第35話 <25ガオー
文字数 2,528文字
「で、まひるってのは強いのか?」
くるみを背中に乗せて、シンウラヤスの街中をひた走るオオカミが聞いてきた。
「強いって言うか」
夜野まひるの実際の強さについては、くるみにはなんとも応えようがなかった。
「お前に等しい戦闘吸血鬼なら、えぐめのラダー(特殊技)とかあるんだろ?」
「いや、あいつのラダーってのは知らないんだ」
くるみは遠い昔のことを思いだした。
まだママから派生して間もない頃、二人は初めてのケンカをした。
くるみが冷蔵庫にとっておいた『侯爵妃殿下の生血たっぷりゼリー』をまひるが食べてしまったのだ。
「あたしじゃないから」
「はあ? まひるでなかったら誰が食べんだよ」
「どうせ、くるみちゃんが自分で食べて忘れてるんでしょ」
言い訳するにもほどがある。
ゼリーを食べたか食べないかなんてこの舌が覚えている。
頭にきたくるみは、後先 考えずに「グラデウス」を発動しようとした。
が、それをママに止められた。
「だめよ。勝ち目ないわよ」
と言われた。
ママが言うのだから相当のラダーだとは思うが、それがどんなものか知ることはなかったのだった。
「なんだそりゃ」
「いうても、強いぞ。あいつのデコ長槍」
「そうだろうがよ」
オオカミがあきれ気味で返事をした。
オオカミにしてみれば、相手の手の内も分からないでしかも自分と同程度の敵を相手にするなど考えられないのだった。
戦うには準備がいる。
用意周到、負けない戦をしなければならない。
自分にはネオワンガンにちらばる宿狼の生活がかかっているのだ。
くるみとは背負うものが違う。
それゆえ情報網を張り巡らして収集に余念がないオオカミなのだった。
つい最近になって、マンハンにセンチネル AIが絡んできているらしいのを知った。
それゆえマレーバクを吸血鬼邂逅協会に送り込みもした。
大災疫以来、ずっと沈黙しているふりをして常に気味の悪い動きをしてきたAI群。
その動向がこの世紀末を方向付けるのは明白だ。
ならば、オオカミはこの機会にそれを見極めねばならなかった。
坂倉アイルが第二ワンガン計画道路跡地に向かう途中、
「アイルのあのラダーって、名前とかあんの?」
と、張能サヤが聞いてきた。
「あのラダー?」
「俺のことテイタイ島に磔にした」
前回の戦いの時、アイルは張能サヤの光玉をまともに食らって半身が吹き飛んでしまった。
身動きとれない中、決死で放った技がたまたま張能サヤを捉え難をのがれたのだった。
アイルのラダーは土中の物質を自在に操り、それを杭のようにしたり弦のようにしたりすることで地上の敵を攻撃する。
そのときは、弦となった先端が張能サヤの脊髄に潜り込み、まとわりついて磔にしたのだった。
痛みもさることながら、中枢神経系を締め上げられるため四肢が麻痺して動けなくなる。
おかげで半死のアイルは逃げ延びることが出来たのだったが、それは意識して出したものではなかった。
「血丈弦死 」
後からつけた名前はそんなだった。
「だっさ。ヤンキーか」
「うるさいな。あんたのだっておっさんのゲロみたいじゃないか」
「なんだと!?」
張能サヤが親指を丹田に差し入れようとすると、足下のアスファルトが少しだけ隆起した。
アイルがその、なんとかいうラダーを発動しようとしたのだ。
偶然ではあったが今は意識して出せることをお互い確認した形になった。
「とまれ、そのラダーを使ってくるみを倒す」
張能サヤが丹田から親指をゆっくりとはなしながら、足下に目配せする。
アスファルトの隆起が収まり、再び二人は並んで歩く格好に戻った。
「くるみが呑気にお散歩してればいいけど」
アイルにとってみても動態を把捉するのは難しいのだ。
「そんときは、いい感じで俺が誘導してやっから」
光玉を使って罠に追い込むということらしい。
「出来るのかな」
「大丈夫。俺を信じろ」
アイルは、利害の一致(くるみを排除する)がなければ絶対に信用などしない相手から信用しろと言われてそうするほど、おぼこではないはずだった。
しかし、海斗に出会ってからというもの心も体もふぬけたようになっていて、ついでに世間知のようなものまでどこかに置いてきてしまったらしいのだ。
「わかった」
と、素直に張能サヤの言葉を信じたのだった。
そこが第二ワンガン計画道路跡地ということを知らないアイルには、
ただ、ススキが生い茂るうち捨てられた道という、大災疫後ならばどこにでもある風景にしか見えなかった。
張能サヤは、
「ここで待っていればくるみはやってくる」
と言った。
果たし状でも送り付けないかぎり、そんなうまいこと敵が現れるはずなどないのにアイルはそれを信じて待った。
やがて直線道路の向こうにシルエットが見えた。
「来た。くるみだ」
はじめに言ったのは張能サヤだった。
これから二人相手に戦闘するというのに真っ正面から悠長に歩いくる。
みたかぎり隙だらけだった。
これならば張能サヤの光玉の助けを借りなくても「血丈弦死」の餌食に出来そうだ。
「口上はいらないよね」
アイルたちがくるみを排除する理由のことだ。
「なくてよくね」
と張能サヤが言ったのをきっかけに、
「グエゲ!」
光玉がシルエットの上ギリギリを掠めるように照射された。
そして、アイルの番。
気持ちいいくらいの感触があった。
相手の脊椎に弦を巻き付けたという手応えだ。
これならばくるみも身動きできないはずだ。
そして、しばらくして、
「痛い痛い痛い痛い!」
という声が漏れ出てきたのは、他ならぬアイルの口からだった。
敵に向けて発動したラダーがまんま自分に跳ね返ってきた。
そういう感覚だった。
もはや、脊椎の奥までねじり込まれた弦のせいで手足に力が入らない。
アイルはあろうことか自分のラダーで磔にされたのだった。
「アイルよ。おま、乙女すぎるのよ」
張能サヤがうなだれるアイルの顎を手先で持ち上げながら言ったのだった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
アイル悲惨です。
誰のせいなのか?
歯車はどこで狂ったんでしょう。
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
くるみを背中に乗せて、シンウラヤスの街中をひた走るオオカミが聞いてきた。
「強いって言うか」
夜野まひるの実際の強さについては、くるみにはなんとも応えようがなかった。
「お前に等しい戦闘吸血鬼なら、えぐめのラダー(特殊技)とかあるんだろ?」
「いや、あいつのラダーってのは知らないんだ」
くるみは遠い昔のことを思いだした。
まだママから派生して間もない頃、二人は初めてのケンカをした。
くるみが冷蔵庫にとっておいた『侯爵妃殿下の生血たっぷりゼリー』をまひるが食べてしまったのだ。
「あたしじゃないから」
「はあ? まひるでなかったら誰が食べんだよ」
「どうせ、くるみちゃんが自分で食べて忘れてるんでしょ」
言い訳するにもほどがある。
ゼリーを食べたか食べないかなんてこの舌が覚えている。
頭にきたくるみは、
が、それをママに止められた。
「だめよ。勝ち目ないわよ」
と言われた。
ママが言うのだから相当のラダーだとは思うが、それがどんなものか知ることはなかったのだった。
「なんだそりゃ」
「いうても、強いぞ。あいつのデコ長槍」
「そうだろうがよ」
オオカミがあきれ気味で返事をした。
オオカミにしてみれば、相手の手の内も分からないでしかも自分と同程度の敵を相手にするなど考えられないのだった。
戦うには準備がいる。
用意周到、負けない戦をしなければならない。
自分にはネオワンガンにちらばる宿狼の生活がかかっているのだ。
くるみとは背負うものが違う。
それゆえ情報網を張り巡らして収集に余念がないオオカミなのだった。
つい最近になって、マンハンに
それゆえマレーバクを吸血鬼邂逅協会に送り込みもした。
大災疫以来、ずっと沈黙しているふりをして常に気味の悪い動きをしてきたAI群。
その動向がこの世紀末を方向付けるのは明白だ。
ならば、オオカミはこの機会にそれを見極めねばならなかった。
坂倉アイルが第二ワンガン計画道路跡地に向かう途中、
「アイルのあのラダーって、名前とかあんの?」
と、張能サヤが聞いてきた。
「あのラダー?」
「俺のことテイタイ島に磔にした」
前回の戦いの時、アイルは張能サヤの光玉をまともに食らって半身が吹き飛んでしまった。
身動きとれない中、決死で放った技がたまたま張能サヤを捉え難をのがれたのだった。
アイルのラダーは土中の物質を自在に操り、それを杭のようにしたり弦のようにしたりすることで地上の敵を攻撃する。
そのときは、弦となった先端が張能サヤの脊髄に潜り込み、まとわりついて磔にしたのだった。
痛みもさることながら、中枢神経系を締め上げられるため四肢が麻痺して動けなくなる。
おかげで半死のアイルは逃げ延びることが出来たのだったが、それは意識して出したものではなかった。
「
後からつけた名前はそんなだった。
「だっさ。ヤンキーか」
「うるさいな。あんたのだっておっさんのゲロみたいじゃないか」
「なんだと!?」
張能サヤが親指を丹田に差し入れようとすると、足下のアスファルトが少しだけ隆起した。
アイルがその、なんとかいうラダーを発動しようとしたのだ。
偶然ではあったが今は意識して出せることをお互い確認した形になった。
「とまれ、そのラダーを使ってくるみを倒す」
張能サヤが丹田から親指をゆっくりとはなしながら、足下に目配せする。
アスファルトの隆起が収まり、再び二人は並んで歩く格好に戻った。
「くるみが呑気にお散歩してればいいけど」
アイルにとってみても動態を把捉するのは難しいのだ。
「そんときは、いい感じで俺が誘導してやっから」
光玉を使って罠に追い込むということらしい。
「出来るのかな」
「大丈夫。俺を信じろ」
アイルは、利害の一致(くるみを排除する)がなければ絶対に信用などしない相手から信用しろと言われてそうするほど、おぼこではないはずだった。
しかし、海斗に出会ってからというもの心も体もふぬけたようになっていて、ついでに世間知のようなものまでどこかに置いてきてしまったらしいのだ。
「わかった」
と、素直に張能サヤの言葉を信じたのだった。
そこが第二ワンガン計画道路跡地ということを知らないアイルには、
ただ、ススキが生い茂るうち捨てられた道という、大災疫後ならばどこにでもある風景にしか見えなかった。
張能サヤは、
「ここで待っていればくるみはやってくる」
と言った。
果たし状でも送り付けないかぎり、そんなうまいこと敵が現れるはずなどないのにアイルはそれを信じて待った。
やがて直線道路の向こうにシルエットが見えた。
「来た。くるみだ」
はじめに言ったのは張能サヤだった。
これから二人相手に戦闘するというのに真っ正面から悠長に歩いくる。
みたかぎり隙だらけだった。
これならば張能サヤの光玉の助けを借りなくても「血丈弦死」の餌食に出来そうだ。
「口上はいらないよね」
アイルたちがくるみを排除する理由のことだ。
「なくてよくね」
と張能サヤが言ったのをきっかけに、
「グエゲ!」
光玉がシルエットの上ギリギリを掠めるように照射された。
そして、アイルの番。
気持ちいいくらいの感触があった。
相手の脊椎に弦を巻き付けたという手応えだ。
これならばくるみも身動きできないはずだ。
そして、しばらくして、
「痛い痛い痛い痛い!」
という声が漏れ出てきたのは、他ならぬアイルの口からだった。
敵に向けて発動したラダーがまんま自分に跳ね返ってきた。
そういう感覚だった。
もはや、脊椎の奥までねじり込まれた弦のせいで手足に力が入らない。
アイルはあろうことか自分のラダーで磔にされたのだった。
「アイルよ。おま、乙女すぎるのよ」
張能サヤがうなだれるアイルの顎を手先で持ち上げながら言ったのだった。
---------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
アイル悲惨です。
誰のせいなのか?
歯車はどこで狂ったんでしょう。
今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル