りの矛先を坂倉アイルに向けようとしていた。

「グエッ」

と言った時、張能サヤの頭上に落ちてきたのは、

棒鉄塔だった。

銀狼のオオカミが棒鉄塔を根元から引き抜いて張能サヤに叩きつけたのだ。

ぶひゅー(てめー)

張能サヤが棒鉄塔に押しつぶされたアスファルトの残骸の下から立ち上がった。

そして、丹田に親指を突き上げオオカミに狙いを定めたその時、

怒濤のヌーの大軍団が張能サヤの上を通過した。

夜野まひるが見た「灰色をした分厚い壁」とは千万のヌーが蹴立てる土煙だったのだ。

張能サヤはその勢いに揉みくちゃにされ、けり潰され、弾き飛ばされて、ついにはミアケ川の水面に落ち、そしてゆっくりと水底に沈んでいったのだった。

かなりの重症だった。

体が元にもどるのにおそらく半年はかかることだろう。

 全ヌーの勢いは止まらずミアケ川に次々に突入していく。

ヌーは泳げないことはないが、ミアケ川の護岸は高い。

普通ではよじ登ることは難しかった。

このままではヌーの大移動以上の犠牲が出かねない状況だ。

そんな中、クイーン・ヌーが、

「全員ヨットハーバーから陸に上がるんだよ」

と差配すると、全ヌーは対岸のヨットハーバーへ向かって進路を取った。

ミアケ川に第二ワンガン計画道路が突き当たった向こう岸がヨットハーバーになっていたのだ。

そこならばヌーたちも容易に陸に上がることが出来る。

そこまで考えての突進だった。

クイーン・ヌーは一族を溺れて死なすような天然ヌーとは違うのだ。

 ヌーの大移動が通過した後、第二ワンガン計画道路には磔のままの坂倉アイルとその足下に蹲るマレーバクだけが残されていた。

ヌーたちの突進はアイルの磔を綺麗によけて慣行されたのだった。

戻ってきたくるみが深黒の弦の根元をデコ木刀で切り倒すと、坂倉アイルの身中に浸食していた弦もみな消えてなくなった。

しかし、アイルは気を失ったままだ。

後から来たアリクイがくるみに耳打ちする。

それを受けてくるみが立ち上がると、

「オオカミ。アイルを頼む。ウチはちょっと地下まで行ってくる」

と言うなり、大倉庫の屋根に飛び上がってシンデルカモ城へと向かったのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

夜野まひるは本気でくるみと対決するつもりはなかったようです。
怒りが収まらないのは利用された張能サヤです。

坂倉アイルにその矛先を向けますが、宿狼たちに阻止されてしまいました。


今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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