第48話 <7ガッオ
文字数 2,848文字
ネオワンガン道はシンキサラズを過ぎたあたりでウチボーバイパス道と名前を変える、
それまでは平坦続きだった風景は、山道となり急にトンネルが多くなる。
夜通し走ったマツノ湯一派は、もうそろ正面に日の出を拝む頃合いだった。
しかし目の前に見えているのは太陽ではなかった。
「サキさん、あれはなんすかね」
爆走する猫実サキの単車に併走する弁天ナナミが言った。
「行ってみりゃ分かんべ」
紫の、ってほどでもないが朝焼けの予感に路面が輝いているその行き先に、巨大な光の柱が見えていた。
それは、天からまっすぐに鋸南の山に突き刺さっていて、そこに何か想像もつかないものが存在することを予感させた。
「まるで、ジェイコブス・ラダーっすね」
博識の富岡ツルが言った。
「たんこぶですだー? なんだい、そりゃ」
弁天ナナミは横文字がいっさいダメなので、聞き取ることもできなかった。
「ジェイコブス・ラダー。天国の梯子だよ。天使が降りてくるって言う」
「なるほどね。あれもなんか降りてきてるんすかね」
「バカだね。あれは単なる自然現象だ」
とは言ってみたものの、あの光の柱がそれで片付かないだろうことは分かった。
「たらららららー」
猫実サキが鼻歌を歌い出す。
「レッド・ツェッペリンすね」
富岡ツルがすかさず反応する。
「でもそれ、天国の階段っすけどね」
ドッカーン。
猫実サキの土手っ腹キックが決まった。
「富岡の姐さーーーん!」
弁天ナナミが叫ぶ。
今回は富岡ツルが鋸南の森に突っ込んで行った。
余計な一言は命を縮める。
それがマツノ湯一派の不文律だった。
八房フセはト山の洞窟で瞑想にふけっていた。
自分が犬なのか、人なのか、それとも族なのか未だに分からないままだ。
そのとき、八房フセは妙に目の前が明るいのに気がついた。
確かに目をつぶっているのだったが、目の前に太陽でもあるかのようなのだ。
ついに自分も太陽を呑み込み、天上天下唯我独尊になったかと思った。
しかし、明るいだけじゃない。
すごく顔が熱い。まるで日サロでMAX焼きをしてしまった時のようだった。
目を開けてちら見してみる。
眩しすぎて光が目を突き差すようだ。
目を閉じる。
すると、声が聞こえてきたのだった。
「……か?」
よく聞こえない。
「……最強か?」
「お前は最強か?」
そう聞こえた。
それは八房フセの性根にくすぶる問いだった。
自分の出自など、本当はどうでもよかった。
今お前は最強なのか?
それこそが突き詰めるべき問いだった。
八房フセは南バーチー最強と謳われてきた。
子供の頃からケンカに勝ち続け、瞬く間に南バーチーの族カシラに上り詰めた。
いつか全バーチー、いや全ネオカントー制覇を視野に入れてもいた。
ところがだ、あいつが目の前に立ち塞がった。
八房フセの覇道をあいつが邪魔をした。
八房フセはある日、中央バーチーを手中に収めるべくシンキサラズに打って出た。
気負って出たものの、中央バーチーの族は戦意がなく半日もかからず制圧してしまう。
ところがそれは、すでに彼らは北バーチー連合の旗下にあり援軍待ちの方便だったと知る。
数日後、シンキサラヅ平原の北辺は北バーチーの族の集合体、北バーチ-連合の単車であふれかえったのだった。
そして後世に語り継がれるシンキサラヅ平原の激戦が始まった。
はじめは、八房フセが率いる南バーチー族が北バーチ-連合を押していた。
少数精鋭を誇る南バーチー族は、絆の薄い集合体の弱点をついて優位に立っていた。
ところが、あと少しでシンキサラヅ平原から全北バーチ-連合を排除するとなった時、形勢が逆転した。
北ネオカントー制圧戦に出張っていたマツノ湯一派が、とって返し加勢したのだ。
そのとき南バーチー族は敵勢力を押し戻すため平原に伸張して展開していた。
その横面を、猫実サキを先頭にマツノ湯一派が突き崩したのだった。
それで南バーチー族は混乱して総崩れ、敗走した。
数日して大将の八房フセは捉えられ、北バーチ-連合の陣営前に引きずり出され、南バーチーを委譲するか、ここで死ぬかの選択を迫られる。
そんな中、八房フセは猫実サキとのタイマンを申し込む。
しかも、猫実サキに八房フセが勝利したらこの戦いはドロー、北バーチ-連合は南バーチー族の土地から立ち去るという約束を取り付ける。
本来ならば、そんな敗走した南バーチーに有利すぎる条件など受け入れられるはずもない。
しかし、北バーチ-連合のカシラたちは、秒で了承したのだった。
実は、猫実サキの勢いを一番恐れていたのは、北バーチ-連合のカシラたちだった。
このままでいたら、北バーチ-連合もいずれマツノ湯一派のものになる。
ならばここで、南バーチー最強と言われる八房フセと戦わせ、鼻をへし折っておくのも手だと考えたのだった。
南バーチーの制圧など、その後で十分可能だと。
そんな陰謀など余所の風で、
「いいよ」
二つ返事で承諾するのが猫実サキだった。
猫実サキと八房フセのタイマンは、ほぼ全バーチーの族が見守る中で行われた。
あてがわれた武器はそれぞれ木刀一本。
選りすぐった業物だった。
八房フセ方は、南バーチーに古来から伝わる八犬士使用の木刀。
猫実サキ方は、巨大な手をして細かい作業が得意な弁天ナナミがデコったキラキラの木刀。
夕暮れ迫るシンキサラヅ平原のど真ん中。
影となった二人の姿。
最初に動いたのは猫実サキだった。
「ちょっとタンマ!」
「なんだ、怖くなったか?」
八房フセが嘲るように言うと、
「ちげーし」
と言ってライダースーツの前を開けて、
「ミャーはナナミのとこにいな」
と懐から猫を出してうしろに置いたのだった。
ミャーは猫実サキを心配げに振り返りながら、
「ミャーちゃん。こっちよ。チチチチ」
とよぶ弁天ナナミのほうに歩いて行く。
それを見送ると、猫実サキは、
「いくよ」
決着はあっという間だった。
一瞬で間を詰めた猫実サキのデコ木刀が八房フセの喉元に突き当っていた。
「ぐえ」
オーディエンスの目には二人の影が重ってキラキラと何かがきらめいたのが見えただけだ。
八房フセはその場に失神して倒れ、気付いたときはウチボーバイパス道を南バーチーの族のケツに力なく乗せられていたのだった。
「あの時、猫に気を取られてさえいなければ」
それが負け犬の考えであることは痛いほど分かっている八房フセだった。
しかし、あれが猫でなくて犬だったら。
そういう想いもある。
「あたしは犬派だ!」
間違えた。
「あたしは最強だ!」
八房フセは光に向かって答えたのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
銭湯族の伝説になっている、猫実サキと八房フセのタイマンです。
ここにデコ木刀が出てきます。
そういえば、京藤くるみの得物もデコ木刀でした。
どういう関係なんでしょう。
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル
それまでは平坦続きだった風景は、山道となり急にトンネルが多くなる。
夜通し走ったマツノ湯一派は、もうそろ正面に日の出を拝む頃合いだった。
しかし目の前に見えているのは太陽ではなかった。
「サキさん、あれはなんすかね」
爆走する猫実サキの単車に併走する弁天ナナミが言った。
「行ってみりゃ分かんべ」
紫の、ってほどでもないが朝焼けの予感に路面が輝いているその行き先に、巨大な光の柱が見えていた。
それは、天からまっすぐに鋸南の山に突き刺さっていて、そこに何か想像もつかないものが存在することを予感させた。
「まるで、ジェイコブス・ラダーっすね」
博識の富岡ツルが言った。
「たんこぶですだー? なんだい、そりゃ」
弁天ナナミは横文字がいっさいダメなので、聞き取ることもできなかった。
「ジェイコブス・ラダー。天国の梯子だよ。天使が降りてくるって言う」
「なるほどね。あれもなんか降りてきてるんすかね」
「バカだね。あれは単なる自然現象だ」
とは言ってみたものの、あの光の柱がそれで片付かないだろうことは分かった。
「たらららららー」
猫実サキが鼻歌を歌い出す。
「レッド・ツェッペリンすね」
富岡ツルがすかさず反応する。
「でもそれ、天国の階段っすけどね」
ドッカーン。
猫実サキの土手っ腹キックが決まった。
「富岡の姐さーーーん!」
弁天ナナミが叫ぶ。
今回は富岡ツルが鋸南の森に突っ込んで行った。
余計な一言は命を縮める。
それがマツノ湯一派の不文律だった。
八房フセはト山の洞窟で瞑想にふけっていた。
自分が犬なのか、人なのか、それとも族なのか未だに分からないままだ。
そのとき、八房フセは妙に目の前が明るいのに気がついた。
確かに目をつぶっているのだったが、目の前に太陽でもあるかのようなのだ。
ついに自分も太陽を呑み込み、天上天下唯我独尊になったかと思った。
しかし、明るいだけじゃない。
すごく顔が熱い。まるで日サロでMAX焼きをしてしまった時のようだった。
目を開けてちら見してみる。
眩しすぎて光が目を突き差すようだ。
目を閉じる。
すると、声が聞こえてきたのだった。
「……か?」
よく聞こえない。
「……最強か?」
「お前は最強か?」
そう聞こえた。
それは八房フセの性根にくすぶる問いだった。
自分の出自など、本当はどうでもよかった。
今お前は最強なのか?
それこそが突き詰めるべき問いだった。
八房フセは南バーチー最強と謳われてきた。
子供の頃からケンカに勝ち続け、瞬く間に南バーチーの族カシラに上り詰めた。
いつか全バーチー、いや全ネオカントー制覇を視野に入れてもいた。
ところがだ、あいつが目の前に立ち塞がった。
八房フセの覇道をあいつが邪魔をした。
八房フセはある日、中央バーチーを手中に収めるべくシンキサラズに打って出た。
気負って出たものの、中央バーチーの族は戦意がなく半日もかからず制圧してしまう。
ところがそれは、すでに彼らは北バーチー連合の旗下にあり援軍待ちの方便だったと知る。
数日後、シンキサラヅ平原の北辺は北バーチーの族の集合体、北バーチ-連合の単車であふれかえったのだった。
そして後世に語り継がれるシンキサラヅ平原の激戦が始まった。
はじめは、八房フセが率いる南バーチー族が北バーチ-連合を押していた。
少数精鋭を誇る南バーチー族は、絆の薄い集合体の弱点をついて優位に立っていた。
ところが、あと少しでシンキサラヅ平原から全北バーチ-連合を排除するとなった時、形勢が逆転した。
北ネオカントー制圧戦に出張っていたマツノ湯一派が、とって返し加勢したのだ。
そのとき南バーチー族は敵勢力を押し戻すため平原に伸張して展開していた。
その横面を、猫実サキを先頭にマツノ湯一派が突き崩したのだった。
それで南バーチー族は混乱して総崩れ、敗走した。
数日して大将の八房フセは捉えられ、北バーチ-連合の陣営前に引きずり出され、南バーチーを委譲するか、ここで死ぬかの選択を迫られる。
そんな中、八房フセは猫実サキとのタイマンを申し込む。
しかも、猫実サキに八房フセが勝利したらこの戦いはドロー、北バーチ-連合は南バーチー族の土地から立ち去るという約束を取り付ける。
本来ならば、そんな敗走した南バーチーに有利すぎる条件など受け入れられるはずもない。
しかし、北バーチ-連合のカシラたちは、秒で了承したのだった。
実は、猫実サキの勢いを一番恐れていたのは、北バーチ-連合のカシラたちだった。
このままでいたら、北バーチ-連合もいずれマツノ湯一派のものになる。
ならばここで、南バーチー最強と言われる八房フセと戦わせ、鼻をへし折っておくのも手だと考えたのだった。
南バーチーの制圧など、その後で十分可能だと。
そんな陰謀など余所の風で、
「いいよ」
二つ返事で承諾するのが猫実サキだった。
猫実サキと八房フセのタイマンは、ほぼ全バーチーの族が見守る中で行われた。
あてがわれた武器はそれぞれ木刀一本。
選りすぐった業物だった。
八房フセ方は、南バーチーに古来から伝わる八犬士使用の木刀。
猫実サキ方は、巨大な手をして細かい作業が得意な弁天ナナミがデコったキラキラの木刀。
夕暮れ迫るシンキサラヅ平原のど真ん中。
影となった二人の姿。
最初に動いたのは猫実サキだった。
「ちょっとタンマ!」
「なんだ、怖くなったか?」
八房フセが嘲るように言うと、
「ちげーし」
と言ってライダースーツの前を開けて、
「ミャーはナナミのとこにいな」
と懐から猫を出してうしろに置いたのだった。
ミャーは猫実サキを心配げに振り返りながら、
「ミャーちゃん。こっちよ。チチチチ」
とよぶ弁天ナナミのほうに歩いて行く。
それを見送ると、猫実サキは、
「いくよ」
決着はあっという間だった。
一瞬で間を詰めた猫実サキのデコ木刀が八房フセの喉元に突き当っていた。
「ぐえ」
オーディエンスの目には二人の影が重ってキラキラと何かがきらめいたのが見えただけだ。
八房フセはその場に失神して倒れ、気付いたときはウチボーバイパス道を南バーチーの族のケツに力なく乗せられていたのだった。
「あの時、猫に気を取られてさえいなければ」
それが負け犬の考えであることは痛いほど分かっている八房フセだった。
しかし、あれが猫でなくて犬だったら。
そういう想いもある。
「あたしは犬派だ!」
間違えた。
「あたしは最強だ!」
八房フセは光に向かって答えたのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
銭湯族の伝説になっている、猫実サキと八房フセのタイマンです。
ここにデコ木刀が出てきます。
そういえば、京藤くるみの得物もデコ木刀でした。
どういう関係なんでしょう。
次週の公開も水曜19時です。
今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル