第31話 <21ガオー
文字数 2,431文字
ゆたかが目覚めると、そこは医務室のようなところでベッドの上に裸で寝かされていた。
口に呼吸器が、上体にコード類、腕に点滴管が繋げられていて、ICUというほどではないがそれなりの機器が設置されてあった。
「俺、事故ったの?」
自然とそんな考えになった。
ゆたかは、シンウラヤスの駅前で知り合いの吸血鬼に会い、海斗のスター認定を取り消してもらうつもりで吸血鬼邂逅協会まで付いて来た。
案内してくれた吸血鬼の後から協会の扉をすり抜けた所までは覚えている。
つい今し方のことだ。
その後何かが起こったのだろうが協会内で交通事故はありえない。
「事故じゃないとすると」
ゆたかには見当もつかなかった。
そのとき、医務室の物品が小刻みに揺れて音がし出した。
壁の曇りガラスも鳴っている。
胸を押しつぶす感覚が医務室の外から伝わってくる。
それは性的な時のアイルが発露すものとよく似た力だった。
ゆたかはあの時のアイルの姿態を思い出しゆたかのゆたかを堅した。
間もなく入り口の向こうに何者かが立った。
扉が開くとその現象の張本人が立っていた。
ウルトラマリンの瞳に紺青の長い髪。
応力ダダ漏れ吸血鬼、夜野まひるだった。
「早速、元気なことで」
まひるの視線がゆたかの股間に向けられていることに気づいて、慌てて両手でそれを押さえた。
「あんたのせいだろ」
と言うつもりが、自分の一物がいつもと違うのに気づいて黙ってしまった。
びっくりするほど隆々としていたのだ。
ゆたかはEDではないが、こんなに元気になったことは久しくなかった。
「どうした?」
まひるがゆたかの顔をのぞき込んで来る。
この年になれば人に見られても恥ずかしいことはないが、さすがにこの状況は赤面ものだ。
「何か着る物があったらと」
「そうか、待ってろ」
まひるが部屋から出て行った。
ひとまず落ち着く時間が出来た。
ゆたかは半身を起こして自分の股間を見てみる。
やはり最近見慣れたものとは違っていた。
若かりし頃の過剰な衝動がそこに屹立していた。
ところがその違和感は一カ所にとどまらなかった。
腹に貯まった脂肪はなく綺麗なシックスパックになっていた。
たまった脂肪のせいでBカップくらいになっていた胸も全て筋肉に変わっていた。
「若返りたい人に朗報です」
そういえばチラシを渡すときあの吸血鬼はそう言っていた。
ゆたかは見える範囲に鏡はないか探してみた。
なかった。
ピシピシと鳴るガラス。再びの圧迫感。収まりかけたものが再び盛り返す。
「これでいいか?」
まひるが衣類を持って入ってきた。
「おう、元気なこと」
ゆたかはもうどうでもよくなった。
「これ見てみな」
と夜野まひるが手鏡を渡そうと近づいてきた。
そんなに寄られたらこれ以上の醜態を晒しかねないので、
「ちょっと離れていてもらえませんか?」
と制したのだった。
入り口の所から放り投げられた手鏡を受けて覗いて見ると、
そこに映し出されたのは、
アイルが、
「今日からゆたかくんのお嫁さんになるね」
と言って初めて閨 に忍んできた日の自分だった。
ゆたかは思わず知らず涙をこぼした。
しかし嬉しいのか悲しいのか分からなかった。
この状況に感情がついていかなかった。
「これは?」
ゆたかはすがるような気持ちでまひるに尋ねる。
「リバースエイジングだ」
最近リバースエイジング技術が格段の進歩を遂げたということはゆたかも知っていた。
しかし、それを受体するには莫大な金額が必要なはずだった。
「俺、お金ないです」
「金はいらない。これはお礼だ」
まひるからお礼を受けるいわれなどゆたかにはない。
唯一あるとすれば海斗をスターに推したことぐらいだが、
それへの返礼だとしたら、ここへ来た目的が果たせなくなったことを意味する。
「そうだ。あたしに会いに来たって?」
夜野まひるがそれを察したように言う。
「いえ、もういいです。帰らしてもらっていいですか?」
戦闘吸血鬼のアイルにとって、マンハンに参加するような人外など相手ではないはずだ。
誰かが海斗を獲りに来たとしても、かならず返り討ちにするに違いない。
そう思い決めて、ゆたかはネオワンガンから遠く離れて生活することにしようと思った。
ところが、夜野まひるの答えは、
「いや、来たついでにちょっと付き合ってくれ」
と言う。そして、
「それ着たらロビーに来い」
と部屋を後にした。
渡された服は、自分の服だった。
それがこんなに奇妙な匂いがしているとは知らなかった。
カナブンとパクチーをすりつぶして煮詰めたような匂い。
これが加齢臭? いやだった。
「街を出たら最初に新しい服を買おう」
そう心に決めるゆたかだった。
ロビーに行くと夜野まひるではなく、スーツ姿の知らない吸血鬼が待っていた。
「夜野まひる様より坂倉アイル(人間)様をお連れするよう申しつかりました、コンシェルジュAIのイージーです」
真っ赤な瞳、青い血管が透き通る肌。鋭くとがった牙。
どこから見ても吸血鬼だったので、ゆたかは思わず、
「吸血鬼でないんですか?」
と聞いてしまった。
最近は他人にその属性を尋ねることはマナー違反にあたる。
「吸血鬼ですが、AIでもあります」
ゆたかには吸血鬼にAIを埋め込んであるのか、AIが吸血鬼に擬態しているのかは分からなかった。
その二つは水と油、相容れないものだというのがゆたかの常識だった。
だが、ゆたかがラーメン屋でひたすら年を重ねていた半世紀近くで世の中はそんなことになっていたのだった。
「それで、どこへ行くのです?」
と尋ねると、
「ちょっと、梯子を掛けに」
と応えたのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ゆたかは訳も分からず若返らされてしまいました。
そして、謎のAIの出現です。
「梯子を掛けに」どこへゆくのでしょうか?
今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
口に呼吸器が、上体にコード類、腕に点滴管が繋げられていて、ICUというほどではないがそれなりの機器が設置されてあった。
「俺、事故ったの?」
自然とそんな考えになった。
ゆたかは、シンウラヤスの駅前で知り合いの吸血鬼に会い、海斗のスター認定を取り消してもらうつもりで吸血鬼邂逅協会まで付いて来た。
案内してくれた吸血鬼の後から協会の扉をすり抜けた所までは覚えている。
つい今し方のことだ。
その後何かが起こったのだろうが協会内で交通事故はありえない。
「事故じゃないとすると」
ゆたかには見当もつかなかった。
そのとき、医務室の物品が小刻みに揺れて音がし出した。
壁の曇りガラスも鳴っている。
胸を押しつぶす感覚が医務室の外から伝わってくる。
それは性的な時のアイルが発露すものとよく似た力だった。
ゆたかはあの時のアイルの姿態を思い出しゆたかのゆたかを堅した。
間もなく入り口の向こうに何者かが立った。
扉が開くとその現象の張本人が立っていた。
ウルトラマリンの瞳に紺青の長い髪。
応力ダダ漏れ吸血鬼、夜野まひるだった。
「早速、元気なことで」
まひるの視線がゆたかの股間に向けられていることに気づいて、慌てて両手でそれを押さえた。
「あんたのせいだろ」
と言うつもりが、自分の一物がいつもと違うのに気づいて黙ってしまった。
びっくりするほど隆々としていたのだ。
ゆたかはEDではないが、こんなに元気になったことは久しくなかった。
「どうした?」
まひるがゆたかの顔をのぞき込んで来る。
この年になれば人に見られても恥ずかしいことはないが、さすがにこの状況は赤面ものだ。
「何か着る物があったらと」
「そうか、待ってろ」
まひるが部屋から出て行った。
ひとまず落ち着く時間が出来た。
ゆたかは半身を起こして自分の股間を見てみる。
やはり最近見慣れたものとは違っていた。
若かりし頃の過剰な衝動がそこに屹立していた。
ところがその違和感は一カ所にとどまらなかった。
腹に貯まった脂肪はなく綺麗なシックスパックになっていた。
たまった脂肪のせいでBカップくらいになっていた胸も全て筋肉に変わっていた。
「若返りたい人に朗報です」
そういえばチラシを渡すときあの吸血鬼はそう言っていた。
ゆたかは見える範囲に鏡はないか探してみた。
なかった。
ピシピシと鳴るガラス。再びの圧迫感。収まりかけたものが再び盛り返す。
「これでいいか?」
まひるが衣類を持って入ってきた。
「おう、元気なこと」
ゆたかはもうどうでもよくなった。
「これ見てみな」
と夜野まひるが手鏡を渡そうと近づいてきた。
そんなに寄られたらこれ以上の醜態を晒しかねないので、
「ちょっと離れていてもらえませんか?」
と制したのだった。
入り口の所から放り投げられた手鏡を受けて覗いて見ると、
そこに映し出されたのは、
アイルが、
「今日からゆたかくんのお嫁さんになるね」
と言って初めて
ゆたかは思わず知らず涙をこぼした。
しかし嬉しいのか悲しいのか分からなかった。
この状況に感情がついていかなかった。
「これは?」
ゆたかはすがるような気持ちでまひるに尋ねる。
「リバースエイジングだ」
最近リバースエイジング技術が格段の進歩を遂げたということはゆたかも知っていた。
しかし、それを受体するには莫大な金額が必要なはずだった。
「俺、お金ないです」
「金はいらない。これはお礼だ」
まひるからお礼を受けるいわれなどゆたかにはない。
唯一あるとすれば海斗をスターに推したことぐらいだが、
それへの返礼だとしたら、ここへ来た目的が果たせなくなったことを意味する。
「そうだ。あたしに会いに来たって?」
夜野まひるがそれを察したように言う。
「いえ、もういいです。帰らしてもらっていいですか?」
戦闘吸血鬼のアイルにとって、マンハンに参加するような人外など相手ではないはずだ。
誰かが海斗を獲りに来たとしても、かならず返り討ちにするに違いない。
そう思い決めて、ゆたかはネオワンガンから遠く離れて生活することにしようと思った。
ところが、夜野まひるの答えは、
「いや、来たついでにちょっと付き合ってくれ」
と言う。そして、
「それ着たらロビーに来い」
と部屋を後にした。
渡された服は、自分の服だった。
それがこんなに奇妙な匂いがしているとは知らなかった。
カナブンとパクチーをすりつぶして煮詰めたような匂い。
これが加齢臭? いやだった。
「街を出たら最初に新しい服を買おう」
そう心に決めるゆたかだった。
ロビーに行くと夜野まひるではなく、スーツ姿の知らない吸血鬼が待っていた。
「夜野まひる様より坂倉アイル(人間)様をお連れするよう申しつかりました、コンシェルジュAIのイージーです」
真っ赤な瞳、青い血管が透き通る肌。鋭くとがった牙。
どこから見ても吸血鬼だったので、ゆたかは思わず、
「吸血鬼でないんですか?」
と聞いてしまった。
最近は他人にその属性を尋ねることはマナー違反にあたる。
「吸血鬼ですが、AIでもあります」
ゆたかには吸血鬼にAIを埋め込んであるのか、AIが吸血鬼に擬態しているのかは分からなかった。
その二つは水と油、相容れないものだというのがゆたかの常識だった。
だが、ゆたかがラーメン屋でひたすら年を重ねていた半世紀近くで世の中はそんなことになっていたのだった。
「それで、どこへ行くのです?」
と尋ねると、
「ちょっと、梯子を掛けに」
と応えたのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ゆたかは訳も分からず若返らされてしまいました。
そして、謎のAIの出現です。
「梯子を掛けに」どこへゆくのでしょうか?
今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル