第22話 <12ガオー

文字数 2,565文字

くるみはオオカミの居所のテラスに立ってワンガンの海の上の月を眺めながら

「動物じゃねーじゃん」

と言った。

オオカミから海斗の前世を聞いた後のことだ。

くるみの隣では身の丈3mの銀狼が欄干にもたれて、城の天辺に据えられた潜水艦ノーパンチラッス号を見上げている。

くるみは海斗が以前オオカミの所で厄介になったというのを聞いていたので、

「オオカミのところは『直前前世が動物』がルールじゃなかったか?」

と言うと、居所の中から

「その人、珍しいの見つけると何だって連れてきちゃうんだ」

と答えが返ってきた。

座るとき蹲踞(そんきょ)の姿勢しかとれないクイーン・ヌーが半ばあきれ顔で言ったのだった。

「お前ら吸血鬼と同じ前世だったからな」

オオカミが言う。

「それなのに人間ってのに俺も驚いた」



 オオカミが初めて海斗を知ったのは、海斗がまだ最終処理場でゴミを漁る子供のころだった。

 もとから最終処理場は宿狼の縄張りで、その日は珍しくオオカミが見回り連中について来ていた。

オオカミが視察していると、

「ネズミつかまえました」

と最終処理場の管理を預かる宿狼が十数人の子供たちを引っ立てて来た。

縄張りを荒らされて黙っているほど宿狼は甘くない。

これまでは子供であろうが容赦しないという姿勢で、子供を捕まえれば子取りに安値で売り付けてきた。

だからこの時も同じように、なじみの子取りに売り渡すため品定めしていると、一人の子供が目に留まった。

その子供は子供たちの中でひと際ちいさかった。

寒いのか怖いのか、小さな手を胸の前でプルプルと震わせるその子はオオカミには不用意に命を落としそうであまりに危うく見えた。

ここにいてはきっと一年ももたないだろう。そう思った。

オオカミは普段は仲間の宿狼以外に安易に前世など見ないのだが、どうしたものかその子供の前世を見てみたくなった。

すると、驚いたことにその子供の前世は吸血鬼と同じだったのだ。

だがどう見ても人間だ。素魂喰いでも宿狼でもヒトデナシでもない。

オオカミも一瞬自分の前世読みのラダー(特殊技)を疑いそうになった。

そんなことあるのかと、もう一度見て見る。

やはりそうだ。間違いない。

ならば、いったいこいつは何者だ?

おそらくそれをこの小さな子供に聞いても分からないだろう。

ならば、こいつが成長した姿を見ればわかるのでは?

吸血鬼と同じ前世を持って生まれてきた人間はどうなる?

オオカミはそれを見届けたいと思ったのだった。

それが海斗だった。

 オオカミは仲間の宿狼にその場で宣言した。

「今後、最終処理場に子供が出入りすることを許可する。いいな」

海斗の生きる可能性を広げる算段だった。

これがきっかけとなって、最終処理場を抱える形で子供たちのコロニーが出来上がって行く。

 それからというもの、オオカミは陰ながら海斗の成長を見守ってきた。

初めこそ危うかったものの、海斗はみるみる生きる術を身に着けてゆく。

海斗は年を重ねるごとに、子供たちの中でもリーダーシップを発揮するようになっていった。

特に外部との戦闘にその力を発揮して、一度などヒトデナシの大群相手に一歩も引かず、かえって敵を一網打尽にした手腕にはオオカミも舌を巻いた。

「こいつは大物になる」

そう思い、前世にちなんで「蠅の王」と名付けたのはオオカミだった。

 海斗が子供たちの掟で「ちんこに毛が生え」てコロニーを出た後もオオカミは見守り続けた。

途中、奴らの誘いに乗って中学校に通い出した時は心配した。

オオカミは学校という所を脳みそをとろかして、何でも言うことを聞く人間に仕立て上げる場所と思っていた。

だが海斗はこれまでと変わらず海斗で、ブルーシートの家で生活し、川魚を捕って生きているのを見て、オオカミは安堵した。

「前世の違いかもな」

そう思った。

学校に行っても同じ海斗。

「じゃあ、なんで学校なんて行くんだ?」

オオカミには理解不能だった。

「まだ結果が出ていないだけなのかもな」

いつ海斗が変貌して奴らの手下になるかしれない。

オオカミはそうも考えた。

それは子供のころ以上にオオカミを不安にさせた。

それで、オオカミは海斗に何食わぬ顔で接近し、

「俺んとこ来ないか?」

とやったのだった。

手元に置いて、いざというとき海斗を学校から引き離せるようにだった。

 声を掛けた時、海斗がオオカミのことを覚えているかと思ったが、海斗の記憶にオオカミはなかったようだった。

オオカミにしてみれば親代わりといわなくても親戚のおじさんくらいのつもりでいたから多少がっかりした。

 いざ海斗をジャンクヤードに住まわせてみると、海斗はまったくそれまで通りにしていたが、ジャンクヤードの宿狼たちのほうが気味悪がって一緒にいたがらなかった。

学校なんぞへ言っている奴に碌なものはいないというのが普通の宿狼の感覚だったからだ。

それで昔から学校へ行きたがっていた変わり者のアリクイとならばと、一緒の小屋で生活させたのだ。



 オオカミが海斗とのことをくるみに話していると、クイーン・ヌーが、

「跡取りにしようかって言ってたくらいなんだよ」

とセレンゲティーの草原を思い出すかのような、はるかな目をして言ったのだった。

「なんだヌー。不満だったか?」

「違うよ。あの子は優しいからね。宿狼の親分にはちょうどいいさ。でも、あんたのほうがさ。まだまだ爺さんになる気なんて全然なかったろ?」

「そりゃあ、そうだが」

くるみもどうしたものか、如月ののかの一件以来海斗のことが気にかかっている。

オオカミの海斗に対する気持ちを聞いて、そのことを改めて気づかされたのだった。

オオカミにしか分からない前世云々は置いておくとして、海斗自身に他者を惹き付けてやまない何かがあると思った方がよさそうだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

海斗とオオカミとの関係を宿狼のほうから見てみました。
ずっと海斗はオオカミに見守られて生きてきたようです。

吸血鬼と一緒の海斗の前世とは何なんでしょうか。
ちょっと気になりますが、それはおいおい分かって来ると思います。


今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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